かすり傷さえ治せないと迫害されていた回復魔術師。実は《死んだことさえカスリ傷》にできる最強魔術師でした!

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幕間 ~『悪魔たちによる勧誘』~

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 選考会が終わり、人気のない路地をウシオは歩いていた。デカい図体が小さく見えるほどに肩を落として、消沈していた。

(クソッ、明日から俺は学園一の笑い者だ。今まで媚びてきた奴らも一斉に手の平を返すだろう。ちくしょう!)

 ウシオの手下たちは彼が学年最強だからこそ従っていたのだ。敗北してしまった以上、誰も彼の元には残らないだろう。

「……ッ……なぜ俺様があいつなんかに……」

 目尻から悔し涙が零れる。自分を倒した相手がアトラスだからこそ、その悔しさはより一層強くなる。

 ウシオは昔からアトラスのことが嫌いだった。弱いくせにいつだって格上の自分に歯向かい、周囲には人が溢れていた。

 結局、アトラスが羨ましかったのだ。

 ルカとクロウ、二人の親友は利害なく彼と一緒にいた。強さで支配していただけの自分では得られない絆に何度も嫉妬させられた。

「俺様にも仲間がいれば……」

 バロン兄弟は実力こそあるものの凋落した自分を見限るだろう。クラスメイトも同じだ。せめて一人でもいいから、傍にいてくれる人が欲しかった。

「お困りのようですね」
「誰だ、てめぇ……って、あ、あんたたちは――」

 ウシオに声をかけたのは、銀髪赤眼の美少女だった。傍には容貌の似た男が護衛として付いており、男の方には見覚えがあった。

「あんた、まさかホセか! そして隣にいるお方は、まさか第二王女クレア様ですか!?」

 王族は滅多に人前に顔を出さない。だが付き人である執行官は別だった。

 筆頭執行官ホセは、国内でも五本の指に入る実力者であり、軍事活動や政務活動で顕著な成果を残している。

 その実力と華麗な外見から似顔絵が描かれることも多く、ウシオにも見覚えがあった。

 そのホセと共にいるのだ。少女の正体が第二王女クレアなのだと推察することは容易い。

「私に首を垂れる必要はありませんよ。同じ学生同士なのですから」
「しかし――」
「ささ、立ち上がってください」

 促されるままに顔を上げて立ち上がる。

(こ、これがクレア様。俺様が見てきたどんな女よりも輝いて見えるぜ)

 人形のようなクレアの顔は見ているだけで心臓を高鳴らせた。恋に落ちたと錯覚しそうになる。

「あなたの試合を見させていただきました」
「――ッ……あ、あのような恥ずかしい試合を……」
「うふふ、恥じなくても良いのですよ。むしろ私は勝者よりもあなたの方を評価しているのですから」
「気休めは止めてください」
「いいえ、これは事実です。あなたは力の使い方を分かっていないだけで、伸びしろまで含めて評価するなら、あなたの方が価値ある人物だと評価しました」
「俺様がアトラスよりも上……」

