聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
718 / 815
第三部 宰相閣下の婚約者

727 断罪の茶会(3)

しおりを挟む
「まあ水にしろジェイにしろ、意味が分からないと思っている者もいるだろう。何、いずれにせよ死にはしないから、飲んで食せ。そうすれば、そうだな……それで済む者もいるだろう」

 国王陛下フィルバートが何やらフラグを立てている、と思ったのは私だけだろうか。
 あれは多分、九割九分がそれだけで済まないと言うことの裏返しだ。

「どうした? 飲んで食すだけ――子どもでも出来ることではないか」

 陛下。
 笑顔が怖すぎです。
 普通「死にはしない」などと微妙な言い方をされて、怯まない人はいません。

「宰相」
「は……」
「不思議だな。私は国王であるはずなのに、誰も私の命が聞けないらしい」
「陛下、それは……」
「私はそれほど難しい話をしているか?」

 中にはもちろん例外もいて、恐らくは国王陛下フィルバートの威圧には慣れていると思しきエドヴァルドの表情は、表向きは全く変わっていなかった。

「……飲んで食すだけ、と仰った」

 変わらないものの、率先して事態を動かせと言葉の裏で言われていることに、ややこめかみを痙攣ひきつらせているのはこちらから見えているけれど。

「そうだな。それで?」

 とは言え国王陛下フィルバートの言いたいことが分からないエドヴァルドではないので、彼は一度ゆっくりと瞬きと共に息を吐き出すと、口元に笑みの残る陛下の隣で立ち上がった。

「!」

 一瞬だけ私を見て、そしてファルコを見たエドヴァルドは……目の前のグラス、アルノシュト領から汲んで来たと言う水の入ったコップを、胸の高さまで持ち上げた。

我が国アンジェスの至宝、唯一無二。我らが国王陛下と国家の安寧を願って――」

 そうしてグラスの中身を、全員の目の前で一気にあおったのだ。

 私やファルコが動く隙もない、それはあっという間の出来事だった。

「くくっ……そのように決死の覚悟で飲むものではないと言っているのにな。まあ、安寧を願うのは結構なことだ。ありがたく拝聴しておこう」

「ご満足いただけたのであれば何よりです」



 この広間で王宮護衛騎士に紛れる〝鷹の眼〟を、国王陛下フィルバートがぐるりと見回したように見えた。

 ただ、視界に入ったであろう数名の態度や表情に、陛下が何を思ったのかはこちらからは読み取れない。

 私に分かったのは、ファルコが表情を変えないまま、両の拳を固く握りしめていたことくらいだ。

 鉱毒が染み込んでいる水にしろ食べ物にしろ、一度や二度口にしたくらいでは身体に深刻な影響は及ぼさない。
 それは私は「教科書」で知っているし、ファルコは実際に目の当たりにしてきている。

 だからと言って、主であるエドヴァルドが躊躇なく口にしていいのかと問われれば即答が出来ない。

 恐らくはここまで頭を下げることさえ出来なかったエドヴァルドの、それが無言の謝罪と覚悟だろうと分かってはいても、ファルコの中ではすぐに消化が出来ないに違いない。

 ……今はそのまま動かずにいてくれることを願うことしか、私には出来なかった。

「さて、せっかくの料理をただ眺めていると言うのも、作ってくれた料理人たちに失礼だ。そろそろ本格的にいただくとしようか――ちょうど、遅れていた者も合流出来そうだしな」

