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第三話

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 時刻は昼過ぎ――。

「テリーさん……今、何とおっしゃいました?」

 街の中央広場にやってきたマイアは、俺の言葉を聞くなり目を丸くさせた。

「だから、もう冒険者なんて辞めて2人で田舎へ行こう。もう魔物討伐なんてしなくていい。のんびりとスローライフを楽しみながら末永く愛し合うんだ」

「待ってください。いきなりどういうことです? 私たちは勇者パーティーの候補になったんですよ? もう少し頑張ったら正式な勇者パーティーに選ばれるのも夢じゃありません。それなのに冒険者を辞める?」

 マイアは頭上に疑問符を浮かばせながら全身を震わせる。

「ほ、他の2人はどう言っているんです! 私たちだけ冒険者を辞めるなんて、アントンさんもヤンさんも認めないでしょう!」

「ああ、あの2人は俺がマイアと田舎暮らしをしたいと言ったら【飛竜の牙】から抜けたよ。それに、俺は朝一で冒険者ギルドに冒険者章ライセンス・カードを返納してきた。これで晴れて今日から無職の身だ。つまり、どこで何をしようと自由ってことさ」

 半分は本当で半分は嘘だった。

 アントンとヤンが【飛竜の牙】を抜けたのは本当だったが、俺はまだ冒険者ギルドに冒険者章ライセンス・カードを返納していない。

 つまり、俺はまだAランク冒険者のテリー・ダマスカスのままだ。

「嘘だと言ってください、テリーさん。冒険者を辞めたなんて嘘ですよね? ちょっとした冗談ですよね?」

 マイアは俺に駆け寄ってくると、じっとその蠱惑的こわくてきな目で俺を見つめてくる。

 ああ……アントンの言っていたことは本当だったのか。

 このとき、俺は今まで感じていたマイアへの魅力がまったく無くなっていることを確信した。

 いや、正しくは〈魅了チャーム〉の魔法に掛けられていたことを知ったのだ。

「マイア、君は俺に〈魅了チャーム〉の魔法を掛けていたんだね? いいや、俺だけじゃない。俺のような勇者パーティーの候補になったリーダーや、急に実力をつけてきたパーティー内の有力者に〈魅了チャーム〉の魔法を掛けて取り入ってきた」

 俺は冷静を装って言葉を続ける。

「理由は将来において自分がとりこにした男が、それこそ貴族になるほど活躍すれば自分は悠々自適な暮らしができるかもしれない。だけど、そんな活躍の芽が出ない男だと分かるとすぐに他の男へ行く女だって噂を聞いた。それは本当なのか?」

 直後、マイアの顔から血の気が引いていく。

「ひどい、テリーさん! そんな噂を真に受けるなんてひどすぎます!」

「うん、俺だってそんな噂を信じたくなかったよ……でも、ヤンにもらったこの指輪をはめながら今の君を見ていても、これまで――それこそ今日の朝まで君に抱いていた愛情がまったく湧いてこないんだ」

 俺は左手の薬指にはめていた指輪をマイアに見せつける。

「それは〈解呪かいじゅの指輪〉!」

 マイアが叫んだように、俺がはめている指輪の名前は〈解呪かいじゅの指輪〉という。

 その名の通り、指にはめると他者からの魔法――主に精神異常の魔法を無効化してくれる指輪だった。

「しかも君は恋人がいるリーダーのパーティーなんかを優先的に選んでいたと聞いた。君は他人が所有しているモノ――それこそ物だろうと人だろうと欲しくなる女だって……」

 俺はギリッと奥歯をきしませた。

「嘘だよな? な? 頼むから嘘だと言ってくれ。でないと、俺は……」

 何のためにアリスと別れてしまったのか分からない。

「はあ~……もういいわ」

 やがてマイアは大きなため息を吐いた。

「今度こそ玉の輿こし候補を見つけたと思ったのに、ふたを開けてみればこんな男だったなんて……冒険者を辞めて田舎でスローライフ? 何? あんたと一緒に畑でもたがやせって言うの?」

 馬鹿じゃない、とマイアは吐き捨てるように言った。

「田舎に行きたいなら勝手に行けば? 私は行かないわよ。そうそう、そう言うことなら私も【飛竜の牙】を抜ける……って、もうあなたは冒険者を辞めたんだからパーティーも何もないわね。それでは、どうか身体に気を付けて畑仕事でも何でも頑張ってください」

 そう言うとマイアは、もう俺に興味を無くしたように立ち去ろうとした。

 だが、このまま黙ってマイアを見逃すわけにはいかない。

「ふざけるな! お前のせいで俺は恋人を失ったんだぞ!」

 俺は激高げっこうすると、マイアの腕をがしりとつかむ。

 すると――。

「キャアアアア――ッ! 誰か助けて!」

 と、マイアが大声で周囲に助けを呼んだ。

 俺は訳が分からなかった。

 それでもマイアは「助けて!」や「犯される!」とわめき散らしている。

「だ、誰か助けてください! この人は変質者です!」

「お前、いい加減に」

 するんだ、と俺が言おうとしたときだ。

 俺はいきなり後方から誰かに身体をつかまれ、そのまま地面に投げ倒された。

 それだけではない。

 何人もの男たちが俺の身体を押さえつけてくる。

「大丈夫か、お嬢さん!」

「白昼堂々と女を襲うなんてとんでもねえ野郎だ!」

「おい、誰か警備隊を呼んで来てくれ!」

 俺は慌てて叫んだ。

「ち、違う! 俺は襲っていたわけじゃない! 俺とその女は恋人なんだ!」

 本当はもうそんな気持ちは微塵みじんもなかったが、そうでも言わないとこの場を乗り切れそうになかった。

「お嬢ちゃん、この男の言っていることは本当なのか?」

 俺を押さえつけている男の1人がマイアにく。

「知りません、こんな男! 見ず知らずの他人なのに気持ち悪い! きっと頭がおかしいんです! 早く警備隊に突き出してください!」

 こ、この女!

 俺は怒りで頭が真っ白になったが、複数の男たちに押さえつけられていてはどうしようもない。

 本気になれば振りほどけるものの、大衆の面前でそんなことをすれば確実に犯罪者扱いされる。

 そうこうしている間に、俺は駆けつけた警備隊に逮捕されたのだった。
 
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