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第三部 宰相閣下の婚約者

623 絶対零度の晩餐会~応接間①~

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 フォルシアン公爵家内の団欒の間ホワイエから応接間ドローイングルームへと移動する間、私の右手は、それはもうガッチリとエドヴァルドの手の中に包み込まれていた。

 もう、恋人繋ぎと言うよりは捕獲だ。BGMは売られて行く子牛のアレだ。

 イル義父様は、さすが夫婦と言うべきなのか、こちらは当たり前の顔をして、エリィ義母様の肩を抱きながら、私たちの前を歩いていた。

 思わず後ろに視線を向ければ、こちらは一般的なエスコートの姿勢で歩くコンティオラ公爵夫妻と、夫人の斜め後ろで一人、ヒース君が死んだ魚の様な目をしながら後をついて来ていた。

 ああ……男子校に通う16~17歳と考えれば、色々とリアクションに困るよね、うん。

「レイナ?」
「ななな、なんでもないですっ」

 別に後ろ暗いワケでもないのに動揺をしてしまうのは、多分この、ちょっとしたクーラー感覚の冷えた空気のせい。きっとそう。

「……いきなり、フォルシアン公爵家の護衛に呼ばれれば、心配する」
「エドヴァルド様……」

 何でも宰相室で執務中だったところ、刑務の部署から派遣されてきたとの名目で、フォルシアン公爵家の護衛がいきなりやって来たんだそうだ。

 王宮官吏の顔をして、しれっと潜り込める程度には、フォルシアン公爵家の護衛の腕も確かだと言うことなんだろう。

 しかも、コンティオラ公爵領とフォルシアン公爵領に関係した投資詐欺事件に私が関わることになった、と告げたらしい。

 恐らく高等法院案件になるだろうから、夕食の時間にでもコンティオラ、フォルシアン両公爵も交えて、詳しく説明をしたいと言っている――と。

 その時点で、エリィ義母様の名前でイル義父様に、マトヴェイ部長経由でコンティオラ公爵に連絡がいっている筈だとも聞いて、エドヴァルドは羽根ペンを凍らせる以前に真っ二つにしてしまったと言う。

 今度は何だ――!と、宰相室で叫んだとか叫ばなかったとか。

「その……コンティオラ公爵令嬢が、まだエドヴァルド様を諦めていなかったらしいと聞いて、引くに引けなくなったと言いますか……」

「……何?」

 歩きながらだと、どうしても詳しいことが言えず、もごもごと口ごもってしまう。

 いや、でも、人任せにせずに首を突っこんだままでいる一番の理由は、マリセラ嬢が私の真似をしようとしていることな気がする。

 多分、きっと、この話が詐欺でなかったとしても、私に対抗するための勉強と投資だったとなれば、受けて立った気はする。

「えー……その……詳しくは、中で……」

 どのみち応接間ドローイングルームはもう目と鼻の先だ。

 分かった、とだけエドヴァルドは答えた。
 握っている手に力が少し入った気がしたけど。


*         *         *


「ところで、コンティオラ公爵はどうか知らないが、少なくとも私とエドヴァルドは詳しい話をまだ聞いていないんだ。コンティオラ公爵領とフォルシアン公爵領に関係した詐欺事件が起きて、高等法院案件になりそうだ――と言うことくらいしかね。続きはレイナちゃんに聞けば良いのかな?」

 応接間ドローイングルームに移ったところで、イル義父様がそんな風に話の口火を切った。

 口元に手をやりながら、エドヴァルドが横から確認をしてくる。

「地方領での詐欺事件ならば、地方法院の案件であって、王都の我々には裁判の結果が司法の部署に知らされるのがせいぜいだ。王都法院すら飛び越して高等法院案件となると、その詐欺事件がフォルシアン公爵かコンティオラ公爵、どちらかに――いや、コンティオラ公ご一家の顔色を見る限りは、フォルシアン公爵の領も関係しつつ、ターゲット、あるいは加担した側に、王都の公のが絡んでいると、そう言う話になるのか」

 ヒース君が無言でチラと両親に視線を向けているけれど、コンティオラ公爵も、夫人も、言葉が出せずにいるみたいだった。

 エドヴァルドやイル義父様はまだ事情の全部を知らされていない。

 けれどコンティオラ公爵や夫人にしてみれば、エドヴァルドの言う「王都の関係者」は、この場にいないマリセラ嬢のことでしかないのだ。

 多分、コンティオラ公爵はマトヴェイ部長から、事態ことの成り行きをもうほとんど耳にしたんだろう。そう言う顔色だ。

「私は……何故かその話に、今更手を引けないほど関わっている貴女のことがあるから呼ばれた、と言ったところか?」

 こちらを呆れた様に見るエドヴァルドの目が怖いけど、それはもう、その通りだとしか言えないのだ。

「えー……概ねその通りです……その、既に王都商業ギルド上層部や、国内最大の商会であるラヴォリ商会の耳にも届いている話で、彼らからも協力を頼まれまして……」

「レイナ」

 無言で軽く目を見開いたイル義父様を横目に、エドヴァルドの手が私の顎にかかって、クイッと持ち上げられてしまった。

「私の目を見て、隠すことなく全部を話せ。……何が起きている?」
「……っ」

 ひぃーっっ! 近い、近い! こんなところで「顎クイ」はいりません!

「エドヴァルド……その辺にしておかないと、私や妻は良いけれど、少なくともコンティオラ公爵ご一家には目の毒と言うか、誰だコイツ状態になってるよ……」

 固まっている私を見たイル義父様が、もうちょっと色々抑えて……と、エドヴァルドを宥めている。

「レイナちゃん」

 ただ、手を離しながらも、舌打ちしかねない勢いのエドヴァルドはさておき、エドヴァルドからこちらに視線を移したイル義父様も――実は目は、笑っていなかった。

 公爵家当主イェルム・フォルシアンとしての、彼の本来の顔がそこにあった。

「王都コンティオラ公爵家が、詐欺事件とやらの関係者あるいは当事者として巻き込まれていると言う話なら、詳しくはレイナちゃんから聞く方が、公平性は保てると言うことでいいのかな」

「……はい」

「そして我がフォルシアン公爵領も、無関係ではない?」

「……はい」

「イデオン公爵領は、無関係?」

「はい。あくまで『ユングベリ商会』として、たまたま深く関わってしまったと言うか……」

 おずおずとエドヴァルドの方に視線を向ければ、帰ってきたのは盛大な溜息だった。

「……詳しく聞こう。後回しに出来ない話と言うことなんだろう?」


 私はコクコクと、首を縦に振った。
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