 敗北の劣等感で傷ついた心が癒えていく。その言葉はまるで麻薬だ。自己肯定感を得るために彼女に依存してしまう。

「強くなりたいですか?」
「そりゃ、もちろん……」
「ならあなたに力を授けましょう。我々にはその手段があります」

 クレアの代わりにホセが一歩前へ出る。彼は腰から剣を抜き、白銀の刃を輝かせた。

 さすがに相手が王族でも剣を抜けば警戒しないわけにはいかない。身体に魔力を纏うと、敵意の視線をホセに向ける。

「お、おい、俺様と戦う気か!?」
「私が君と戦うはずがないだろ」
「ならその剣はどういうつもりだよ!?」
「これはね……こうするのさ!」

 ホセは手に握った剣を自分の足に突き刺す。血が溢れ、肉を裂く刃に苦悶の声が漏れた。

「さすがに痛いなっ」
「お、おい、何考えてんだよ、てめぇ」
「すぐに分かるよ」

 ホセが剣を足から抜くと、刀傷が刻まれた足が何事もなかったかのように修復される。

「これは……まさか《回復魔法》か?」
「いいや、私の魔法は『復元』。その力で傷のなかった頃の足に戻したのさ」

 アトラスの《回復魔法》と近しい能力だった。だが違う点も存在する。ホセの足の傷はカスリ傷さえ残らずに元通りになっていたのだ。

「この《復元魔法》を利用することで、君に新たな魔術を授けられる」
「新しい魔術を……」
「君にはまだ魔術容量が残っているよね?」
「ああ」
「魔術設計のためにも我々に残量を見せてくれないかな」
「別に構わないが、水晶が手元にないぞ」
「私の方で用意しておいたよ」
「随分と手際が良いな」
「この展開は予想していたからね」

 身体能力を強化し、魔法発動のエネルギー源となる魔力は、透明な水晶を黒く濁らせることで測定できる。

 魔術容量も同様に水晶を使って測定する。だが使用する水晶はルビーのように赤く、これをどれだけ青く染められるかで魔術容量の残量を測ることができるのだ。

 ウシオは言われるがままに、ホセが懐から取り出した手の平サイズの水晶を受け取ると、魔力をギュッと込める。赤い水晶が青紫に変化した。

「まだかなり残っていますね」
「天才魔術師だからな」

 『時計爆弾』のような強力な魔術を習得すれば、凡人ならば魔術容量の残量がなくなってしまう。

 強力な魔術を複数習得が可能な器の大きさ。ウシオもまた天賦の才に恵まれていたのだ。

「君も知っての通り、魔術はリスクを背負えば背負うほど強力になる。そこで質問だ。最高の制約とは何だと思う?」
「身体の欠損か? 例えば右腕を犠牲にして魔術を発動させるとか? いいや、違うな。もっとシンプルな答えがあったぜ。自分の命を賭けることだろ?」
「正解だ。死のリスクを背負えば、君は限りなく強力な魔術を得られる」
「なるほど。話は読めたぜ。そのリスクを『復元魔法』で回避するんだな」
「話が早くて助かるよ。私の『復元魔法』なら君が仮に死んだとしても元に戻してあげられる。最悪を受け入れることで君は強力な魔術を手に入れ、アトラスにさえ圧勝できるようになるよ」
「俺があいつに……」

 心の中で燻ぶっていた憎悪の炎が再点火される。学年最強の座を取り戻せる可能性に、死の恐怖も感じなくなっていた。

「いいぜ。やってやるよ。新しい魔術を習得してやる」
「うふふ、では私たちはこれから仲間ですね」
「仲間……」
「だってそうでしょう。同じ目的のために行動するパートナーなのですから。私はあなたを裏切りません。ですからあなたも私を裏切らないでくださいね♪」
「も、もちろんです。クレア様に命を捧げますから!」
「私は忠臣を持てて幸せ者の主ですね♪」
「――ッ……ありがたきお言葉! な、涙が出そうです」

 恐怖で手下を束ねていた時とは違う。心から自分を信頼してくれる仲間を得られた嬉しさに涙を我慢できなかった。

「善は急げです。俺様は魔術の修行をするために学園へ戻ります」
「あなたの魔術が完成するのを楽しみにしていますよ」
「はいっ!」

 ウシオは一礼すると、学園へと走り去る。その背中をクレアとホセは冷酷な目で見つめていた。

「うふふ、死んだ人間を蘇生することなんてできないクセに、ホセは嘘が上手いのね」
「いえいえ、クレア様の『信頼』の魔法と比べれば、私なんてまだまだですよ」

 二人の悪魔は優秀な手駒が手に入ったとクスクスと笑う。騙されていることに気づかないまま、彼は最悪の仲間たちのために修行を開始するのだった。

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