 国王陛下フィルバートがそう言って腰を下ろそうとしたその時、確かに広間にホッと緩んだ空気がこぼれ出たのが、私にも分かった。

 この広間に集う貴族たちは普段は領地にいることの方がほとんどと言うからには、もしかすると気が付いていないのかも知れない。

 ――国王陛下フィルバートが一言話すたびに、崖っぷちに追い詰められている者たちが増えているのだと言うことを。

「……言ってくれるではないか。わざわざ遅れるように加減された量の仕事を回しておきながら」

「!」

 けれどそんな緩みかかった空気は、再びの入場者に一瞬にして霧散した。

「これは叔父上。何を仰っておいでやら……仕事の割り振りをしたのは私ではないし、加えてまだ誰も何も口にしていない。これ以上ないタイミングでは?」

「ちっ……ぬけぬけと」

 こればっかりは、レイフ殿下が舌打ちをするのも無理からぬ話じゃないかと思う。

 仮に実際に仕事を割り振ったのがエドヴァルドだったとしても、その前に国王陛下フィルバート依頼めいれいがあったに決まっているからだ。

「お席はそちらに。何もこんな時まで私と同じテーブルでなくとも構わないだろうと、私なりのしておいたので」

「配慮と書いて嫌がらせとでも読ませる気か。だいたい、これはどういう集まりだ。派閥――」

 意外に上手いコト言ってる……と思っていると、どうやら自分の発言の途中で既に、居並ぶ参加者の「おかしさ」に自分で気が付いたように見えた。

 愕然とした視線を向けたレイフ殿下を、国王陛下フィルバートは愉悦の笑みを浮かべて見返していた。

甥からの餞別とでも。なんと今なら同行者を選び放題だ」

「……っ」

 なんの、ともどこへ、とも言わずとも分かったんだろう。

 わなわなと拳を震わせているレイフ殿下を見る国王陛下フィルバートの目にも、揶揄いの要素が浮かんでいるようには見えなかった。

「気になる人材は早めに掬い上げることを推奨しておこう、叔父上。何せ首と胴が離れる可能性のある人間が一人や二人ではないので」

「!?」

 うわ、言った!
 陛下、レイフ殿下にはぶっちゃける方向性で行くんですか!?
 それか殿下の到着こそが会の始まりの合図だったとか!?

 一瞬場がざわついたのは、気のせいではないはずだ。

 当の国王陛下フィルバートは「ともかく」と、気にも留めないまま微笑わらっているけれど。

「まずは席に。そろそろ腰を下ろして頂かないと、せっかくの料理も誰にも食べられずに終わってしまいかねない」

 シャルリーヌと二人、思わず「え〝」などと言いそうになったのはヒミツだ。

 レイフ殿下が席に着くまでの短い間に、シャルリーヌが周囲に聞こえないほどの小声でこちらに囁いてくる。

『この期に及んで帆立フルコースのお預けくらったりしたら、ちゃぶ台返しよね』

『いや、ちゃぶ台とか他所で通じないし。って言うか、次期聖女サマに暴れられたらシャレにならないでしょ』

『レイナだって、帆立好きでしょ』

『そりゃ好きだけど。でも後でこっちが報復くらってちゃダメでしょ。その時は「食べ物の恨みは恐ろしい」って、あくまで相手方のみの有責にしないと』

『……そっか』

『いやそれよりも、レイフ殿下に料理と飲み物の説明をする気がゼロみたいに見えるのがめちゃめちゃ気になるんだけど』

 見ていると、レイフ殿下がエモニエ侯爵、ダリアン侯爵、ナルディーニ侯爵のいるテーブルに加わるように腰を下ろしても、国王陛下フィルバートはもうレイフ殿下を見てはいないのだ。

 今にも「さあ食べようアーレ・モンジュ!」と、料〇の鉄人風(あれは確かアーレ・キュイジーヌ!だった)に声高く叫ぶ幻想がチラついたくらいだ。

『相手王族で、一番言わなきゃいけないのに?』

『いや、あの座席配置にしている時点でお察しだったのかも』

 そのまま私とシャルリーヌも、無言で顔を見合わせる。

『レイナ』
『なに』
『何も見なかった、聞かなかった。私たちは招待客。今日はホタテを満喫する――で、どう?』
『…………』

 君子危うきに近寄らず。

 拒否も反論も、する理由はなかった。
しおりを挟む
感想 1,453

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。