【完結】闇の聖女は実家を捨てる ~モフモフドラゴンを従えるのは、無能扱いされていた姉でした~

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第二章 ~『ティアラとの出会い』~

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 入学式の会場へと、マリアは足を踏み入れる。絨毯が敷かれた床に椅子が等間隔で並べられている。自由席になっており、どこに座るかは彼女に任されていた。

(隣に誰もいない席はと……いいや、逃げちゃ駄目よ。ここで友達を作らないと)

 学園での知り合いはケインだけだ。同級生の友人を作るチャンスを逃す手はない。

(でも、ここにいる人たちは全員エリートなのよね。私なんかが話しかけてもいいのかしら)

 恐る恐る同級生たちの様子を伺っていると、ピンと背筋を伸ばした少女に目が付く。

(綺麗な人……)

 意思を感じさせる瞳に、キリッとした凛々しい顔立ち、頭の上でまとめた銀髪は天窓から差し込む光で輝いていた。

「あの、隣いいですか?」

 勇気を出して声をかけてみると、柔和な笑みが返ってくる。

「もちろんだ。私はティアラ。君は?」
「私はマリア。よろしくね」
「……まさかイリアス領の?」
「私の事を知っているの?」
「知っているも何も……」

 ティアラは急に青ざめた表情に変わる。その顔色は只事ではなかった。

「私、何かしちゃった?」
「気にしないで欲しい。マリアが悪いわけではないから」
「でも……」
「それよりもマリア。折角だから、君のことを聞かせて欲しい。そのドラゴンが気になっていたのだ」

 ティアラは無理に笑みを浮かべて、平静を取り繕う。釈然としないまま、彼女に押し切られる形で、肩に乗せた友人を紹介する。

「ハクは私の友達よ」
「ドラゴンを使い魔にするとは、マリアは凄腕の魔法使いなのだな」
「使い魔?」
「魔法使いが従える魔物のことだ。フクロウやネズミの魔物を従えるのが一般的だが……ドラゴンを従えることもできるのだな」

 ティアラの驚愕と結びつき、試験に合格した日のことを想起する。

(ケイン先生が驚いたのもドラゴンの魔物を従える魔法使いが珍しいからなのね)

 ハクを連れてきただけで、ケインはその場で合格を与えてくれた。ドラゴンの使役者はそれほどに貴重な存在なのだと知る。

「私ばかり質問していては不公平だな。今度はマリアが私に質問してくれ」
「女性相手に聞きにくい質問をしてもいいかしら?」
「うむ。構わんぞ」
「ティアラも私と同じ十歳なの?」

 外見や口振りから、随分と大人びているように感じる。この場にいることから同級生なのは分かるが、本当に同じ年齢かを確認しておきたかった。

「私は十五歳だ」
「五歳も上だったのね!」
「だがこれでも入学は早い方だ。十歳で合格できるマリアが特別なのだ」

 王立魔法学園は十歳より上なら年齢は不問だ。合格者の平均年齢は十六歳だと聞かされ、眩暈がしてくる。

(そんな年上の人たちと仲良くできるのかしら……)

 不安に思っていると、ティアラが手をギュッと握りしめてくれる。

「友達がいなくて不安なのだな?」
「う、うん」
「なら私と友達になろう。こう見えても、公爵令嬢で実家は裕福だし、魔法を組み合わせた剣術は殿方相手でも引けを取らない。仲良くなっても君に損はさせないと約束する」
「損得はどうでもいいの。私もティアラと友達になりたいの」

 年上の頼り甲斐のある友人に握手を返す。初めての友達がティアラでよかったと、手の平の温かさで伝える。

「私の手はゴツゴツしているだろう?」
「そんなことないわ。綺麗な手よ」
「マリアは優しいな……だが自分でも男勝りな女だと自覚しているのだ。剣を振るのを日課にしていたせいで手はボロボロ、婚約者にも振られてしまったのだ」
「ティアラのような素敵な人を捨てるなんて。最低の婚約者ね!」
「はは、最低か……君からその言葉を聞けば、彼はきっと悲しむのだろうな」
「私なんかの言葉を真に受けるの?」
「あの男は君の事を大切に想っているはずだからな」
「私を?」
「ほら、あの男だ。見覚えがあるだろう?」

 視線の先にいたのは黒髪黒目の美少年だった。白い肌と凛々しい顔立ちは吸い込まれるように美しく、周囲の女性を虜にしている。紺色の制服も高い身長と上手く調和していた。

「わぁ~素敵な人ね……あ、ごめんなさい」
「気にしないで。それよりもその反応、まさか、あの男のことを知らないのか?」
「有名な人なの?」
「この国の第三王子レイン様よ」
「ええっ!」

 第三王子とはかつてマリアに婚約を申し込んできた男だ。姿絵では丸々と太った醜男として描かれていたのに、実物は見惚れるほどに美しい。本当に同一人物なのかと疑ってしまう。

「マリアに婚約を断られたショックで痩せたそうだ」
「それは悪いことをしたわね……って、私が断った話も知っているの⁉」
「私があの男に捨てられたのは、君と婚約するためだからな」

