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第四章 ~『時計爆弾による脅し』~

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 選考会から数日が経過し、アトラスはルカやクロウと共に廊下を歩いていた。いつもと変らない廊下だが、すれ違う生徒たちの反応は数日前とは大きく違っていた。

「私たち、まるで有名人ね」
「僕なんて知らない女子生徒からサインを求められたよ」
「学年最強の椅子にウシオが固執したのにはこういう理由もあったのかもな」

 自らの一挙手一投足に注目が集まり、そのすべてが好意的な反応で返ってくる。まるで王様になった気分だが、三人の顔は晴れない。

「ウシオは学校に来なくなったそうだぜ」
「あんな負け方をすれば当然さ」
「で、でも、アトラスが気にすることないわ。正々堂々の闘いで敗れたんだもの。ウシオの自業自得よ」

 ウシオはアトラスを『爆裂魔法』で殺した憎い相手だ。しかし復讐は自分の心に溜まった黒い感情を吐き出したいからの望みであり、不登校にしたいからではなかった。

「この話題は止めましょう。話しても気分が良くならないわ。それよりも大切なイベントがあるでしょ」
「第一王女との面会だな」

 選考会での勝利により、第一王女の執行官に採用されたアトラスたちだが、まだ彼女との顔合わせが済んでいなかった。

(第一王女の正体は十中八九マリアだよな……ならそれほど緊張する必要もないか)

 王国格闘術の師として、一週間みっちりと稽古した仲だ。今更王女だからと緊張するのも変な話だ。

「第一王女様はどんな人かしらね」
「見惚れるほどの美女だと聞いたよ。それと同時に曲がったことを許せない堅物だとの噂だね」
「き、厳しそうな人ね。粗相をして、首を飛ばされたりしないかしら」
「しないんじゃないかな……たぶん……」

 まだ見ぬ第一王女に妄想を膨らませながら、廊下の突き当りにある王族専用の個室を訪れる。

 扉には王家の象徴である龍の紋章が刻まれている。金で装飾された扉は人を寄せ付けない空気を漂わせていた。

「さぁ、行くわよ」

 ルカが代表して扉をノックすると、部屋の中から「どうぞ~」と入室を許可する声が届く。

 扉を開けた先は、王族の私室とは思えないほどに質素な内装だった。無機質な机と椅子が置かれ、窓際の席には銀髪赤眼の麗人が座っていた。

「やっぱりマリアかよ」

 第一王女の正体は予想していた通りマリアだった。傍には護衛のリックも立っている。

 気を緩めて、肩の緊張を解くが、ルカとクロウは信じられないモノを見るように目を見開いていた。

「ひ、姫様、申し訳ございません。私の幼馴染が失礼なこと! アトラス、謝りなさい。土下座すればきっと許してもらえるから!」
「お、おい、ちょっと待てよ。俺は――」
「こればっかりはルカが正しいよ。相手は王族。無礼な口をきいていい相手じゃない」

 ルカとクロウはアトラスの代わりに必死に頭を下げる。そんな三人の様子を見て、マリアは我慢できずに噴き出した。

「ふふふ、アトラスさんは本当に良いご友人をお持ちですね」
「自慢の友達だからな」
「でしたら私もその輪に混ぜてくれませんか? 手始めにお二人は私のことをマリアとお呼びください」

 マリアの提案にルカとクロウは顔を見合わせる。何がどうなっているか理解が追い付かずにいた。

「マリア様……で本当によろしいのですか?」
「私は飛び級で入学していますから。皆さんより年下です。敬語は止めてください」
「で、ですが……」
「マリアとフランクに呼んでください。これは命令です♪」
「な、なら……マリアと呼ぶわね」
「ありがとうございます。クロウさんも良いですね?」
「僕も君のことはマリアと呼ぶよ……でもその前に教えて欲しい。二人はどういう関係だい?」
「マリアは俺の格闘術の師匠だ」
「……随分と綺麗なフォームだと思っていたけれど、王族直伝だったんだね」

 王国格闘術は初代国王が編み出した技だ。その遺伝子を継いでいるマリアなら他の誰が教えるよりも純度が高い。

 癖のない格闘術を習得できたのは彼女のおかげだった。

「さてお友達になったことですし、執行官就任のお祝いをしましょうか。皆さんはそこのソファで寛いでいてください」

 促されるままにソファに腰掛ける。見栄えは質素だが素材は良いのか、雲の上に座ったかと錯覚するような柔らかさが臀部を包み込む。

 一方、マリアは戸棚から菓子と紅茶を取り出すと、手際よく振舞う。茶葉の甘い香りが鼻腔を擽った。

「王族なのに、紅茶を注ぐ姿が似合っていたな」
「この日を夢見て、何度も練習しましたから♪」
「夢?」
「王族の立場上、皆さんのように教室で授業を受けることができませんでしたから。いつも私室で特別授業だったのですよ。だから同世代の友達に憧れていたんです……」

