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第三章 ~『選考会へのお誘い』~

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 ウシオとの騒動が原因で、アトラスの評価は混沌を極めていた。

 ドラゴンが出現するダンジョンから帰還した英雄と呼ぶ者がいる。一方で最弱の回復魔術師だと馬鹿にする者もいる。

 定かでない実力は一学年最強のウシオを退けたことで、影の実力者だと囁く者まで現れた。

 そんなアトラスの実力を見定める絶好の機会が訪れる。魔術の授業で試験が行われるのだ。一人一つの水晶が配られ、机の上に置かれる。

「これから魔力の最大値を測るテストを行う」

 教壇に立つ男性教師が宣言する。このテストは事前に予告されていたためか、生徒たちに驚きはない。

「皆も知っての通り、魔力保有量は魔術師の優秀さを示す一つのパラメータだ。身体能力、魔術の使用回数など、多くの要素に影響するからだ」

 どれほど強力な魔術を習得できても、それを使用するための魔力がなければ、焚き木のない暖炉のようなモノだ。

 そのため高名な魔術師は魔力保有量を増やすための修行を怠らない。試験を覚悟していた生徒たちも、しっかりと対策をしているはずだった。

「まずは先月の学年一位、ウシオくんに見本を示してもらいます。いいですね?」
「任せとけ」

 ウシオは机の水晶を鷲掴みにすると、魔力を流し込んでいく。硝子のように透明だった水晶は灰色へと濁る。

「さすがは学年一位ですね。水晶を灰色に変えられる生徒は上級生でも多くありませんよ」
「当然だ。なにせ俺様だからな」
「ではもう一人見本を――」
「なら俺様はアトラスを推薦するぜ」

 教室にざわめきが起きる。実力者がやるからこそ見本になるのであり、アトラスでは晒し者になるのがオチではないかと、教師は眉を顰める。

「アトラスくんでは駄目です。まだダンジョンから戻ったばかりですし、今日が試験日だということも知りませんでした。本人が望むなら免除でも良いと思っていたくらいなのですよ」
「だがあいつの実力、気になるだろ?」
「それは……気にならないといえば嘘になりますが……」

 ドラゴンが出現するダンジョンから帰還することは教師でさえ困難だ。その偉業を成し遂げたアトラスの実力に興味が湧かないはずがないのだ。

 教師としての義務感と疑問で板挟みになる。ウシオはトドメの言葉を発する。

「アトラス、てめぇもやりたいよな?」
「俺は別に」
「まさか恥を掻くのが怖いのか?」
「――ッ……安い挑発だな。だがお前から言われると、こうも腹が立つとはな」

 憎いウシオの挑発だからこそ逃げるわけにはいかない。水晶を両手で抱えると、皆が見えるように頭の上に掲げる。

「さぁ、やれよ。そして無能であることを証明しな」

 アトラスは魔力を水晶に込める。透明から灰色に変わり、最終的には黒曜石のような黒一色に染まる。

「え、嘘だろ、あの色……」
「水晶って黒になるの!」
「それだけの魔力保有量だよ」

 ざわざわと教室がざわめきに包まれる。

「もしかして失敗したのか?」
「いいえ、アトラスくん。君は成功したのですよ。なにせ水晶は色が黒に近づけば近づくほど魔力保有量が多いことを証明しますから。黒曜石のような水晶を生み出した君の力は、我々教師さえも超えています。皆さん、拍手で賞賛しましょう!」

 アトラスに最弱の評判を洗い流すほどに盛大な拍手の雨が降り注ぐ。だがその状況を快く思わぬ者もいた。もちろん彼に恥をかかせようとしたウシオである。

「納得できるかっ! 何か汚い手を使ったんだろ!」
「何を根拠に?」
「魔力保有量はな、才能ある魔術師でも増やすのに苦労するんだよっ! 最低に近い魔力しか持たなかったてめぇに、水晶を黒く濁らせるほどの魔力が獲得できるはずがねぇ」
「だが水晶は嘘を吐かない」
「ならてめぇの魔力量は一体何なんだよ!」
「さぁな。ただ才能ある魔術師とやらよりも、俺の方が天才だっただけだろ」
「――――ッ」

 死を経験してから蘇生することで魔力保有量を増やすことができるが、その事実をわざわざ伝える必要はない。魔術は秘匿こそが常道。情報公開は制約以外では避けるべきなのだ。

「てめぇが天才だって言うならよぉ、魔力保有量以外も得意なはずだよなぁ」
「何が言いたい?」
「俺様との決闘で天才だと証明してみろ。その舞台は用意されている」

 ウシオは懐から一枚の書類を取り出す。そこには『来たれ、勇者よ』の文言と共に、第一王女の執行官を採用するために、選考会を開催する旨が記されていた。

「選考会では王女の前で候補者同士が魔術戦を行うことで自らの力を示す。ここに来るのは一学年だけじゃねぇ、上級生や王国の要人たちも観戦する。勝利者は名誉と地位を手に入れ、敗れれば負け犬の称号を背負うことになる」
「つまりウシオは負け犬になりたいと?」
「誰が負け犬だっ! 勝つのは俺様に決まっているだろ」
「随分な自信だな」
「でなけりゃ最強の椅子には座ってねぇ……だが安心していいぞ。てめぇが負け犬になることもない。なにせこの選考会では殺しもありだからな。生きてリングの上から降りられると思うなよ」
「望むところだ」

 挑発に乗ったアトラスはウシオに復讐する良い機会だと、選考会への参加を決める。

「選考会は一週間後。それまでに仲間を二人集めておけよ」
「仲間ってどういうことだ?」
「選考会は三人一組で行うチーム戦だからな」
「そんな話は聞いてないぞ」
「まさか尻尾を巻いて逃げるのか?」
「うぐっ」

 選考会はウシオに復讐する又とない機会だ。だが個人的な感情で、仲間に命の危険を強要することはできない。諦めようとした時、クロウがアトラスの肩を叩く。

「僕が参加するよ」
「クロウ。だが……」
「まさか僕が敗れるとでも?」

 クロウはウシオに次いでの実力者だ。仲間として、これ以上に頼りがいのある男はいない。

「でもあと一人足りないぜ」
「もう、仕方ないわね。私が出場するわ」
「ルカ。だけど――」
「言っておくけど、これはアトラスのためじゃないわ。私もウシオくんの横暴な態度に腹が立っていたの。丁度良いチャンスなのよ、これは」
「ルカ……ありがとな……」

 仲間想いの幼馴染を持てて幸せだと、小さく頭を下げると、三人でウシオを見据える。

「こちらは三人揃った。お前も用意できるんだろうな?」
「もちろんだ。てめぇらがビックリするほどの強者を用意してやるよ」

 哄笑しながら、ウシオは教室を飛び出す。残された三人は顔を見合わせる。

「アトラス、今日の放課後は空いているよね?」
「ああ」
「三人一組のチーム戦だ。作戦を立てるためにも戦力を確認しておきたい」
「ということは……」
「僕と模擬戦闘をしよう」

 誰よりも尊敬する完璧超人の親友からの申し込みに、アトラスの心臓は高鳴る。自分の力がどこまで通じるのかを試すために、放課後を心待ちにするのだった。
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