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第二部 宰相閣下の謹慎事情

448 飛び入り参加?

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 木造の建物の中は、小さな受付と待合の様なスペースがあって、奥にある扉の向こうから、ざわざわと複数の声が洩れ聞こえてきていた。

「なるほど、ネーミにユレルミにハタラの言語が飛び交ってますね」

 バルトリに聞く限り、ちょっとした方言程度の違いと言う事らしいので、なるほどそれだと各々が部族の言語で話をしていても、基本的には意思疎通がとれると言う事なんだろう。

 ジーノ青年の言う様な特殊言語も勿論あるのかも知れないけど、わざわざ今、大勢の人が集まる場で話す人もいないだろうし。

「じゃあ、多分着替えが出来そうなのは向こうの部屋と言う事でしょうね」

 なるほど、確かに「村の集会所」と言って良い建物の中を見回しながら、バルトリが左手にある扉を指さしている。

「そっか。正直、ちょっと寒かったから、着替えられるのは有難いな」

「後でマフラーでも借りてきましょう。カラハティじゃなく別の動物の毛皮になりますが、寒さ対策にはなりますよ」

 カラハティトナカイは、ラグ中心に加工されており、あまり身につけるモノとしては作られていないらしい。
 地域的な事を思うと、ミンクとか、そんなのだろうか……。

 何にせよ、寒さがしのげるなら良いかと、私はバルトリに「お願いしようかな」と言っておいた。

「今回は、民族衣装はレイナ嬢とバルトリだけの着用にしましょう」

 そんな中、周囲を油断なく警戒しながら、ウルリック副長がそう言ってきた。

「ただでさえ、大公殿下とも連絡が取れず、この地がそのイラクシ族の争いに巻き込まれない保証もありませんし、我々は今の恰好のまま控えさせて頂く方が、周囲にも威嚇になるでしょう」

「え、軍の皆さんは分かるけど、イオタとかマトヴェイ部長とかもですか?…あ、そうか。敵の目がひ弱な私に集中すれば、その方がかえって護衛しやすくなるって感じですか」

 ぽん、っと私が手を叩けば、ウルリック副長はちょっと苦笑ぎみに「それをご自分で仰るあたりがね…」と、表情かお痙攣ひきつらせていた。

「ケネト……」

「あ、大丈夫ですよベルセリウス将軍。副長の仰る事には一理あると思いますし。皆さんがいて、万一も何もないと思いますしね」

 むしろ、過剰戦力だろう。
 そう言って微笑わらう私に、ベルセリウス将軍はちょっと仏頂面だった。

「我らが〝貴婦人〟は、ケネト寄りなのだな」
「ウルリック副長寄り、ですか?」
「うむ。いざと言う時に自分を貶める事が出来ると言う事だ」

 犠牲とは少し違うと、ベルセリウス将軍は言った。

「己が憎まれ役にも反逆者にもなれると言う事だな。組織において必要な人材ではあるが、ともすれば破滅思考に繋がりかねん。もう少し、周囲の感情を考えながら動くべきであろうよ」

「……レイナ嬢も、将軍にだけは言われたくないでしょうね」

 そう言ったのはもちろん、私じゃなくウルリック副長だ。
 ただ、副長は不本意そうだけど、ベルセリウス将軍の立場からすれば、言いたい事はちょっと分かった気がした。

 私から見ても、いざとなれば副長は自分で自分を切り捨てられる人だろうから。

「あー……気を付けます……?」

 何となく私自身も、将軍の言葉を否定しきれずに、語尾がちょっと上がってしまった。

「うむ。まあ、我々ではなく、お館様に対してそれは誓ってくれ。何せ我らが〝貴婦人〟は、我が領の誇り。お館様の唯一無二だからな!」

 有難うございます――そう言いかけたその時、集会所の入口の扉が、予告なく開け放たれた。

「あっ、あの……っ!」

「⁉」

 吹き抜けた寒風に何事かと振り返れば、やや青白い顔色をしていて、瘦せ細っていると言って良い体型の青年が、開いた扉の隙間から顔を覗かせていた。

「お願いします。同行者が体調を崩していて……少し休ませて下さい……!」

「え……」

 額面通りに受け取るなら、もちろんすぐに招き入れるべきだろうけど、見えないところに襲撃者が待機していない保証なんて、あるんだろうか。

「見てきますよ」

 私の警戒を察したバルトリが、スッとその青年の方へと近付いて来て、マトヴェイ外交部長が私を庇う様に立ち位置を変えてくれた。

「……大丈夫そうですね。少なくとも、すぐにここを急襲出来る範囲には、誰もいません」

「そう、分かったわ。あの……ごめんなさいね、中に入れて差し上げたいのは山々なのですけれど、こちら、わたくしの持物ではございませんの。責任者を呼んでまいりますので、もう少しだけご辛抱下さいませね?」

 私は入口に向けて、そう言葉を発すると、ジーノ青年らが喧々囂々話し合っているであろう部屋の扉をノックした。

 もちろん、中には他に知り合いもいないので、呼び出すのはジーノ青年一択。

 正体不明の訪問客、と聞かされて、顔色を変えて部屋から姿を現した。

「ユングベリ商会長。訪問客と言うのは――」

「ああ、その、さすがにこの状況下で中にお入れするのも迂闊に過ぎると思って、まだ入口から中には入って来て頂いてないんですが」

「さすが、賢明ですね」

 そう言いながら、自らが応対をしようと入口の方まで近付いて来た時、開いていた扉の隙間から見えた人影に気付いてか、まるで急ブレーキでも踏んだかの如く、その場に急停止していた。

「な……」

 その呟きは、相手が誰なのか、良く分かっているのだと見受けられた。

「何故こんな北の地にいらっしゃるのですか、ラディズ殿――‼」

 その声に、外にいた青年の方も「えっ」と目を見開いている。

「君、ジーノ君……⁉」

 突然の訪問客の正体が分かったからか、ジーノ青年は扉を大きく開け放った。

「ラディズ殿、どうして……いや、その女性は……」

 改めて、扉が大きく開いて視界がハッキリすれば、飛び込んでいた青年は、一人の若い女性を背負っていた。

「済まない、僕の連れが体調を崩してしまったんだ!少しの時間で良い。ここで休ませて貰えないだろうか……⁉」

 見れば少し赤い顔をして、呼吸も苦しそうだ。
 もしかしたら、熱があるのかも知れない。

「フォサーティ卿。村にお医者さんとか、お薬とかは……?」

 私の問いかけに、この突然の訪問者をガン見していたジーノ青年もようやく我に返ったみたいだった。

「あ、ああ。一ヶ所医者の家があります。とは言え、またここから彼を歩かせるのも負担が大きいでしょう。こちらから人をやりますよ。そんな訳ですからラディズ殿、中へどうぞ。そちらの待合のソファに女性を寝かせて下さい。ここは集会所ですから、寝具なんかは揃っていません。どうかご辛抱下さい」

「す、済まないジーノ君……!」

「いえ。ですがラディズ殿、お気付きかも知れませんが、今、この地域にとってとても重要な会議の最中なので、奥の部屋に多くの者が集まっています。場合によっては、その者達の前でここまでの状況を説明して頂く事になるでしょうが、構いませんか……?」

「もちろんだ!この埋め合わせは後日必ず……!」

 平身低頭状態の青年を、ジーノ青年が周囲の様子を窺いながら、素早く中へと招き入れる。

 着替えそびれたな…と思いながらも、私も成り行きを見守るしかなかった。
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