 王族であるが故の孤独が声音に交じる。寂しそうに俯く彼女に、側近のリックは反応を示す。

「姫様……」
「リックも同情してくれるのね……」
「いえ、私も姫様と同世代なのですが……」
「あ、ごめんなさいっ! リックはほら、いつも私に恭しいから。友達とはなんだか違うというか……そう、あなたは家族です!」
「か、家族っ!」
「兄を友達だとは思えないように、リックでは距離が近すぎたのです」
「フフッ、私が兄ですか……不肖、リック。姫様にさらなる忠義を捧げる決意ですっ!」
「喜んでもらえたようで何よりだわ」

 二人は心から互いのことを信頼し合っていた。家族という言葉もあながち嘘ではない。

(俺にとってのルカとクロウが、きっとマリアにとってのリックなんだろうな)

 微笑ましい関係に、自然と口元が緩む。気恥ずかしさを覚える空気を紛らわせるように、マリアは書類の束を用意する。

「紅茶を飲みながらで構わないので聞いてください。これから執行官の仕事について説明しますね」
「書類仕事をすればいいんだな?」
「いえ、これは私の仕事です」
「お前のかよっ!」
「ふふふ、任命されたばかりの人たちに仕事を丸投げするほど鬼ではありませんから」
「なら俺たちは何をすればいいんだ?」
「私と一緒にいるのが仕事です♪」
「寂しいからって友達を採用するのはどうかと思うぞ……」
「冗談ですよ! 本気にしないでください! あなたたちには私の護衛をしていただきます」
「……命を狙う相手に心当たりがあるのか?」

 護衛を新たに雇う一番の理由は命の危機だ。フドウ村で姉妹喧嘩をしているとは聞いていたが、他人からではなく、本人の口から真実を聞いておきたかった。

「恥ずかしい話なのですが、実は妹のクレアと争っているのです」
「玉座の奪い合いだな」
「奪い合えるほどに力は拮抗していませんよ。なにせ私は民を優先する政策を掲げていますが、クレアは貴族を優遇すると公言しています。数でこそ私が有利でしょうが、金銭面や人材面では大きく劣っているのです」

 貴族を味方にすることは金を従えるに等しい。人は金さえあれば動くため、資金力がそのまま陣営の力となる。マリアの劣勢も必然だった。

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「どうして不利になると分かっていながら平民を応援するんだ?」
「私の心の正義のため、万民を幸せにするためですよ♪」

 マリアは書類の束から一枚の羊皮紙を取り出す。そこには数字の羅列とグラフが描かれていた。

「なんだこの数字は?」
「王国内の資産と人口の相関図ですよ。知っていましたか? 王国の資産のほぼ百パーセントが人口の一パーセントにさえ満たない貴族が所有していると。もしこの資産をすべての民に平等に分配できれば、餓死者をゼロにすることさえ可能です。私は王国を平等な正義の国にしたいのですよ」
「その想いは口外しているのか?」
「もちろん」
「なるほど。命を狙われるのも当然だな」

 既得権益を握っている者たちからすれば、マリアの思想は自分たちの財を奪おうとする猛毒だ。

 万が一にでも女王にさせないために、暗殺者を送り込んだとしても不思議ではない。

「姫様、ご安心ください。私の剣があなたをお守りしますから」
「無理だな」
「うぐっ、私を侮辱するのか!?」
「気に障ったのなら謝るよ。ただ次に送り込んでくる刺客は少なくともウシオ以上の実力者だ」

 根拠のない意見ではない。フドウ村でマリアに送り込まれた刺客のテロンは、ウシオよりも実力が上だった。

 相手が馬鹿でないのなら、同じ失敗をしないためにもテロン以上の実力者を次の刺客に用意するはずである。

「ウシオか。確かにあいつは強かったな」
「だろ」
「それに性格も悪くない」
「いや、それには同意できないぞ」
「なぜだ! 私に憧れている好青年だぞ!」
「はぁ?」
「ふふふ、実は今朝。彼とばったり会ってな。少し話をしたんだ。そしたら第二王女の執行官になるために勉強中らしいのだ。いずれは私のような忠臣を目指しているそうだ」
「あいつと……会った……」

 不登校のはずのウシオとなぜリックと会うのか。疑問と共に嫌な予感が冷たい汗となって背中を流れる。

「しかもだ。憧れの人だからと握手をせがまれたのだ。記念に腕時計までプレゼントされてな。見てみろ、この時計を。秒針の音は五月蠅いが、精巧な良いデザインだろ」
「時計……握手……まさか! おい、その時計借りるぞ!」

 リックの腕から時計を奪い取ると、耳元に近づける。しかし秒針の音は微かに聞こえるだけで、五月蠅くなどない。疑念が確信になった瞬間だった。

「全員伏せろ!」

 アトラスの最悪の予感が現実になる。時計を装着していたリックの右手が魔力の輝きを放ったのだ。

 発動した魔術はウシオの『時計爆弾』だ。対象に触れることで設置された爆弾が、リックの身体を媒介として、マリアの私室を吹き飛ばす。

 窓ガラスが割れ、書類が舞い、壁に穴が開く。アトラスの呼びかけのおかげで、幸いにも皆は間一髪で直撃を免れることができた。媒介となったリックを除いては。

「ひ、姫様っ……っ、ぶ、無事ですかっ……」
「リック!」

 リックの右手は手首から上が消し飛んでいた。失った手から血が零れ落ちている。それ以外にも爆破の衝撃で身体中がボロボロになっている。

「ははは、姫様が無事で良かったです……ごほっ……」
「リック、早く医者に見せましょう。ね」
「わ、私はもう無理です。ここまで幸せな夢を見られました。あなたの護衛で本当に良かった……」
「リ、リック……ぐすっ……寝ては駄目よ! 起きなさい、これは命令です!」

