聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
598 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

623 絶対零度の晩餐会~応接間①~

しおりを挟む
 フォルシアン公爵家内の団欒の間ホワイエから応接間ドローイングルームへと移動する間、私の右手は、それはもうガッチリとエドヴァルドの手の中に包み込まれていた。

 もう、恋人繋ぎと言うよりは捕獲だ。BGMは売られて行く子牛のアレだ。

 イル義父様は、さすが夫婦と言うべきなのか、こちらは当たり前の顔をして、エリィ義母様の肩を抱きながら、私たちの前を歩いていた。

 思わず後ろに視線を向ければ、こちらは一般的なエスコートの姿勢で歩くコンティオラ公爵夫妻と、夫人の斜め後ろで一人、ヒース君が死んだ魚の様な目をしながら後をついて来ていた。

 ああ……男子校に通う16~17歳と考えれば、色々とリアクションに困るよね、うん。

「レイナ?」
「ななな、なんでもないですっ」

 別に後ろ暗いワケでもないのに動揺をしてしまうのは、多分この、ちょっとしたクーラー感覚の冷えた空気のせい。きっとそう。

「……いきなり、フォルシアン公爵家の護衛に呼ばれれば、心配する」
「エドヴァルド様……」

 何でも宰相室で執務中だったところ、刑務の部署から派遣されてきたとの名目で、フォルシアン公爵家の護衛がいきなりやって来たんだそうだ。

 王宮官吏の顔をして、しれっと潜り込める程度には、フォルシアン公爵家の護衛の腕も確かだと言うことなんだろう。

 しかも、コンティオラ公爵領とフォルシアン公爵領に関係した投資詐欺事件に私が関わることになった、と告げたらしい。

 恐らく高等法院案件になるだろうから、夕食の時間にでもコンティオラ、フォルシアン両公爵も交えて、詳しく説明をしたいと言っている――と。

 その時点で、エリィ義母様の名前でイル義父様に、マトヴェイ部長経由でコンティオラ公爵に連絡がいっている筈だとも聞いて、エドヴァルドは羽根ペンを凍らせる以前に真っ二つにしてしまったと言う。

 今度は何だ――!と、宰相室で叫んだとか叫ばなかったとか。

「その……コンティオラ公爵令嬢が、まだエドヴァルド様を諦めていなかったらしいと聞いて、引くに引けなくなったと言いますか……」

「……何?」

 歩きながらだと、どうしても詳しいことが言えず、もごもごと口ごもってしまう。

 いや、でも、人任せにせずに首を突っこんだままでいる一番の理由は、マリセラ嬢が私の真似をしようとしていることな気がする。

 多分、きっと、この話が詐欺でなかったとしても、私に対抗するための勉強と投資だったとなれば、受けて立った気はする。

「えー……その……詳しくは、中で……」

 どのみち応接間ドローイングルームはもう目と鼻の先だ。

 分かった、とだけエドヴァルドは答えた。
 握っている手に力が少し入った気がしたけど。


*         *         *


「ところで、コンティオラ公爵はどうか知らないが、少なくとも私とエドヴァルドは詳しい話をまだ聞いていないんだ。コンティオラ公爵領とフォルシアン公爵領に関係した詐欺事件が起きて、高等法院案件になりそうだ――と言うことくらいしかね。続きはレイナちゃんに聞けば良いのかな?」

 応接間ドローイングルームに移ったところで、イル義父様がそんな風に話の口火を切った。

 口元に手をやりながら、エドヴァルドが横から確認をしてくる。

「地方領での詐欺事件ならば、地方法院の案件であって、王都の我々には裁判の結果が司法の部署に知らされるのがせいぜいだ。王都法院すら飛び越して高等法院案件となると、その詐欺事件がフォルシアン公爵かコンティオラ公爵、どちらかに――いや、コンティオラ公ご一家の顔色を見る限りは、フォルシアン公爵の領も関係しつつ、ターゲット、あるいは加担した側に、王都の公のが絡んでいると、そう言う話になるのか」

 ヒース君が無言でチラと両親に視線を向けているけれど、コンティオラ公爵も、夫人も、言葉が出せずにいるみたいだった。

 エドヴァルドやイル義父様はまだ事情の全部を知らされていない。

 けれどコンティオラ公爵や夫人にしてみれば、エドヴァルドの言う「王都の関係者」は、この場にいないマリセラ嬢のことでしかないのだ。

 多分、コンティオラ公爵はマトヴェイ部長から、事態ことの成り行きをもうほとんど耳にしたんだろう。そう言う顔色だ。

「私は……何故かその話に、今更手を引けないほど関わっている貴女のことがあるから呼ばれた、と言ったところか?」

 こちらを呆れた様に見るエドヴァルドの目が怖いけど、それはもう、その通りだとしか言えないのだ。

「えー……概ねその通りです……その、既に王都商業ギルド上層部や、国内最大の商会であるラヴォリ商会の耳にも届いている話で、彼らからも協力を頼まれまして……」

「レイナ」

 無言で軽く目を見開いたイル義父様を横目に、エドヴァルドの手が私の顎にかかって、クイッと持ち上げられてしまった。

「私の目を見て、隠すことなく全部を話せ。……何が起きている?」
「……っ」

 ひぃーっっ! 近い、近い! こんなところで「顎クイ」はいりません!

「エドヴァルド……その辺にしておかないと、私や妻は良いけれど、少なくともコンティオラ公爵ご一家には目の毒と言うか、誰だコイツ状態になってるよ……」

 固まっている私を見たイル義父様が、もうちょっと色々抑えて……と、エドヴァルドを宥めている。

「レイナちゃん」

 ただ、手を離しながらも、舌打ちしかねない勢いのエドヴァルドはさておき、エドヴァルドからこちらに視線を移したイル義父様も――実は目は、笑っていなかった。

 公爵家当主イェルム・フォルシアンとしての、彼の本来の顔がそこにあった。

「王都コンティオラ公爵家が、詐欺事件とやらの関係者あるいは当事者として巻き込まれていると言う話なら、詳しくはレイナちゃんから聞く方が、公平性は保てると言うことでいいのかな」

「……はい」

「そして我がフォルシアン公爵領も、無関係ではない?」

「……はい」

「イデオン公爵領は、無関係?」

「はい。あくまで『ユングベリ商会』として、たまたま深く関わってしまったと言うか……」

 おずおずとエドヴァルドの方に視線を向ければ、帰ってきたのは盛大な溜息だった。

「……詳しく聞こう。後回しに出来ない話と言うことなんだろう?」


 私はコクコクと、首を縦に振った。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。