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第三部 宰相閣下の婚約者
568 次の段階?
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森を切り拓いただけのことはあって、墓標の周囲は草花が生い茂っていた。
もちろん墓標自体は草花で埋もれないように定期的な手入れがされているみたいだったけど、つまるところTV番組の、ポツンと〇〇みたいな空間が、そこには広がっていたのだ。
「エ……ごほん、えっと、ルド」
エドヴァルド様、とうっかり言いかけた私は、無言の圧に負けて慌てて言い直した。
「その……いくら王家の誰とも共に埋葬されたくなかったとは言っても、これはあまりにうらぶれているのでは、と……」
「……ああ」
その瞬間、エドヴァルドは私の言いたいことがすぐさま理解出来たみたいだった。
「フェドート元公爵邸のあの花を植える、か……?」
「そんなすぐに枝は手に入らないでしょうし、挿し木するにしても芽と茎を再度この地に定着させるまでには、少しかかるかも知れないですけど……」
多分フェドート元公爵も、トーレン殿下の眠る地に咲かせるためと言えば、少しなら枝を分けてくれるのではないだろうか。
「それまでは、あの色に近い花を探して植えるか」
「そうですね。出来れば季節がずれているのが理想ですね。そうすれば、ずっと何かは咲くことになります」
「……そうか……」
ここを下りたら、カティンカとフロウルに話をしてみようと、エドヴァルドは言った。
「あの、もういいんですか?何かお話とかされるなら、私は隅の方で待ってますけど」
しばらく来れていなかったのなら、まだまだ報告したいことがあるんじゃないんだろうか。
私はそう思ったんだけれど、エドヴァルドは僅かに口元を綻ばせながら、首を横に振った。
「今日は、貴女の紹介が出来ればそれで良かった。婚約届もまだ出せていないことだしな。続きは命日の時に、ゆっくり話せれば良いと思っている。その時にはせめてフェドート邸の花に近い色の花を用意して、な」
「あ……そう、ですね……」
婚約だとか夫だとか、どうにも照れが先に立ってしまって、上手く言葉を返すことが出来ない。
そんな私の頭を、エドヴァルドは分かっていると言わんばかりに軽く撫でた。
「トーレン殿下の前だけでなく、皆の前で遠慮なく私の伴侶を名乗ってくれて良いんだが……まだ難しいか」
「あ、えっ、そのっ、イヤなわけじゃないんです!誤解しないで欲しいんですけど、その、ただ恥ずかしいだけで」
「……嫌ではない?」
「……はい」
そこのところは、誤解されたい訳ではないので、私もしっかりと頷いておく。
エドヴァルドは、分かってくれたのか「そうか……」と、少し嬉しそうに笑った気がした。
「なら、貴女から私を求めてくれる日を気長に待つとしよう」
「⁉」
ただしそのあとが、ちょっと、いやだいぶ、聞き捨てならなかった。
「ええっと……?」
「今は未だ、私が求めるばかりだからな。それを拒絶しないでいてくれるのは喜ぶべきことだが、そうなると、次の欲も出てくる」
「……欲」
「ああ。貴女から求められたい――そう言う欲だ。貴女が今まで、家族に期待をせず、求めるくらいなら自分で叶えてしまえと、そう言う生き方をしてきたことは分かっている。だからいますぐそれを改めろとは言わない。それが咄嗟に出来ないほどには、自分の力でこれまでを生き抜いてきたのだろうからな」
あまりにその通りすぎて、ひゅっと空気を呑んでしまった私の両頬を、エドヴァルドの手がそっと挟んだ。
「私は貴女を裏切らない。私は何者にも屈しない。私は貴女の才能を使い潰すことはしない。望むなら、貴女を真綿で包んでひたすら甘やかしたっていい」
「……っ」
