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第二部 宰相閣下の謹慎事情

450 Bで始まる公爵家

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「……なんだかなぁ」

 どうしてこうなった、とも言えるし、消去法でこれしかなかったか、とも言える。

 ラディズ殿が落ち着いたら、私の代わりに彼から話を聞いて頂けませんか――ジーノ青年に、そう頼まれたのだ。

 ユレルミ、ハタラ、ネーミ族の三人の代表達としても、このまま無為にロサーナ公爵令息が落ち着くのを待っている場合ではないと、目が語っていた。

 なので、こちらもこちらで、話し合いを再開して、マトヴェイ外交部長にそこへ参加して貰って、通訳としてバルトリとシレアンさんが付く――と、そう言う形になったみたいだった。

 商会案件はひとまず置いておいて、まずは現状整理とテオドル大公殿下の安否確認についての話が優先だと言う事で、サレステーデ側の街道や街道を抜けた先を知るシレアンさんも参加する流れになったらしい。

 その中のネーミ族の現族長と、バルトリとの間には、ある意味予想通りに面識はなかった。

 祖父母の代あたりまで名前を遡って知らせたところで、ようやく族長の方に心当たりがあったとかで、その後は『今回の件が片付いたところで、酒を酌み交わそうぞ!』と、言う所に落ち着いたらしかった。

『バートリを偏見なく雇って下さっているとの事、感謝する!また後でゆるりと話そう!』

 今日が初対面でも、私に向かってそう言い切ってしまえるあたり、やはり民族の血の結束と言うのは、こちらが思うよりも深いと言う事なんだろう。

 ユレルミ族の方は、元々ジーノ青年が正式に後を継ぐ筈のところ、宰相家の養子となったが為に、先代族長の兄が一時的に族長位を引き受けているらしい。
 ただ、ジーノ青年が宰相家を継ぐのであれば、族長としての継承権は伯父に正式に返上する事になると言う。

「いずれにしても、私も向こうの話し合いに参加します。ユングベリ商会長は、オリエッタ・ロサーナ公爵令嬢と知己になられた訳ですし、ラディズ殿も少しは話しやすいかも知れません。――ああ、マケーデ先生が来られた様だ。では私は、先生にあの女性の事をお願いしたら、話し合いの方に戻りますので、どうか宜しくお願いします」

 そう言ってジーノ青年は、集会所にやって来た年配の男性に、二言三言話をすると、再度奥にある部屋の方へと戻って行ってしまった。

 その間私はほとんど口を挟めずに、最後「なんだかなぁ…」と、溢すしかなかったのだ。

 ジーノ青年が、詳細を聞く事を諦めたのと同時に、ラディズ・ロサーナ公爵令息は、体調を崩したと言う女性の下へ駆けつけ、手を握りしめながらすぐ側で「サラ……!」と、譫言うわごとの様に名前を呼んでいる。

 それだけ熱烈に好きなんだろうとも取れるし、周囲の空気が読めない「ダメンズ」ではないのかと言う気もする。
 そのうち「真実の愛が…」とか言い出したらどうしようと、真面目に不安だ。

『先生』

 ジーノ青年の義理の伯母・ランツァが、この村唯一の医師だと言う男性に話しかけている。
 医師の方は『うむ』と、それに応える様に頷いていた。

『恐らくだが、強行軍で移動をしていたのではないかな。疲労の蓄積と、冬が迫ってきているせいもあって、体調を崩したのだろう。温かく、栄養の良い物を食べさせてやるのが一番だろう』

『その…入院とかは…』

『村の者ならば「必要ない」と言うところだが、行商人だろう?村人の中で、泊めてやっても良いと言う者がいなければ、まあ、診療所で体調を回復させるしかなかろうな』

 なるほど、そこはジーノ青年達と要相談になるだろう。
 彼の伯母は『分かりました』と、先生に一礼している。

『戻って薬草の調合をしておくから、落ち着いたら取りに来ると良い。それまでに、診療所で休むか休まないかも決めると良いのではないか』

 マケーデ医師はそう言って、すぐさま元来た道を引き返して行った。

 少数民族言語の理解に不安が残ると口にしていたラディズ青年が、やはり少し不安そうに視線を泳がせていたので、私はそこにスッと近付いた。

「あの……?」

 そこでようやく、彼にも周囲を見渡すと言う余裕が少し出たらしかった。
 私は「初めまして」と、にこやかに話しかける。

「私、ユングベリ商会の商会長をしております、レイナと申します。貴方様とは『初めまして』ですが、妹君であるオリエッタ嬢とは、王女様のお茶会もご一緒させて頂く間柄なんですの。ちょうど一昨日にも、お会いしたところで」

「⁉」

 妹。お茶会。一昨日会った。
 わざと聞こえる様にその部分を強調してみたところ、ロサーナ公爵令息ラディズは、明らかな過剰反応を見せた。

「ちなみに、今、先生は『移動の強行軍による過労』『この地域の低い気温』なんかが原因だろうから、温かい食事と寝台があれば、そのかたはじきに回復するだろうと仰ってましたけど」

「―――」

 何故分かったのか、と言わんばかりにラディズ青年の表情が固まっているので「結構分かりやすいですよ?」と親切心から教えてあげたつもりが、何やら頭を抱えてしまっていた。

 強行軍で街道を抜け、サレステーデに行こうとし、実家に連絡がいく事にひどく怯える。

「あの……荒唐無稽でしたら、笑い飛ばして下さって構いませんが」

 私はちょっと、ラディズ青年の目線に合う様に屈みこんで、周囲には聞こえにくいだろう小声で囁いてみた。

「どちらか、あるいはお二人共が、周囲に身の危険を感じたりなんか、されていらっしゃいます?」
「…っ⁉」
「例えば――〝B〟で始まる、由緒ある公爵家がコワイ、とか」

 ベッカリーアの〝B〟。

 何でもかんでも、ベッカリーア公爵家が関係していると思うのもどうかと思いながらも、早いうちに可能性は潰しておこうと思ったら――まさかのビンゴ。

 ラディズ青年が、無言のまま大きく目を見開いてこちらを見たのが、もう答えと言って良さそうだった。

「実は、私とオリエッタ嬢とが参加したお茶会なんですけれど……参加者皆が『おかしなお茶』を振る舞われそうになりまして」

「そ…れは……」

「あっ、結果的には誰も口にしていないので、ご安心下さい。だけど、その『おかしなお茶』に関しての入手ルートは、一部不透明なままで。何だか、貴方様が怯えておいでの事にも関係して来そうな気がするんですけど――どうなんでしょうか?」

 何か、脅されてます?

 問われたラディズ青年の顔色は、真っ青になっていた。
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