聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
538 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

568 次の段階?

しおりを挟む
 森を切り拓いただけのことはあって、墓標の周囲は草花が生い茂っていた。

 もちろん墓標自体は草花で埋もれないように定期的な手入れがされているみたいだったけど、つまるところTV番組の、ポツンと〇〇みたいな空間が、そこには広がっていたのだ。

「エ……ごほん、えっと、ルド」

 エドヴァルド様、とうっかり言いかけた私は、無言の圧に負けて慌てて言い直した。

「その……いくら王家の誰とも共に埋葬されたくなかったとは言っても、これはあまりにうらぶれているのでは、と……」

「……ああ」

 その瞬間、エドヴァルドは私の言いたいことがすぐさま理解出来たみたいだった。

「フェドート元公爵邸のあの花を植える、か……?」

「そんなすぐに枝は手に入らないでしょうし、挿し木するにしても芽と茎を再度この地に定着させるまでには、少しかかるかも知れないですけど……」

 多分フェドート元公爵も、トーレン殿下の眠る地に咲かせるためと言えば、少しなら枝を分けてくれるのではないだろうか。

「それまでは、あの色に近い花を探して植えるか」

「そうですね。出来れば季節がずれているのが理想ですね。そうすれば、ずっと何かは咲くことになります」

「……そうか……」

 ここを下りたら、カティンカとフロウルに話をしてみようと、エドヴァルドは言った。

「あの、もういいんですか?何かお話とかされるなら、私は隅の方で待ってますけど」

 しばらく来れていなかったのなら、まだまだ報告したいことがあるんじゃないんだろうか。

 私はそう思ったんだけれど、エドヴァルドは僅かに口元を綻ばせながら、首を横に振った。

「今日は、貴女の紹介が出来ればそれで良かった。婚約届もまだ出せていないことだしな。続きは命日の時に、ゆっくり話せれば良いと思っている。その時にはせめてフェドート邸の花に近い色の花を用意して、な」

「あ……そう、ですね……」

 婚約だとか夫だとか、どうにも照れが先に立ってしまって、上手く言葉を返すことが出来ない。

 そんな私の頭を、エドヴァルドは分かっていると言わんばかりに軽く撫でた。

「トーレン殿下の前だけでなく、皆の前で遠慮なく私の伴侶を名乗ってくれて良いんだが……まだ難しいか」

「あ、えっ、そのっ、イヤなわけじゃないんです!誤解しないで欲しいんですけど、その、ただ恥ずかしいだけで」

「……嫌ではない?」

「……はい」

 そこのところは、誤解されたい訳ではないので、私もしっかりと頷いておく。

 エドヴァルドは、分かってくれたのか「そうか……」と、少し嬉しそうに笑った気がした。
 
「なら、貴女から私を求めてくれる日を気長に待つとしよう」

「⁉」

 ただしそのあとが、ちょっと、いやだいぶ、聞き捨てならなかった。

「ええっと……?」

「今は未だ、私が求めるばかりだからな。それを拒絶しないでいてくれるのは喜ぶべきことだが、そうなると、次の欲も出てくる」

「……欲」

「ああ。貴女から求められたい――そう言う欲だ。貴女が今まで、家族に期待をせず、求めるくらいなら自分で叶えてしまえと、そう言う生き方をしてきたことは分かっている。だからいますぐそれを改めろとは言わない。それが咄嗟に出来ないほどには、自分の力でこれまでを生き抜いてきたのだろうからな」

 あまりにその通りすぎて、ひゅっと空気を呑んでしまった私の両頬を、エドヴァルドの手がそっと挟んだ。

「私は貴女を裏切らない。私は何者にも屈しない。私は貴女の才能を使い潰すことはしない。望むなら、貴女を真綿で包んでひたすら甘やかしたっていい」

「……っ」

 最後ちょっと、何を言っているんだろうと思ったけど、それを口にする前に、エドヴァルドの顔がすっと耳元に寄せられた。

「――だから、私を『欲しい』と言ってくれ」
「⁉」
「誰も頼ってこなかった貴女が望む、最初はじめての男に私を選んでくれ。いや……最初で最後の男、だな」

 そう囁いたエドヴァルドの唇が、頬をかすめた。

「ル……ド……」

 ここは「エドヴァルド様」が最適解でないことは、魂が抜けかけた頭でも分かった。
 それは、ただ「好きだ」と言うよりも遥かに重い話だ。

「婚約、結婚と頷いてくれたからには、貴女も私を伴侶として望んで、認めてくれたのだとは思うが――いつか貴女の言葉で、それを聞きたい。今すぐとは言わないから……いつか」

 ――頷く以外に、何が出来る筈もなかった。今は。


*          *          *

 
 そして帰路は「お姫様抱っこ」でなくても良いだろうと、徒歩でゆっくりめにカティンカさんのお店へと戻った。

 その途中、木の陰からこちらを窺っていた少年がいたけれど、目が合ったかどうかのタイミングで、こちらの護衛よりも早いスピートで、カティンカさんの店のある方向へと脱兎のごとく走り出して行った。

「放っておけば良い。私とレイナが墓参りを終えて戻ってきたと知らせに走ったんだろう」
「な、なるほど……そう言えばさっき、売り込みがどうとか仰ってませんでした……?」

 私がずっと気になっていたことを聞いてみれば、エドヴァルドは「まあ、ちょっとした余興だとも、発表会のようなものだとも言えるな」と歩きながら口を開いた。

「売り込みと言うと語弊がある。私やテオドル大公がここへ来るたびに、去年の収穫物なんかを見せに来るんだ。それで皆の息災と土壌の安泰を知ることが出来るから、こちらからは敢えて抑えるようなことはしていなかった」

「へぇ……」

 何だか、余興と言う割には、かなり真面目な理由だった。

 とは言え、今はそれにカティンカさんの「嫁が……!」ばなしが村を席捲しているはず。

 私は若干、イヤな予感を抱えつつも、エドヴァルドと共に村の入口の店にまた戻った。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。