 つまりマリアは間接的な加害者になっていたのだ。罪悪感を覚え、黙り込んでいると、気まずい空気が流れる。だがそれを吹き飛ばすように、ティアラは快活に笑う。

「はははっ、気にしないでくれ。私も未練はない」
「でも……」
「男なんて忘れて、これからは女同士、仲良くしていきましょう」
「う、うん」

 二人は友情を確かめると、互いの事を知るために雑談を楽しむ。時間は過ぎていき、とうとう入学式の開幕時刻がやってきた。

「これより入学式を開幕する」

 学園のイメージカラーである紫の外套を羽織った白髭の老人が壇上に立つ。傍にはケインを含めた教師たちが控えており、老人の正体が誰かを察するのは容易い。

「あれが有名なフリードリヒ学園長なのね」
『知っている顔なのかい?』
「世界最強の魔法使いと名高い人だもの。この国で知らない人はいないわ」

 途上国だった王国を魔法先進国へと成長させた立役者である。教科書にも掲載されている本物の偉人である。

『最強かぁ……確かに凄い魔力量だね』
「そうでしょうね」
『でも潜在的な魔力量ならマリアも負けてないよ』
「そんなことありえないわ……でもお世辞でも褒めてくれて嬉しいわ」
『お世辞じゃないんだけどなぁ』

 相手は世界一の魔法使いだ。比べることすらおこがましいと苦笑を零していると、司会進行役のケインが声をあげる。

「では学園長、挨拶をお願いします」
「うむ」

 挨拶を求められた学園長がゴホンと咳払いをする。その声には威厳が満ちていた。

「諸君、まずは入学おめでとう。お主らは、この国でも上位数パーセントの魔法使いじゃ」

 学園長の称賛に生徒たちは騒めく。会場の空気が浮足立った。

「だが驕ることなかれ。世界にはお主らより遥かに格上の魔法使いが存在する。まだ蛹であることを自覚し、勉学に励むように……そうすれば、いずれは儂を超える魔法使いが生まれるかもしれん」

 学園長の挨拶に会場で笑いが起きる。彼を超えられるはずがないと、諦めているからこその反応だった。

「次に新入生の代表に挨拶をしてもらう。その者は筆記試験、魔力試験で満点を獲得し、最終試験でも試験官から太鼓判を押されるほどの成績を収めておる」

(まさかとは思うけど……私じゃないよね?)

 マリアの背中に冷たい汗が流れる。違いますようにと祈りを捧げるが、学園長が指名したのは――

「イリアス家のマリア嬢、壇上へ」

(やっぱり私かぁ!)

 指名されたことで拍手が沸き起こる。ティアラの「頑張るのだ!」と応援を背に受けながら、トボトボと壇上へ向かう。

「あの、えっと、その……」

 壇上に立つと、会場の生徒たちの視線が突き刺さった。緊張で喉が震え、言葉が出てこない。そんな彼女を救ったのは、頭の中に響いた声だった。

『マリア君、私だ、ケインだ』

(ケイン先生⁉)

 彼は声を出さずに口をパクパクと動かしていた。離れている相手とでも会話ができる『念話』という風の魔法の存在を思い出した。

『緊張して、何を話せばよいのか分からないのなら、学園での意気込みを語ればいい。達成したい目標は他の生徒たちにも良い刺激になるはずだ』

 ケインのおかげで頭の中の霧が晴れる。心の中で感謝しながら、生徒たちを見渡し、すっと息を吐いた。

「私は家族から駄目な娘だと育てられてきたわ」

 突然の告白に、会場の空気が変わる。

「だけどケイン先生に出会えて変われたわ。そして自分の魔法で大勢の人を救いたいと願うようになったの……だから私はケイン先生に負けないくらい立派な魔法使いを目指す。それが学園で叶えたい私の夢よ」

 尊敬する恩師を目標にして努力する。ありきたりな所信表明だが、その言葉は予想外の反応を生む。

「ケイン先生ってまさか……」
「あの大賢者ケインに並ぶってことかよ!」
「恐ろしい新入生が現れたな」

 会場の至る所から大賢者というワードが耳に飛び込んでくる。マリアは自分がとんでもない宣言をしてしまったのではと戸惑っていると、学園長が再び壇上へと上がる。

「さすがは最優秀の成績を収めた新入生じゃ。まさか世界に七人しかいない大賢者を目指すとはのぉ」
「七人しかいないのですか!」
「うむ。ちなみに儂もその一人じゃ。お主が儂の椅子を奪いに来る日を楽しみにしておるからのぉ」
「私はそんな……」
「謙遜するでない。志を高く持つことは悪い事ではないからのぉ。他の生徒にしてもそうじゃ。儂を超えてやる。それくらいの意気込みで、学園生活を励むといい。さすれば、卒業する頃には、一流の魔法使いに成長しておるはずじゃ」

 学園長の放った一言は、生徒たちの心を打った。絶対に彼を超えられるはずがないという諦観が消えたのだ。

 拍手が小さな雨となり、次第に大きくなっていく。彼女が学園内で一目置かれる存在になった瞬間だった。

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