 目尻に涙を浮かべながらマリアはリックの身体を揺らす。命が風前の灯火だった。

「リック、残念だったな」
「アトラスさん、不謹慎な事を言わないでください。まだ彼は生きています!」
「分かっているさ。残念だったのは格好良い死に様を見せられなかったことさ」

 アトラスはリックの身体に触れると《回復魔法》を発動させる。膨大な魔力を練られた癒しの力は、先ほどまで瀕死だった肉体を回復させる。

 傷の癒えは意識さえも甦らせる。薄れていた意識を取り戻したリックは、目をパチパチと瞬いた。

「私はなぜ生きて……」
「リック、生きていて良かったです!」

 マリアは傷の癒えたリックをギュッと抱きしめる。彼女の瞳には再び涙が浮かんでいたが、今度の涙は安堵から来るものだった。

「姫様、私は無事です。それよりも早く私からお逃げください」
「え?」
「まだ頭の中で時計の秒針が進む音が鳴っているのです。おそらく一度で殺せなかった場合の二度目の爆弾でしょう」
「要するに人質用の爆弾ってことだな」
「どういうことですか、アトラスさん!?」
「ウシオの魔術は一定時間後に自動で爆発する。つまりタイミングを選べないんだ。ターゲットでない相手に爆弾を仕掛けても、確実に巻き込めるとは限らないからな。保険を掛けたのさ」

 一度目はあくまで本気であることを示すための脅しでしかない。二度目の人質用の爆弾こそが、ウシオの真の狙いだった。

「なぁ、もう一つの爆弾がどこに仕掛けられたかは分かるか?」
「私の鋼の肉体に触れてみたいと頼まれてな。腹筋を触らせてやった」
「右手とは違う。食らえば即死は免れそうにないな。そうなると俺の『回復魔法』も役に立たない」
「アトラスさんの……いえ、これは秘密でしたね」

 マリアはフドウ村でアトラスが『爆裂魔法』を使用した光景を目撃している。『回復』と『爆裂』。二つの魔法を駆使する彼に疑問を抱いたが、今考えるべきはリックの無事についてだ。

「魔術の解除方法はただ一つ。術者であるウシオに一定以上のダメージを与えることだ」
「ですがウシオさんの居場所が分かりません」
「いいや、分かるさ。そのためのヒントも残している」
「あっ! クレアのところですね?」
「その通りだ」

 わざわざ第二王女の執行官を目指しているとリックに伝えたのだ。そこに意図があると考えるのが自然だ。

「ウシオはリックの命には興味がない。だが人質としての価値は十分だ。不利だと分かっていながらも、敵地である第二王女の元へと向かわなければならない」
「姫様、私のことは構いません。どうぞ見殺しにしてください!」
「それは無理な相談だわ。私は私の正義に従って、あなたを助けるもの」

 ここで部下を見殺しにするような女ならば、リックの忠義もありえない。

 マリアは覚悟を決めると、ジッとアトラスを見つめる。

「アトラスさん、約束を覚えていますか?」
「一週間で一度も打撃を当てられなければ、何でも願い事を聞く話だな。もちろん覚えている。俺に何をして欲しい」
「……っ――わ、私と共にリックを助けてください」

 リックを助けるためには、危険が待ち構える第二王女の元を訪れる必要がある。本当なら他者を危険に巻き込みたくないと願うのが彼女だ。

 しかしマリアは自分の力不足を自覚していた。大切な人を守るため、信条を曲げる必要があった。悔しさに震えながら、彼女は頭を下げる。

「マリア、俺を見くびらないでくれ。もし願い事でなくても頼まれれば、俺は共に戦うさ」
「アトラスさん……っ……ありがとうございます」
「だが一つ聞かせてくれ。向かう先は間違いなく地獄だぞ。マリアに付いてくる覚悟はあるのか?」
「もちろんですとも。死線を潜るのには慣れっこですから」
「良い度胸だ。ルカとクロウはどうする?」
「アトラスが行くんでしょ。なら私も一緒よ」
「右に同じさ」
「リックは……やめておいた方が良さそうだな」
「魔術がいつ発動するか分からないからな。万が一のため、私は人のいない場所に退避することにしよう」

 リックは本心では同行を願っていた。しかしマリアのために歯を食いしばって身を引いてみせる。

「なぁ、アトラス。君に頼みがある」
「なんだ?」
「ひ、姫様は私の命よりも大切な人なんだ。だ、だから、私の代わりに姫様を頼むっ!」

 リックが勢いよく頭を下げると、ポタポタと涙が床に落ちる。彼の悔しさを肩に乗せ、アトラスたちは第二王女の元へと向かうのだった。

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