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第一章 愚王と愚妹による婚約破棄
第七話 新たなる主従関係の申し出
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「どうしてあなたがここに……」
「プロメリカ病院の院長であるマーカスさんに聞きました。アメリアさまが訪ねて来られたのだけど、王宮からのお達しで追い返してしまったと」
「いや、そうではなくて……どうしてフィンドラル家の専属護衛騎士のあなたがここにいるのかってことよ」
リヒトは帯剣が許されている騎士の位を持っているが、王宮騎士団や王都を守護する警邏騎士団とは違い、フィンドラル家の家人を守る護衛騎士の1人である。
従ってこうして1人だけで街中を気軽にうろつける身分ではなく、それこそフィンドラル家の人間の付き添い以外には、週に一度の安息日である土曜日しか街中には出て来られないはずだ。
なので水曜日である今日にリヒトが街中にいるはずがなかった。
しかもリヒトは私が王宮に入る前から、一時的に故郷へと帰ってこの王都に不在だったのである。
リヒトはこのカスケード王国には珍しい黒髪黒瞳であり、故郷は遠い東の国にあった。
その故郷にいる母親が重病に伏すことになり、その最後を看取るために父上から一時的な帰国を許されていたのだ。
リヒトは「そのことなのですが」と罰の悪そうな顔をする。
「フィンドラル家には自分から暇を貰いました」
「え!」
私はあまりの驚きに目を見開いた。
騎士が雇われている家に自分から暇を貰うということは、それは自ら騎士の身分を捨てて主従関係を解消することを意味している。
すなわち、リヒトは今の私と同じ無一文になったということだ。
私はリヒトを上から下まで視線を巡らせた。
確かにリヒトは騎士の魂である長剣を携えてはいない。
動きやすいシャツの上から外套を羽織り、下はズボンにブーツという一般市民の格好だ。
左手に持っている革袋には、替えの衣服や財布などが入っているのだろう。
リヒトはニコリと笑った。
「そういうわけでして、これからはフィンドラル家ではなくお嬢さまだけにお仕えしたいと思います。以後、よろしくお願いいたしますね」
「あ……ええ……こちらこそ、よろしく――って違う!」
ついリヒトのペースに乗せられそうになったが、いきなり現れて私について来ると言われても承諾できない。
「父上は快く承諾してくれたの?」
はい、とリヒトは答えた。
「帰国してお嬢さまの状況を知った俺は、お嬢さまを勘当同然の扱いをしたゲイツさまに長剣を叩き返しました。すると快く「出て行け!」と言われたので、こうして着の身着のままでお嬢さまの前に現れた次第です」
「全然ダメじゃないの!」
もはやどこからツッコミを入れていいのかわからなかった。
話を聞く限りでは〝快く承諾された〟とはまったく言えない。
私は「他のお屋敷には行ったの?」と尋ねた。
「あなたぐらいの実力の騎士なら、うちじゃなくても他の貴族の家にも仕えられるでしょう」
リヒトの実力は私もよく知っている。
17歳という騎士の中では若輩者の部類に入るリヒトだったが、それでもリヒトの真の実力を知っている人間からしたら、リヒトは騎士の中でも特別中の特別な存在だと認識しているだろう。
たとえ本身の長剣がなくとも、あの特殊な力を使えば本身の長剣を持っていると同じぐらいの実力を発揮できるからだ。
いや、もしかするとそれ以上かもしれない。
どちらにせよ、そんな逸材を私に同行させるわけにはいかなかった。
根無し草で未来が不透明な私とは違って、王宮騎士団にも一目置かれていたリヒトには将来がある。
それこそ、本人さえ望めばどの貴族の家の護衛騎士団にもなれるだろう。
などと考えた直後、リヒトは真剣な表情で「嫌です」と言った。
「え? まだ私は何も言ってないわよ」
「口に出さずとも、お嬢さまが考えていることなど手に取るようにわかります。根無し草で将来が不透明なものになった自分とは違って、リヒトには将来があるから他の貴族の家の護衛騎士にでもなったほうがいい……とか思ったのでしょう?」
私は口を金魚のようにパクパクと動かす。
図星だった。
昔からそうなのだが、このリヒトという男の勘は鋭すぎて予知能力者かと疑ってしまうほどだ。
本人はただ相手の表情や仕草、そして言動から思考を予測しているだけらしいが、こう見事に考えを読み取られると次の言葉が出て来なくなってしまう。
「お嬢さま」
不意にリヒトは往来にもかかわらず、私に対して片膝をついた。
「どうかお願いいたします。これからのお嬢さまの旅路に俺もご同行させてください。このリヒト・ジークウォルト、必ずやお嬢さまの足を引っ張るような真似はしないと誓います」
ちょっと待って。
こんなところでそんな真似はやめて。
さすがの通行人たちもリヒトを見て何事かと騒ぎだした。
リヒトのしている行為は騎士が主君に対する礼儀のそれだ。
街中の大通りの一角でするようなことではない。
