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第三部 宰相閣下の婚約者
763 宝石に骸はあるか(後)
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「それは……レイナ嬢が一人で?」
叔父・レンナルトの発言の意図がとっさに読めず、私はちょっと首を傾げた。
「えっと、私にはそんな権利も権限もないので、あくまでユングベリ商会の商会長としての提案をして、相手と交渉を繰り返しているんですけど……あ、ですけど商会の登録にはイデオン公爵閣下の資金をお借りしているので……一人で、と言われると何とも……」
「あ、いや、そうではなく……」
どうやら言葉選びに困っているらしい叔父に「レンナルト殿」と、助け舟を出したのはイル義父様だった。
「彼自身の思惑はほとんど反映されていないよ。むしろレイナちゃんの手綱を取ろうとしては、ことごとく失敗している側だ。まあ、アレを振り回すとか、どこを探しても他にいやしないだろうね」
「イル義父様……」
なんか人聞きがわるいな、と思った私を見透かすように、イル義父様は笑う。
「まあ、普通に聞けばレイナちゃんはどうしたって傀儡に見えてしまうからね。決してそうじゃないと言うのは、その目で見なければなかなか納得はしづらいと思うよ」
「傀儡……」
私の脳裡を一瞬、どこかのキヴェカス卿の姿がよぎる。
「ああ、私がイデオン公爵閣下の意を受けて、全て動いて発言している……そんな感じですか」
「有り体に言えばそうかな」
イル義父様は、必要以上にこちらを甘やかしてはこない。
ヤンネ・キヴェカス卿のことをどこまで、どう言った風に聞いているのかは分からないけれど、それとは別に、世間一般からどう見えているのかと言うことを、キチンとこちらに伝えて来てくれているのだ。
「とは言えその手の話は、否定すればするほど信じて貰えない側面があることも確かですし……自分が信じたいことしか信じない人も多いですから、私はもう、見ていて下さいとしか言いようがないんですよね……」
「達観しているね、レイナちゃん」
「好意より悪意の方が多い環境下に長くいたので、いつの間にやらこんな感じに」
「まあ、私の娘としては頼もしいがね」
ふふふ、ははは、とでもト書が出来そうな会話になっていたかも知れない。
最初に話の口火を切ったはずの叔父・レンナルトの方が、顔色を悪くしていたかも知れない。
「レンナルト卿、貴卿の兄は言葉足らずで慎重なところがあるけれど、貴卿は少し口に出しすぎるところがあるのかも知れない」
「義兄上」
「うん、つまり今の発言は私が彼女を養女にした経緯をも疑ったんだと、そこまでに思い至って欲しかったかな。そういう話だよ」
「……っ」
えっと。
叔父サマでなくとも、イル義父様がちょっと怖いです。
そしてその傍でにこやかに微笑うエリィ義母様も、ちょっと怖いです。
「……申し訳ありません、私が浅慮でした」
ただ、どこかのキヴェカス卿と違うのは、空気を読んで非を認める、その潔さかも知れない。
「まあ、こんなことを偉そうに言ってはいるけれど、いつの間にやらここまでの伝手を持っていることは、私でも驚きだよ。私の指示でもないということも併せて覚えておいて欲しいね」
「はい。……すまなかったね、レイナ嬢。どうやら王都から離れた地に長くいたせいか、私の頭も少し固くなっていたようだ」
「いえ……以前にもあったことなので、そこまでの驚きは」
私自身、すぐに腹を立てなくなったという点では、逆に感謝すべきなんだろうかと思ったくらいだ。
言わないけど。
「お詫びと言うわけではないが、その、鉱山にまつわる毒素の調査に関しては、ダリアン侯爵家が全ての費用を用立てよう。姪のためでもあり、ヤーデルード鉱山にも関係するかも知れない話となれば、兄も否とは言えないだろうし、ダリアン侯爵家に対する周囲の印象も、これ以上悪くはなるまいと……まあ、希望的観測だね」
