4 / 101
2 修理-2-
しおりを挟む
「一息入れたいところですがあと2人です。もう少しがんばりましょう」
術衣をまとえばリエはにこりともしない。
いちおう彼女なりにねぎらいの言葉のつもりだったようだが、カイロウ含めスタッフの気は張るばかりだった。
隣の部屋では既に次の患者の準備ができていた。
もう1人の子どもも状態は同じだったので施術はスムーズに進んだが、残る男はかなりの長身で体格もよく、
そのためにパーツの調整に時間を要した。
欠損部分は同じでも患者の体格や体重が僅かでも異なれば、繋ぎ合わせるパーツも異なる。
1ミリのずれがエラーを引き起こすこともあるから、施術に最も必要なのは知識や経験よりもむしろ最適なパーツの組み合わせを見つけ出すセンスといえる。
カイロウの場合はそのあたりの勘が働くのに加え、パーツをその場で加工して不足を補えるので重宝がられていた。
「ドクターの技術には頭が下がりますよ」
一仕事終え、休憩していたカイロウに声をかけてくる男がいた。
スタッフのひとり、コルドーだった。
彼も施術においては相当な技量の持ち主だが、カイロウには及ばない。
「日頃からあの手の部品は飽きるほど見ているからね。パズルを解くようなものだよ」
実際、義肢作製の成否はパーツ選びにかかっている。
もちろん業者に発注すればそんな苦労はしなくてすむが、それでは金も時間もかかりすぎる。
なによりこの仕事は公にはできないのだ。
施術が医療行為と認定されれば政府の監視が厳しくなる。
人やモノの出入りが逐一筒抜けになるのは、彼としては最も避けたいところだった。
ここも医療施設という看板を掲げて営業しているのではない。
表向きは資産家の遊休施設として通してあり、倉庫付きの庭と屋敷があるのみだが、その地下には種々の設備が整っている。
運び込まれてくる患者はたいていが体の一部を失っている。
欠損の具合に応じて必要なパーツを見繕って義肢を作製し、身体の機能を回復させる。
それが彼らの仕事だった。
といっても職業として認められているワケではなく、実態は闇医者も同然だ。
リエを含め、出入りするのは政府との関わりを断ちたい者ばかりである。
かつて人を殺めた者もいれば、何らかの理由で身寄りを喪った者など、境遇は様々だ。
彼らは互いの背景について過度の詮索はしない。
脛に傷を持った者同士、惹かれあうようにここに辿り着き、非合法の処置を繰り返すことで生計を立てている。
「しかし今日の実入りは期待できそうにありませんね」
コルドーはため息交じりに言う。
「いつもうまくとは限らないよ。継続が大切なんだ。辛抱強く待ち、そして続けることがね」
あの2人の子どもからは代金は取れない。
調べたところ保護者がおらず、保護施設にも入っていないらしい。
ゴミ漁りをしながら町を転々としていたようだから、蓄えもないだろう。
「クジラの恩恵も僕たちにまでは回ってこないのでしょうね」
彼は嘲るように笑った。
「私は恩恵などと思ったことは一度もないよ」
カイロウは言ってから口に手をあてた。
今のは失言だったか、と焦ったが小うるさいダージはここにはいない。
そもそも役人にここを突き止められた時点で、失言云々の前に連行されるだろう。
「ああいう場面は何度か見たが……みんな命懸けだった」
クジラがもたらすのは、文字どおり恵みの雨だ。
腹からこぼれ落ちるものに種類も規則性もない。
植物の種も、何かの肉も、金属の塊も、おもちゃ箱をひっくり返したように地上めがけて吐き出される。
だから一番乗りした者はおそらく誰よりも欲しいものを持ち帰ることができる。
ただし同時に降り注ぐ重量物を避けられればの話だ。
たいていは戦利品に気を緩めた瞬間、別の何かに頭を潰されるか手足を落とされるかの悲劇が待っている。
そもそも遥か上空からの落下物である。
小石程度の物でもかすめるだけで大怪我は免れない。
それが頭部にでも直撃しようものならカイロウにも出番はないだろう。
しかしそんな危険を冒してでも恩恵にすがりたい人間は大勢いる。
豊かとはいえないこの世界で、クジラからしたたり落ちる恵みはまさに千載一遇のチャンスだ。
価値ある一品を手に入れ、そして無事生還することができれば生活は一変する。
その一方で命が惜しい者たちは遠巻きに包囲網を張る。
放出を終えてクジラが再び遊泳を開始すると同時に、彼らは一斉に宝の山めがけて突進する。
ここでは落下物による死傷の恐れはないが、代わりに凄絶な奪い合いが起こる。
早い者勝ち、は公平にジャッジできる審判がいてこそ成り立つルールだ。
どちらが先に目をつけていたとか、指先が触れるのがわずかに早かったとか、当事者ですら分からない判定には暴力に訴えるのが手っ取り早い。
いずれにしても富の前に流血は避けられないのだ。
無傷で済ませるには残り物を漁るしかないが当然、その頃には傷んだ野菜や割れ欠けた器くらいしか手に入らない。
ダージはその点の駆け引きが巧く、毎回なかなかの収獲を得ているが、彼もまたいつ命を落としてもおかしくはない。
「それは僕も同じですよ」
コルドーはポケットから植物の茎を乾燥させたものを取り出し、口に含んだ。
「あの危険なところに近づくのかい?」
「いえいえ、恩恵と思ったことはない、って話です。僕はあれで家族を喪いましたから」
苦々しい経験があるらしい。
詮索はご法度だが、自分から打ち明けるには問題はない。
「それは……お気の毒に――」
気の利いた慰めの言葉が見つからず、決まり文句を呟いておく。
彼はそれ以上は語ろうとはせず、所在なさそうに視線を彷徨わせている。