「お願いいたします! なにとぞ、俺のご同行をお許しください!」
私が困惑している中、リヒトの大声が大通りの一角に響き渡った。
「プロメリカ病院の院長であるマーカスさんに聞きました。アメリアさまが訪ねて来られたのだけど、王宮からのお達しで追い返してしまったと」
「いや、そうではなくて……どうしてフィンドラル家の専属護衛騎士のあなたがここにいるのかってことよ」
リヒトは帯剣が許されている騎士の位を持っているが、王宮騎士団や王都を守護する警邏騎士団とは違い、フィンドラル家の家人を守る護衛騎士の1人である。
従ってこうして1人だけで街中を気軽にうろつける身分ではなく、それこそフィンドラル家の人間の付き添い以外には、週に一度の安息日である土曜日しか街中には出て来られないはずだ。
なので水曜日である今日にリヒトが街中にいるはずがなかった。
しかもリヒトは私が王宮に入る前から、一時的に故郷へと帰ってこの王都に不在だったのである。
リヒトはこのカスケード王国には珍しい黒髪黒瞳であり、故郷は遠い東の国にあった。
その故郷にいる母親が重病に伏すことになり、その最後を看取るために父上から一時的な帰国を許されていたのだ。
リヒトは「そのことなのですが」と罰の悪そうな顔をする。
「フィンドラル家には自分から暇を貰いました」
「え!」
私はあまりの驚きに目を見開いた。
騎士が雇われている家に自分から暇を貰うということは、それは自ら騎士の身分を捨てて主従関係を解消することを意味している。
すなわち、リヒトは今の私と同じ無一文になったということだ。
私はリヒトを上から下まで視線を巡らせた。
確かにリヒトは騎士の魂である長剣を携えてはいない。
動きやすいシャツの上から外套を羽織り、下はズボンにブーツという一般市民の格好だ。
左手に持っている革袋には、替えの衣服や財布などが入っているのだろう。
リヒトはニコリと笑った。
「そういうわけでして、これからはフィンドラル家ではなくお嬢さまだけにお仕えしたいと思います。以後、よろしくお願いいたしますね」
「あ……ええ……こちらこそ、よろしく――って違う!」
ついリヒトのペースに乗せられそうになったが、いきなり現れて私について来ると言われても承諾できない。
「父上は快く承諾してくれたの?」
はい、とリヒトは答えた。
「帰国してお嬢さまの状況を知った俺は、お嬢さまを勘当同然の扱いをしたゲイツさまに長剣を叩き返しました。すると快く「出て行け!」と言われたので、こうして着の身着のままでお嬢さまの前に現れた次第です」
「全然ダメじゃないの!」
もはやどこからツッコミを入れていいのかわからなかった。
話を聞く限りでは〝快く承諾された〟とはまったく言えない。
私は「他のお屋敷には行ったの?」と尋ねた。
「あなたぐらいの実力の騎士なら、うちじゃなくても他の貴族の家にも仕えられるでしょう」
リヒトの実力は私もよく知っている。
17歳という騎士の中では若輩者の部類に入るリヒトだったが、それでもリヒトの真の実力を知っている人間からしたら、リヒトは騎士の中でも特別中の特別な存在だと認識しているだろう。
たとえ本身の長剣がなくとも、あの特殊な力を使えば本身の長剣を持っていると同じぐらいの実力を発揮できるからだ。
いや、もしかするとそれ以上かもしれない。
どちらにせよ、そんな逸材を私に同行させるわけにはいかなかった。
根無し草で未来が不透明な私とは違って、王宮騎士団にも一目置かれていたリヒトには将来がある。
それこそ、本人さえ望めばどの貴族の家の護衛騎士団にもなれるだろう。
などと考えた直後、リヒトは真剣な表情で「嫌です」と言った。
「え? まだ私は何も言ってないわよ」
「口に出さずとも、お嬢さまが考えていることなど手に取るようにわかります。根無し草で将来が不透明なものになった自分とは違って、リヒトには将来があるから他の貴族の家の護衛騎士にでもなったほうがいい……とか思ったのでしょう?」
私は口を金魚のようにパクパクと動かす。
図星だった。
昔からそうなのだが、このリヒトという男の勘は鋭すぎて予知能力者かと疑ってしまうほどだ。
本人はただ相手の表情や仕草、そして言動から思考を予測しているだけらしいが、こう見事に考えを読み取られると次の言葉が出て来なくなってしまう。
「お嬢さま」
不意にリヒトは往来にもかかわらず、私に対して片膝をついた。
「どうかお願いいたします。これからのお嬢さまの旅路に俺もご同行させてください。このリヒト・ジークウォルト、必ずやお嬢さまの足を引っ張るような真似はしないと誓います」
ちょっと待って。
こんなところでそんな真似はやめて。
さすがの通行人たちもリヒトを見て何事かと騒ぎだした。
リヒトのしている行為は騎士が主君に対する礼儀のそれだ。
街中の大通りの一角でするようなことではない。
「お願いいたします! なにとぞ、俺のご同行をお許しください!」
私が困惑している中、リヒトの大声が大通りの一角に響き渡った。
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