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第三章 ~『アトラスとクロウの闘い』~

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 学園の敷地内に設置された闘技場は、円形の観客席の中央にリングが置かれていた。石畳の円形リングの上にはアトラスとクロウの姿がある。リング外ではルカが二人の闘いを見守っていた。

「アトラスと戦うのはこれが初めてかな」
「以前の俺なら戦うまでもなく勝敗が明らかだったからな」
「謙遜だね。君は強い。そのことを僕は誰よりも知っている」

 クロウは両手に武器を持たない戦闘スタイルだ。合わせるようにアトラスも無手である。

「さすがは親友だね。構えもそっくりだ」
「俺が真似たのさ。なにせクロウは俺の憧れだからな」

 最強はウシオかもしれないが、それは魔法を絡めた戦闘での話だ。単純な体術ならクロウの方が優れている。

「僕の動きを真似してくれるなんて嬉しいな。でも完全にはコピーできていないようだね」
「見よう見まねの模倣でしかないからな」

 格闘術ではクロウに軍配が上がる。だがアトラスの表情から自信が崩れることはない。勝敗は魔術師としての力をすべてぶつけた先に決まるものだからだ。

 強さを誇示するように、アトラスは身体に魔力の鎧を纏う。クロウの纏う魔力の約三倍に匹敵する魔力量は、場の空気を張り詰めるに十分な圧力を放っていた。

「やっぱり君は凄い。僕が見込んだ通りの男だ」
「お前の親友に相応しい男を目指しているからな」

 二人の交差する視線に敵意はない。良きライバルとして、互いの力を確認し合うための意思疎通がなされる。

「アトラスも、クロウも怪我しちゃ駄目だからね……さぁ、いくわよ――試合開始!」

 ルカの宣言と同時に動いたのはアトラスだった。魔力で加速された肉体で一気に間合いを詰める。

「これで終わりだっ」

 加速の勢いをそのままに、拳に体重を乗せる。圧倒的な魔力差によって回避はできないと確信するが、拳が命中した感触はない。躱した拳をすり抜けるように、クロウが躱していたのだ。

 戸惑う彼にクロウは目にも止まらぬ連打を放つ。高速で放たれた拳が顔に放り込まれるが、魔力量の差のおかげでダメージはない。

(どうしてこんなに速いんだ!)

 身体能力は魔力に大きく依存する。そのため三倍近い魔力差はそのままスピードに現れるはずなのだ。

(理屈ならクロウより俺の方が速いはずだ。だが現実は逆。からくりがあるのか?)

 浮かんだ疑問に答えは出ない。

 考え事をしている隙を突くように、高速で放たれた拳が、アトラスの顔面に再度直撃するが、傷を負うことはなかった。

(考えても仕方がない。俺にできることは攻撃あるのみだ)

 反撃しようと拳を振り上げる。だが次の瞬間、クロウは拳の届かない距離まで移動していた。

「頑丈な身体だね」
「魔力の鎧のおかげだな。もし魔力量が互角なら、最初の連打でノックアウトだ」
「でも君は無傷だ。だからこの勝負は引き分けだね」
「ならどうやって決着をつける?」
「僕の本気を見せるよ」

 クロウの放つ魔力が練りあげられていく。魔法の発動を感じ取り、警戒で身を強張らせる。

「親友の君だから教えるよ。僕の魔法は『加速』。その名の通り、魔力にスピード向上の特性を与えることが可能だ」
「魔力量で勝っているのに追いつけない理由はそれか……」
「加速は力になる。全力のスピードを乗せた拳なら、きっと君の魔力の鎧さえ突破できる」
「それはそうだろうな……今のままの俺ならな」
「え?」

 クロウの戸惑いに答えを与えるように、アトラスは全身から魔力を放つ。その量はクロウの約十倍。怪物という言葉が彼の頭を過った。

「ははは、さすがだ。僕相手に手加減していたなんて」
「本気を出すと殺してしまうからな」
「なら胸を借りるつもりで本気を出そう」

 『加速』の魔法が発動したのか、クロウの姿が視界から消える。そして息を吐く間もないままに、顔面に数十発の打撃が叩き込まれる。

「ははは、まだまだ止まらないよ」

 高速の猛撃は目で追うことさえできなかった。

(魔力量を増やしても反応できないほどに速い。なるほど。学年で序列二位に位置するのも納得だ)

 アトラスの防御力があるから耐えられている一撃は、一般的な生徒では一発貰っただけでも失神してしまう威力がある。

(だが俺なら対応する方法はある。例えば魔法だ。炎でリングすべてを焼き払えば、どんな超スピードでも対応できない。だがそれは俺の回復魔術の秘密を明かすことに等しい)

 もしアトラスにコピー能力が備わっていると知られると、魔術の使用を控えられる可能性がある。それは即ち、成長のチャンスを失うに等しい。

 必要であれば躊躇いなく魔術を使うが、模擬戦闘で秘密を露呈させる理由もない。魔術以外の方法で勝つ手段はないかと頭を悩ませる。

(不格好だがあれしかないか)

 クロウのスピードは触れることができないほどに速い。しかし速度を上げれば上げるほど失うモノがある。

 それはスタミナだ。打撃を放つたびに、クロウの息遣いは荒くなっていく。一方、アトラスは打撃を受けているだけなので、スタミナはまだ十分残っている。

(より疲れさせるためにはこちらも攻撃あるのみだ)

 アトラスは視界の端に映るクロウに打撃を放つ。隙だらけの一撃だが魔力で加速されているため、目にも止まらぬ速さを得る。

 だがクロウには当たらない。しかし威力が威力だけに緊張の汗が額から流れる。

 さらに二撃目。クロウはギリギリのところで躱すが、緊張で心臓が高鳴るのか、呼吸が激しくなっていた。

(この調子なら、一分もしない内に決着が付きそうだな)

 もちろんアトラスの勝利でだ。そのことはクロウも自覚しているのか、距離を離して、小さく息を吐いた。

「このまま続けていたら僕は負ける。でもまだ僕には奥の手がある」
「魔術を使うつもりだな」

 『加速』の魔法だけでもあれだけの強さを示したのだ。魔術はどれほどの恐ろしい力なのかと身構える。

「本当は使いたくなかったけど、君相手なら仕方な――いいや、ちょっと頭に血が昇っていたようだね。僕らがやりたいのは実力の把握だ。これ以上はやりすぎだね」
「殺し合いをするのが目的ではないからな」

 アトラスとクロウは魔力を収めると、互いに近づいて握手する。

「やはり僕の目に狂いはなかった。君は強い。尊敬に値する男だ」
「それは俺の台詞だ。お前が親友であることを誇りに思う」

 実力を認め合うように繋がれた手を握りしめる。手の体温から互いの熱い友情を感じ取るのだった。


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