術衣をまとえばリエはにこりともしない。
いちおう彼女なりにねぎらいの言葉のつもりだったようだが、カイロウ含めスタッフの気は張るばかりだった。
隣の部屋では既に次の患者の準備ができていた。
もう1人の子どもも状態は同じだったので施術はスムーズに進んだが、残る男はかなりの長身で体格もよく、
そのためにパーツの調整に時間を要した。
欠損部分は同じでも患者の体格や体重が僅かでも異なれば、繋ぎ合わせるパーツも異なる。
1ミリのずれがエラーを引き起こすこともあるから、施術に最も必要なのは知識や経験よりもむしろ最適なパーツの組み合わせを見つけ出すセンスといえる。
カイロウの場合はそのあたりの勘が働くのに加え、パーツをその場で加工して不足を補えるので重宝がられていた。
「ドクターの技術には頭が下がりますよ」
一仕事終え、休憩していたカイロウに声をかけてくる男がいた。
スタッフのひとり、コルドーだった。
彼も施術においては相当な技量の持ち主だが、カイロウには及ばない。
「日頃からあの手の部品は飽きるほど見ているからね。パズルを解くようなものだよ」
実際、義肢作製の成否はパーツ選びにかかっている。
もちろん業者に発注すればそんな苦労はしなくてすむが、それでは金も時間もかかりすぎる。
なによりこの仕事は公にはできないのだ。
施術が医療行為と認定されれば政府の監視が厳しくなる。
人やモノの出入りが逐一筒抜けになるのは、彼としては最も避けたいところだった。
ここも医療施設という看板を掲げて営業しているのではない。
表向きは資産家の遊休施設として通してあり、倉庫付きの庭と屋敷があるのみだが、その地下には種々の設備が整っている。
運び込まれてくる患者はたいていが体の一部を失っている。
欠損の具合に応じて必要なパーツを見繕って義肢を作製し、身体の機能を回復させる。
それが彼らの仕事だった。
といっても職業として認められているワケではなく、実態は闇医者も同然だ。
リエを含め、出入りするのは政府との関わりを断ちたい者ばかりである。
かつて人を殺めた者もいれば、何らかの理由で身寄りを喪った者など、境遇は様々だ。
彼らは互いの背景について過度の詮索はしない。
脛に傷を持った者同士、惹かれあうようにここに辿り着き、非合法の処置を繰り返すことで生計を立てている。
「しかし今日の実入りは期待できそうにありませんね」
コルドーはため息交じりに言う。
「いつもうまくとは限らないよ。継続が大切なんだ。辛抱強く待ち、そして続けることがね」
あの2人の子どもからは代金は取れない。
調べたところ保護者がおらず、保護施設にも入っていないらしい。
ゴミ漁りをしながら町を転々としていたようだから、蓄えもないだろう。
「クジラの恩恵も僕たちにまでは回ってこないのでしょうね」
彼は嘲るように笑った。
「私は恩恵などと思ったことは一度もないよ」
カイロウは言ってから口に手をあてた。
今のは失言だったか、と焦ったが小うるさいダージはここにはいない。
そもそも役人にここを突き止められた時点で、失言云々の前に連行されるだろう。
「ああいう場面は何度か見たが……みんな命懸けだった」
クジラがもたらすのは、文字どおり恵みの雨だ。
腹からこぼれ落ちるものに種類も規則性もない。
植物の種も、何かの肉も、金属の塊も、おもちゃ箱をひっくり返したように地上めがけて吐き出される。
だから一番乗りした者はおそらく誰よりも欲しいものを持ち帰ることができる。
ただし同時に降り注ぐ重量物を避けられればの話だ。
たいていは戦利品に気を緩めた瞬間、別の何かに頭を潰されるか手足を落とされるかの悲劇が待っている。
そもそも遥か上空からの落下物である。
小石程度の物でもかすめるだけで大怪我は免れない。
それが頭部にでも直撃しようものならカイロウにも出番はないだろう。
しかしそんな危険を冒してでも恩恵にすがりたい人間は大勢いる。
豊かとはいえないこの世界で、クジラからしたたり落ちる恵みはまさに千載一遇のチャンスだ。
価値ある一品を手に入れ、そして無事生還することができれば生活は一変する。
その一方で命が惜しい者たちは遠巻きに包囲網を張る。
放出を終えてクジラが再び遊泳を開始すると同時に、彼らは一斉に宝の山めがけて突進する。
ここでは落下物による死傷の恐れはないが、代わりに凄絶な奪い合いが起こる。
早い者勝ち、は公平にジャッジできる審判がいてこそ成り立つルールだ。
どちらが先に目をつけていたとか、指先が触れるのがわずかに早かったとか、当事者ですら分からない判定には暴力に訴えるのが手っ取り早い。
いずれにしても富の前に流血は避けられないのだ。
無傷で済ませるには残り物を漁るしかないが当然、その頃には傷んだ野菜や割れ欠けた器くらいしか手に入らない。
ダージはその点の駆け引きが巧く、毎回なかなかの収獲を得ているが、彼もまたいつ命を落としてもおかしくはない。
「それは僕も同じですよ」
コルドーはポケットから植物の茎を乾燥させたものを取り出し、口に含んだ。
「あの危険なところに近づくのかい?」
「いえいえ、恩恵と思ったことはない、って話です。僕はあれで家族を喪いましたから」
苦々しい経験があるらしい。
詮索はご法度だが、自分から打ち明けるには問題はない。
「それは……お気の毒に――」
気の利いた慰めの言葉が見つからず、決まり文句を呟いておく。
彼はそれ以上は語ろうとはせず、所在なさそうに視線を彷徨わせている。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる