聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

449 ロサーナ家の長兄

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 さすがに待合スペースの事とは言え、どこに寝かせるだの、医者をここへだのと言い始めれば、奥にいた人たちとて、気にせずにはいられなかったんだろう。

『それでジーノ、何の騒ぎなんだ』

 奥の扉が開いて、青基調、黒基調、青碧基調と、細かい刺繍の違いは更にあっても、色としては綺麗に三色に分かれた衣装を着た、複数の男女がこちらの様子を見に中から出て来ていた。

『申し訳ありません、カゼッリ伯父上』

 そして彼らの中から一歩前に出てきた壮年の男性に向かって、ジーノ青年は軽く頭を下げた。
 
 確かに「伯父上」と今口にしていたけど、それがなくとも何らかの血縁関係があるのは一目でわかる見目だった。
 違いと言えば、王都住まいのジーノ青年よりも体格が一回り以上良く、ベルセリウス将軍並みの迫力がありそうなところだろうか。

『実は今――』
『――あら、サラちゃんじゃない⁉』

 今度はそこへ、同じ黒基調の民族衣装に身を包んだ女性が、後ろから驚いたように声をあげた。

『ランツァ、知り合いか?』
『ランツァ伯母上?』

 怪訝そうなジーノ青年を見ていると、ジーノ青年の知り合いは男性の方で、女性は見た事がなかったと言う事なんだろう。

 そしてどうやら、この「黒の男女」は夫婦らしい事も分かった。

『ほら、サラチェーニさんよ!こちらにも何度か、日用品や他国の珍しい食料品を持って、いらっしゃった事があるでしょう?』

『いや……私は村にいない事も多いし……』

『伯母上、行商人と言う事ですか?』

 確かめる様に聞いたジーノ青年に、ランツァと呼ばれた女性は『ええ』と、頷いた。

『ええ。サレステーデから時々来られる行商の方よ。と言っても、とても身軽な方で他の国にもしょっちゅう行かれて、珍しい品物を見せて下さるのよ』

『なるほど……伯母上、どうやらその女性、体調を崩しているとかで、同行者だと言う彼が少し休ませて欲しいと言ってやって来たのです。今、マケーデ先生を呼びに人をやってますが、顔見知りでいらしたなら、付き添いをお願いしても?』

『分かったわ』

 椅子を幾つか並べて、横になっている女性の方に向かう伯母を視界の端に捉えながら、ジーノ青年は彼女を運んで来た青年の方へと視線を戻した。

「ジ、ジーノ君……?」
「今の女性は私の伯父の配偶者――つまり義理の伯母です」

 ちなみに後ろにいるのが伯父ですと、恐らく私達に向けてと言うのも兼ねて、ジーノ青年は説明した。

「ですので、心配なさらなくても大丈夫ですよ。落ち着いたところで、この村に一軒だけの診療所の方へ案内させますから」

「すまない。ジーノ君がいてくれなかったら、情けない話、僕はどうして良いか分からなかった。僕はまだ、この辺りの言葉はあまりよく分からないんだ。彼女に任せっぱなしだった」

 悄然と項垂れる青年に「それなんですよ」と、ジーノ青年が問いかけた。

「貴方、ロサーナ公爵家の筆頭長子でしょう。ラディズ殿……こんな所で何をなさっておいでなんですか」

「え」

 公爵家と言う時点でうっかり声を出してしまったけど、どこかで聞いた名前だな…と記憶を辿りかけて、こちらはあっと言う間に自分で答えに行きついてしまった。

「えーっと……フォサーティ卿、この方……オリエッタ・ロサーナ公爵令嬢と血縁関係がおありでいらっしゃる……?」

 ミルテ王女の親友。
 お茶会をしたばかりの可憐な少女を思い浮かべていると「ええ」と、ジーノ青年も頷いた。

「ロサーナ公爵家は三男一女――その一人が、貴女もご存知のロサーナ公爵令嬢なんですが、彼女の三人の兄の内の一人、それも長兄となるのがこの彼、ラディズ殿ですよ」

「長兄……」

 それ、すなわち公爵家の跡取りと言う事では。

 私の言いたい事は分かったとでも言う様に、ジーノ青年はすぐさまラディズ青年の方へと向き直っている。

「ラディズ殿、ロサーナ公爵から何か言われて、この北部地域へ?正直なところ、今、王都の貴族に無断でこの辺りを動かれるのは好ましい状況ではないのですが」

 そう言ってから、ジーノ青年は何事かと固唾を飲んで見守っていたらしい各民族の人たちに、彼は自分の知り合いだ、事情は後で改めて説明する――等々、頭を下げる形で部屋に戻って貰っているようだった。