最後ちょっと、何を言っているんだろうと思ったけど、それを口にする前に、エドヴァルドの顔がすっと耳元に寄せられた。
「――だから、私を『欲しい』と言ってくれ」
「⁉」
「誰も頼ってこなかった貴女が望む、最初の男に私を選んでくれ。いや……最初で最後の男、だな」
そう囁いたエドヴァルドの唇が、頬をかすめた。
「ル……ド……」
ここは「エドヴァルド様」が最適解でないことは、魂が抜けかけた頭でも分かった。
それは、ただ「好きだ」と言うよりも遥かに重い話だ。
「婚約、結婚と頷いてくれたからには、貴女も私を伴侶として望んで、認めてくれたのだとは思うが――いつか貴女の言葉で、それを聞きたい。今すぐとは言わないから……いつか」
――頷く以外に、何が出来る筈もなかった。今は。
* * *
そして帰路は「お姫様抱っこ」でなくても良いだろうと、徒歩でゆっくりめにカティンカさんのお店へと戻った。
その途中、木の陰からこちらを窺っていた少年がいたけれど、目が合ったかどうかのタイミングで、こちらの護衛よりも早いスピートで、カティンカさんの店のある方向へと脱兎のごとく走り出して行った。
「放っておけば良い。私とレイナが墓参りを終えて戻ってきたと知らせに走ったんだろう」
「な、なるほど……そう言えばさっき、売り込みがどうとか仰ってませんでした……?」
私がずっと気になっていたことを聞いてみれば、エドヴァルドは「まあ、ちょっとした余興だとも、発表会のようなものだとも言えるな」と歩きながら口を開いた。
「売り込みと言うと語弊がある。私やテオドル大公がここへ来るたびに、去年の収穫物なんかを見せに来るんだ。それで皆の息災と土壌の安泰を知ることが出来るから、こちらからは敢えて抑えるようなことはしていなかった」
」
「へぇ……」
何だか、余興と言う割には、かなり真面目な理由だった。
とは言え、今はそれにカティンカさんの「嫁が……!」話が村を席捲しているはず。
私は若干、イヤな予感を抱えつつも、エドヴァルドと共に村の入口の店にまた戻った。
もちろん墓標自体は草花で埋もれないように定期的な手入れがされているみたいだったけど、つまるところTV番組の、ポツンと〇〇みたいな空間が、そこには広がっていたのだ。
「エ……ごほん、えっと、ルド」
エドヴァルド様、とうっかり言いかけた私は、無言の圧に負けて慌てて言い直した。
「その……いくら王家の誰とも共に埋葬されたくなかったとは言っても、これはあまりにうらぶれているのでは、と……」
「……ああ」
その瞬間、エドヴァルドは私の言いたいことがすぐさま理解出来たみたいだった。
「フェドート元公爵邸のあの花を植える、か……?」
「そんなすぐに枝は手に入らないでしょうし、挿し木するにしても芽と茎を再度この地に定着させるまでには、少しかかるかも知れないですけど……」
多分フェドート元公爵も、トーレン殿下の眠る地に咲かせるためと言えば、少しなら枝を分けてくれるのではないだろうか。
「それまでは、あの色に近い花を探して植えるか」
「そうですね。出来れば季節がずれているのが理想ですね。そうすれば、ずっと何かは咲くことになります」
「……そうか……」
ここを下りたら、カティンカとフロウルに話をしてみようと、エドヴァルドは言った。
「あの、もういいんですか?何かお話とかされるなら、私は隅の方で待ってますけど」
しばらく来れていなかったのなら、まだまだ報告したいことがあるんじゃないんだろうか。
私はそう思ったんだけれど、エドヴァルドは僅かに口元を綻ばせながら、首を横に振った。
「今日は、貴女の紹介が出来ればそれで良かった。婚約届もまだ出せていないことだしな。続きは命日の時に、ゆっくり話せれば良いと思っている。その時にはせめてフェドート邸の花に近い色の花を用意して、な」
「あ……そう、ですね……」