どうやら出資者を買って出てくれているらしい叔父に、私は軽く目を瞠る。
ただ、私が何かを言うよりも早く「あら、いいわね」とエリィ義母様がそれを後押ししてきた。
「兄に抗議をする権利なんてないものね。レンナルト、もし、兄がそれをする気なら、今すぐ領主交代ですわよ」
姉上、エリィ、エリィ義母様……と、三者三様の声が漏れる。
「姉上、それでここぞとばかりにユーホルト兄上に領主を下りられるのも困ります。そこまで追い込まずとも、鉱山のため姪のためと言えば、兄も首を縦に振りますよ」
元々、ダリアン侯爵家領主就任に消極的だったと言うもう一人の伯父、ユーホルト・ダリアン。
まだ、領主を下りたいと言う気持ちが彼の中にたゆたっていると言うことだろうか。
いや、ここまでゴタゴタが続けば、領主であろうとなかろうと、大変な後始末に翻弄されるであろうことは確定だ。
一度や二度や三度は、逃げたくなったとしても不思議じゃない。
「ふふ…… 幻聴が聞こえるな、レンナルト殿」
ただ、それをイル義父様が認めるかと言えば、やっぱり別問題のようで。
「そもそも私は、我が最愛の妻が領地に赴かなくてはいけないような領主交代など、認めてはいないからね」
「は、はい」
「多少の枷と不自由が増えようと、二人には侯爵家の義務から目を逸らさずにいて貰わないと」
「は……」
義理の兄とは言え、見せているのは公爵家当主としての顔。
叔父は頭を下げるしかないように思えた。
そしてエリィ義母様も、公爵夫人としての顔で「レンナルト」と、口を開いた。
「領地の家令や使用人の皆にも、錯綜した不正確な情報が伝わることのないよう、アナタがちゃんと言い聞かせるのよ?」
領主であるユーホルト・ダリアンがしばらく戻れないこと、ユングベリ商会の商会長の肩書きをも併せ持つ、レイナと言う名の姪のこと、鉱毒汚染の可能性と、その調査のこと。
誤解と情報不足はダリアン侯爵家の首を締めるだけ。
エリィ義母様が口にしなかった部分まで、叔父・レンナルトはちゃんと読み取っているように見えた。
「挽回の機会を下さって有難うございます、姉上」
どうやらユングベリ商会にとっても、スポンサーが増えると言う点では満足すべき成り行きなのかも知れなかった。
叔父・レンナルトの発言の意図がとっさに読めず、私はちょっと首を傾げた。
「えっと、私にはそんな権利も権限もないので、あくまでユングベリ商会の商会長としての提案をして、相手と交渉を繰り返しているんですけど……あ、ですけど商会の登録にはイデオン公爵閣下の資金をお借りしているので……一人で、と言われると何とも……」
「あ、いや、そうではなく……」
どうやら言葉選びに困っているらしい叔父に「レンナルト殿」と、助け舟を出したのはイル義父様だった。
「彼自身の思惑はほとんど反映されていないよ。むしろレイナちゃんの手綱を取ろうとしては、ことごとく失敗している側だ。まあ、アレを振り回すとか、どこを探しても他にいやしないだろうね」
「イル義父様……」
なんか人聞きがわるいな、と思った私を見透かすように、イル義父様は笑う。
「まあ、普通に聞けばレイナちゃんはどうしたって傀儡に見えてしまうからね。決してそうじゃないと言うのは、その目で見なければなかなか納得はしづらいと思うよ」
「傀儡……」
私の脳裡を一瞬、どこかのキヴェカス卿の姿がよぎる。
「ああ、私がイデオン公爵閣下の意を受けて、全て動いて発言している……そんな感じですか」
「有り体に言えばそうかな」
イル義父様は、必要以上にこちらを甘やかしてはこない。
ヤンネ・キヴェカス卿のことをどこまで、どう言った風に聞いているのかは分からないけれど、それとは別に、世間一般からどう見えているのかと言うことを、キチンとこちらに伝えて来てくれているのだ。
「とは言えその手の話は、否定すればするほど信じて貰えない側面があることも確かですし……自分が信じたいことしか信じない人も多いですから、私はもう、見ていて下さいとしか言いようがないんですよね……」
「達観しているね、レイナちゃん」