 とは言え、ジーノとバルトリを除いて、各色の民族衣装を着た男性が一人ずつこの場に残ったのは、ただならぬ状況を察して、成り行きを見守ると言う事の様に思えた。

「ごめん、ジーノ君!家は関係ない!他意はなかったんだ!僕はただ、サラと一緒にサレステーデに行くつもりをしていただけで――それが、突然サレステーデに抜ける街道が通れなくなっていて、気付いた辺りだと夜もしのげない場所だったから、どこか少しでも大きめの村へ…と思って、移動していたんだ。そうしたら、彼女が風邪を引いてしまって……」

「「「‼」」」

 それまで、言わば右から左に話を聞き流していたっぽい人たちでさえ、このラディズ青年の言葉に、弾かれた様に反応していた。
 もちろん、私も。

「サレステーデ側の街道も、封鎖されている……?それは本当ですか、ラディズ殿」

「ああ。僕たちは直接見ていないけど、カラハティを連れて移動していた家族が教えてくれたんだ。何でも、部族の中でもあまり評判の良くない者達同士が近くで争っているようだから、迂闊に近付けば巻き込まれるかも知れないって。自分たちも、同じ部族と一括りされるのは困るから移動する…と」

「現在進行形で、複数箇所で戦闘が起きている……?」

 壁際から、ジーノ青年の伯父と聞いた男性が声を洩らしていた。
 他の部族衣装を着た二人も「思ったより待ったなしでは」「やはりこちらからも人を出すべきか…」と言った声を発している。

「いや、でも貴方がサレステーデに向かうのを、ロサーナ公爵が知らないと言うのも……そもそも何故――」

「ジーノ君!」

 何故ここに、と言う当初の話にジーノ青年が立ち返ろうとしたその時、両腕を勢いよく掴まれて、言葉を続けられなくなっていた。

「頼む、サラの体調が回復して、あと、街道が通れるようになったら、僕とはここで会わなかった事にしてくれないか⁉」

「なっ⁉」

「僕が今、ここにいる事を知られる訳にはいかないんだ……!」

 そう言った彼はその場で頭を抱えてしまい、その後しばらくジーノ青年がどう宥めすかそうとも、具体的な話を全くしなくなってしまった。

「彼は……相当動揺しているね」
「マトヴェイ部長さん

 いつの間にか隣に来ていたマトヴェイ外交部長に、私は一応肩書は言わない様に気を付けつつ、話の水を向けた。

「動揺と言うよりは、何かに怯えていると言った方が良いかも知れん。多分、同行者とやらの体調が心配なのもあるだろうが、そもそもこれだけ周囲に人のいる状況では、話しづらいと言うのがあるんじゃないか」

「ロサーナ公爵家で何かあった……?」

「あるいは」

「え、でもオリエッタちゃんは微塵もそんな素振りは――」

「14歳15歳の、ましてやご令嬢には伝えられぬ事もあるだろう。それに、そこの彼は〝転移扉〟を使わずに国内移動をしているだろうから、彼が知る王都の情報は大幅に遅れている可能性がある。その辺りの齟齬を解消する場を別に設けた方が良いと思うがな」

 まあ、外国人の老婆心だ。

 ジーノ青年の耳に、わざと届く様にマトヴェイ外交部長は言っていて、分かっている彼自身も、腕組みをして顔をしかめていた。

 迂闊に王都におけるベッカリーア公爵家の暗躍を口にして、少数民族の部族側の人たちが、王家の足元を見て別々に立ち上がろう、などと言い出されては、この地まで来たのが水の泡だ。

 ここは、ジーノ青年の判断に委ねるより他はなかった。
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