聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
537 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

567 エウシェン(後)

しおりを挟む
 ヨーロッパの古城にありそうな、アイリスの紋章風なデザインを持つ鉄の柵が、村から更に奥へと向かう道を遮っていた。

 王都から来て、カティンカさんのお店を通って、お墓があると言うところまで、ひたすらなだらかに道は傾斜していた。

「レイナ、ちょっと持っていてくれ」

 エドヴァルドが、持っていたドライフラワーの花束を私へと預けて、鉄の柵と同じデザインを散らした門扉ロートアイアンの鍵を開けた。

 その先はと言うと、森の木々の中に枕木にも似た木が奥へと並べられて、その両端には木の杭が打たれ、杭と杭の間が紐で繋がれていた。

 どんなに方向音痴だったとしても、道を間違えることはない仕様に整えられていた。

 本当に、トーレン殿下のためだけに整えられた場所と言うことなんだろう。

「あと、これも」

 あまりにさりげない口調と動作だったため、私も反射的に右の手のひらを差し出していたけれど、そこに今度は今使ったばかりの門扉の鍵がすっと乗せられた。

「え……ひゃっ⁉」

 そして、その鍵を受け取ったのとほぼ同じタイミングで、エドヴァルドの手が私の膝の裏と肩、それぞれに回されて、あっという間に抱えあげられていた。

「エ、エドヴァルド様っ⁉」
「まだ本調子ではないのだろう?ここから先なら誰の目に晒されることもない」
「いえっ、でも、邸宅おやしきの階段を上り下りするのとはワケが……っ」

 エドヴァルドは単に私が恥ずかしがっているのだと思ったのかも知れない。
 だけどそもそも、重いとは言わないまでも、人ひとり抱えて歩くには、向いている地形だとも距離だとも言えないのだ。

 下ろして貰おうと身体をねじろうとしたら「レイナ」と、恐らくは意図的にトーンを下げた、腰砕け間違いなしのバリトンボイスが上から降ってきた。

「少しは頼ることを覚えろ。他の連中はともかく、私にだけは、貴女は何を言ってもいいんだ」

 何せ「夫」になるのだから――。

 囁かれた私の表情かおは、自分でも自覚が出来るくらいに、朱色の熱を帯びた。

 この間もエドヴァルドは私を抱えて歩いているのだけれど、下ろして欲しいと言う余裕は既に無くなっていた。
 そんな私に、エドヴァルドの囁きは止まらない。

「それとレイナ、今は二人きりだ。貴女は閨の場でしか私のは呼んでくれないのか――?」

「!!!!」

 事ここに至って、私の言語機能が完全にどこかに吹き飛んだ。

 色々と、聞き捨てならない科白が多すぎなんですが――‼

「レイナ」

 えーっと、これは、名前……愛称を呼べと、そう言う圧力プレッシャーが……。

「よ、呼んだら下ろしてくれますか……」

 エドヴァルドの囁きよりも小さい声だったかも知れないけど、お姫様抱っこの距離で、聞こえない筈がない。

 おずおずと顔を上げれば、存外真剣に葛藤しているらしいエドヴァルドの視線とぶつかった。

 ここはイエスノーを聞く前に!と心の中で気合を入れた。

「……ル、ルド……下ろして……?」
「⁉」

 そしてどうやら、この賭けは成功したらしい。

 ピタリと歩くのが止まったと思ったら、エドヴァルド自身が地に崩れかねない勢いで、下におろされてしまった。

「……い」
 
 えーっと……今すぐ押し倒したいとか……聞かなかったことにしようかな、うん。
 宰相閣下、それ以上はキャラ崩壊です。

「……レイナ」
「……ハイ」
「帰ったら、私を煽った責任は取って貰うぞ」
「⁉」

 だから毎回、いつ煽ったのか分からないんですってば――⁉

 今回も、それがどこなのかと聞く前に、パシリと腕を掴まれた。

「どのみち、もうすぐそこだ。このまま歩く」

 そして確かに感覚として数分歩いたところで、行く先の景色が徐々に広がり始めていた。

「……わぁ」

 並んだ木の終わり。
 道の終点。

 視界の先には、墓碑と眼下に緑一色の森が横たわっていた。

 景観法云々と言わずとも、王宮以外に高さのある建物はないし、その王宮とて見えるとすれば逆方向。
 今は森の木々で姿は隠されている。

「遠く北の大地に思いを馳せることが出来るようにと、あちらの方向だけ木を伐採し、地面の雑草も抜くか刈るかした。今でも村の人間が定期的な剪定をしている」

「そうなんですね」

 頷く私の手から、ドライフラワーの花束を半分だけ手にしたエドヴァルドは、そこに片膝をつくように腰を下ろして、墓碑の前に花束を置いた。

 墓碑には名前もない。
 ただ、紋章が刻まれている。

 王家の紋章にトーレン殿下個人を示すデザインを融合させて出来た紋章らしい。

 墓を荒らされないために、出来る限りのリスク回避を試みたみたいだった。

「――殿下」

 発した声の冷ややかさとは裏腹に、エドヴァルドの表情は明らかに、昔を懐かしんでいた。

「長く義理を欠いてしまい、申し訳ありませんでした。しかも私は長い間、殿下がずっと何を思っておいでだったのか、考えることさえしてきませんでした。……彼女と出会わなければ、恐らくは一生気が付かないままだった」

「――レイナ・ユングベリと申します、トーレン前宰相閣下。その……おこがましくもこの度、エドヴァルド・イデオン公爵閣下の隣に席をいただくことになりました」

「……レイナ」

 エドヴァルドが、ちょっと驚いている。
 でも、ここはキチンとした挨拶をするべきところだと思うのだ。

 ただちょっと「婚約者」と名乗るのは、まだ恥ずかしかった。
 頭の切れる方だったとのことだから、きっとすぐに理解して下さるだろうと思う。

 見上げたエドヴァルドの視線を受けながら、私もエドヴァルドを見倣うように、残っていた花束を墓標に捧げた。















***********************

予約時間を間違って登録していました!!
明日からはアルファポリス一本となります。

引き続きどうぞよろしくお願いします……!m(_ _)m
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。