「好意より悪意の方が多い環境下に長くいたので、いつの間にやらこんな感じに」
「まあ、私の娘としては頼もしいがね」
ふふふ、ははは、とでもト書が出来そうな会話になっていたかも知れない。
最初に話の口火を切ったはずの叔父・レンナルトの方が、顔色を悪くしていたかも知れない。
「レンナルト卿、貴卿の兄は言葉足らずで慎重なところがあるけれど、貴卿は少し口に出しすぎるところがあるのかも知れない」
「義兄上」
「うん、つまり今の発言は私が彼女を養女にした経緯をも疑ったんだと、そこまでに思い至って欲しかったかな。そういう話だよ」
「……っ」
えっと。
叔父サマでなくとも、イル義父様がちょっと怖いです。
そしてその傍でにこやかに微笑うエリィ義母様も、ちょっと怖いです。
「……申し訳ありません、私が浅慮でした」
ただ、どこかのキヴェカス卿と違うのは、空気を読んで非を認める、その潔さかも知れない。
「まあ、こんなことを偉そうに言ってはいるけれど、いつの間にやらここまでの伝手を持っていることは、私でも驚きだよ。私の指示でもないということも併せて覚えておいて欲しいね」
「はい。……すまなかったね、レイナ嬢。どうやら王都から離れた地に長くいたせいか、私の頭も少し固くなっていたようだ」
「いえ……以前にもあったことなので、そこまでの驚きは」
私自身、すぐに腹を立てなくなったという点では、逆に感謝すべきなんだろうかと思ったくらいだ。
言わないけど。
「お詫びと言うわけではないが、その、鉱山にまつわる毒素の調査に関しては、ダリアン侯爵家が全ての費用を用立てよう。姪のためでもあり、ヤーデルード鉱山にも関係するかも知れない話となれば、兄も否とは言えないだろうし、ダリアン侯爵家に対する周囲の印象も、これ以上悪くはなるまいと……まあ、希望的観測だね」
どうやら出資者を買って出てくれているらしい叔父に、私は軽く目を瞠る。
ただ、私が何かを言うよりも早く「あら、いいわね」とエリィ義母様がそれを後押ししてきた。
「兄に抗議をする権利なんてないものね。レンナルト、もし、兄がそれをする気なら、今すぐ領主交代ですわよ」
姉上、エリィ、エリィ義母様……と、三者三様の声が漏れる。
「姉上、それでここぞとばかりにユーホルト兄上に領主を下りられるのも困ります。そこまで追い込まずとも、鉱山のため姪のためと言えば、兄も首を縦に振りますよ」
元々、ダリアン侯爵家領主就任に消極的だったと言うもう一人の伯父、ユーホルト・ダリアン。
まだ、領主を下りたいと言う気持ちが彼の中にたゆたっていると言うことだろうか。
いや、ここまでゴタゴタが続けば、領主であろうとなかろうと、大変な後始末に翻弄されるであろうことは確定だ。
一度や二度や三度は、逃げたくなったとしても不思議じゃない。
「ふふ…… 幻聴が聞こえるな、レンナルト殿」
ただ、それをイル義父様が認めるかと言えば、やっぱり別問題のようで。
「そもそも私は、我が最愛の妻が領地に赴かなくてはいけないような領主交代など、認めてはいないからね」
「は、はい」
「多少の枷と不自由が増えようと、二人には侯爵家の義務から目を逸らさずにいて貰わないと」
「は……」
義理の兄とは言え、見せているのは公爵家当主としての顔。
叔父は頭を下げるしかないように思えた。
そしてエリィ義母様も、公爵夫人としての顔で「レンナルト」と、口を開いた。
「領地の家令や使用人の皆にも、錯綜した不正確な情報が伝わることのないよう、アナタがちゃんと言い聞かせるのよ?」
領主であるユーホルト・ダリアンがしばらく戻れないこと、ユングベリ商会の商会長の肩書きをも併せ持つ、レイナと言う名の姪のこと、鉱毒汚染の可能性と、その調査のこと。
誤解と情報不足はダリアン侯爵家の首を締めるだけ。
エリィ義母様が口にしなかった部分まで、叔父・レンナルトはちゃんと読み取っているように見えた。
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