婚約だとか夫だとか、どうにも照れが先に立ってしまって、上手く言葉を返すことが出来ない。
そんな私の頭を、エドヴァルドは分かっていると言わんばかりに軽く撫でた。
「トーレン殿下の前だけでなく、皆の前で遠慮なく私の伴侶を名乗ってくれて良いんだが……まだ難しいか」
「あ、えっ、そのっ、イヤなわけじゃないんです!誤解しないで欲しいんですけど、その、ただ恥ずかしいだけで」
「……嫌ではない?」
「……はい」
そこのところは、誤解されたい訳ではないので、私もしっかりと頷いておく。
エドヴァルドは、分かってくれたのか「そうか……」と、少し嬉しそうに笑った気がした。
「なら、貴女から私を求めてくれる日を気長に待つとしよう」
「⁉」
ただしそのあとが、ちょっと、いやだいぶ、聞き捨てならなかった。
「ええっと……?」
「今は未だ、私が求めるばかりだからな。それを拒絶しないでいてくれるのは喜ぶべきことだが、そうなると、次の欲も出てくる」
「……欲」
「ああ。貴女から求められたい――そう言う欲だ。貴女が今まで、家族に期待をせず、求めるくらいなら自分で叶えてしまえと、そう言う生き方をしてきたことは分かっている。だからいますぐそれを改めろとは言わない。それが咄嗟に出来ないほどには、自分の力でこれまでを生き抜いてきたのだろうからな」
あまりにその通りすぎて、ひゅっと空気を呑んでしまった私の両頬を、エドヴァルドの手がそっと挟んだ。
「私は貴女を裏切らない。私は何者にも屈しない。私は貴女の才能を使い潰すことはしない。望むなら、貴女を真綿で包んでひたすら甘やかしたっていい」
「……っ」
最後ちょっと、何を言っているんだろうと思ったけど、それを口にする前に、エドヴァルドの顔がすっと耳元に寄せられた。
「――だから、私を『欲しい』と言ってくれ」
「⁉」
「誰も頼ってこなかった貴女が望む、最初の男に私を選んでくれ。いや……最初で最後の男、だな」
そう囁いたエドヴァルドの唇が、頬をかすめた。
「ル……ド……」
ここは「エドヴァルド様」が最適解でないことは、魂が抜けかけた頭でも分かった。
それは、ただ「好きだ」と言うよりも遥かに重い話だ。
「婚約、結婚と頷いてくれたからには、貴女も私を伴侶として望んで、認めてくれたのだとは思うが――いつか貴女の言葉で、それを聞きたい。今すぐとは言わないから……いつか」
――頷く以外に、何が出来る筈もなかった。今は。
* * *
そして帰路は「お姫様抱っこ」でなくても良いだろうと、徒歩でゆっくりめにカティンカさんのお店へと戻った。
その途中、木の陰からこちらを窺っていた少年がいたけれど、目が合ったかどうかのタイミングで、こちらの護衛よりも早いスピートで、カティンカさんの店のある方向へと脱兎のごとく走り出して行った。
「放っておけば良い。私とレイナが墓参りを終えて戻ってきたと知らせに走ったんだろう」
「な、なるほど……そう言えばさっき、売り込みがどうとか仰ってませんでした……?」
私がずっと気になっていたことを聞いてみれば、エドヴァルドは「まあ、ちょっとした余興だとも、発表会のようなものだとも言えるな」と歩きながら口を開いた。
「売り込みと言うと語弊がある。私やテオドル大公がここへ来るたびに、去年の収穫物なんかを見せに来るんだ。それで皆の息災と土壌の安泰を知ることが出来るから、こちらからは敢えて抑えるようなことはしていなかった」
」
「へぇ……」
何だか、余興と言う割には、かなり真面目な理由だった。
とは言え、今はそれにカティンカさんの「嫁が……!」話が村を席捲しているはず。
私は若干、イヤな予感を抱えつつも、エドヴァルドと共に村の入口の店にまた戻った。
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