聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

370 絵を描けは無茶ぶりです!

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 チェリー満載のお菓子類、ミカ君の分もあるかどうか聞いてみたところ、大丈夫だとハナ侍女長には微笑まれたので、私は照れ隠し同然に〝クラフティ〟に遠慮なく手を伸ばした。

「…存外、甘い物が好きなんだな」

 キヴェカスのアイスクリームにチーズケーキ、ヘンリエッタのチョコ製品のアレコレ…と、提供している領の関係者が喜ぶほどには、嬉々として食べているのをエドヴァルドも見ている。

「えっと…きっかけは、通っていた学校の先生が、予習だ復習だと机に向かいっぱなしの私に甘い物を勧めてきた事でしょうか?」

「ああ…徹夜の果てには小人こびとが見える…とかなんとか貴女に教えた、ちょっと変わった教師か」

 …どうやらアンジェスでは特殊理論に分類されているようですよ、先生。

「ま、まあ同一人物には違いないですけど。とにかく、その先生曰く『脳を活性化させるには、より多くの糖を脳に利用させる必要がある』と言う話で」

「脳に利用させる?」

「元々、言い伝えじゃないですけど『疲れた時には甘い物』とか『甘い物は脳に良い』とか、私の国では結構広く浸透していたんですよ」

 こめかみを軽く指さしながら説明する私に、エドヴァルドだけではなく周囲の侍女たちも、ちょっと驚いていた。

「ただ、先生はこれを誤解と言うか……説明が不足しているって仰っていて。大して脳、と言うかアタマも使っていないし、疲れる程運動もしていないのに甘い物を摂取したところで、子豚一直線、逆に不健康になると」

 そう私が付け足したところで、侍女の皆様の期待は儚く砕け散ったようで、エドヴァルドも一瞬空を仰いだ後に「……それもそうだな」と、ひどく納得していた。

「糖を多めに摂取した方が良いと言うのは、運動をたくさんやっていて、日常生活で摂取している以上の糖分を消費している人、また1日10時間以上勉強する人にのみ、適用される話だと」

 運動と言っても、正確には有酸素運動と先生は言っていたけど、そこまでの説明は私も省いた。

 日常的に訓練をしている騎士や護衛レベルの運動じゃないですかね?とだけ補足しておく。

「……それを差し入れされていた貴女は、毎日10時間は机に向かっていたと言う事か」

「私が合格した大学は、それくらいか、それ以上の勉強時間を確保していた人がほとんどだったと思いますよ?どこにでも天才は存在しますから、全員がそうだったとは言いませんけど」

 ハナ侍女長は唖然としているし、エドヴァルドはかすかだけど顔をしかめていた。

 私は「今はもうそこまでの時間は……」と、慌てて両手を顔の前で振る。

「その名残りと言うか、おかげで甘い物は好きなんですよね。ただ、以前のペースで食べていると、あっと言う間に横に成長しちゃいますから、気を付けてはいますよ?むしろ今なら、私よりもエドヴァルド様の方が食べるべきかも知れません」

 脳で処理しきれなかった糖は、当然脂肪へと回る。
 単語が通じないから言わなかったけど、簡単に言えば「メタボ一直線」だ。

 受験前だった頃と同じペースで食べる訳にはいかない。

「普段から食べた方が良いって言っている訳じゃないんですよ。ちょっと疲れたな…って言う時に、チョコのひとかけらとか、ケーキの一口とか、あった方が良いですよって言う話なんです」

「……貴女が師事していた教師は色々と面白いな……」

「ふふ…そうですね。ちょっと変わった先生でしたけど、その分ちゃんと『私』を見て下さる、公平な先生でしたね」

 いずれ何らかの役職につき、周囲から「恩師は誰か」と聞かれたら、間違いなくその先生を挙げるだろう…くらいには、尊敬していた先生だ。

「なるほど……と言う事は、今度からは貴女が必要以上に甘い物を食べていたら、どこかで無茶をしたと、そう言う判断をすれば良い訳か」

「えっ、納得するのがそこなんですか⁉」

「どうすれば、貴女が無茶をせずに私のもとにいてくれるのか。この難問の前には、どんな些細な情報はなしも聞き逃す訳にはいかないからな」

「ええ……」

 不本意、と多分表情に出たんだと思う。
 エドヴァルドが少しだけ、面白そうに口元を綻ばせていた。

 ハナ侍女長達も、心なしか目元が緩んでいたけれど、侍女の中の一人が、不意に何かに気付いたみたいで、そっと侍女長に何かを耳打ちしていた。

 黙って頷いた後、ハナ侍女長がこちらへと視線を向ける。

「大旦那様ご一行がお越しですね。大変お待たせを致しました。代理として行き届かぬ面もあったかと存じますが、どうぞお目こぼしを頂ければ幸いにございます」

「いや…まさかこのようなところで、ユディタ侯の名を聞こうとは思わなかった。ご夫君の分もどうか息災に過ごされるよう」

 そう言ってエドヴァルドが片手を上げた所からしても、よほど、カミル・スヴェンテがカミル・チャペックとして、密かに死の淵から掬い上げられたところに、故ユディタ侯爵は深く関わっていたと言う事なんだろう。

 ハナ侍女長――もとい先代ユディタ侯爵夫人は、そっと目礼だけを返して、背後に控えるように後ろへと下がった。

 そうして、カラカラと何かが地を滑る音が少しずつこちらへと近付いてきた。

 私とエドヴァルドが音のした方へと視線を向けると、ちょうど私達が辿って来た道を、複数の人間がこちらに向けてやって来るところだった。

「エドヴァルド様、あの……先々代スヴェンテ公爵夫人が使われている装置?ですか?あれって……」

 ミカ君が、勢い良く手を振ってはいるけれど、こちらには走って来ない。

 と言うのも、背中がリクライニングで上がっていると言うより、45度くらいの角度で立ち上がっているかの様な介護用ベッド――しかも手すりとカートに付いているような小型の車輪付、と言った車椅子とは言い難い「何か」に乗った老婦人に、老公爵と共に寄り添いながらゆっくりと来ているからだ。

「ああ、レイナは見た事はないか?私も実物を目にしたのは初めてだが、王都職人ギルドとラヴォリ商会との間で共同開発された、歩行困難者の為の移動器具だろう。まだああやって、誰かが後ろから押さないといけないようだが、いずれは魔道具の一種として魔力で補助なく動かせるようにならないかと、試行錯誤中らしい」

 介護用ベッド状態で移動させるとなると、家の中にしろ外にしろ、狭い所では動きが制限されるが故に、なるべく縦に立ち上げようとのアイデアなんだろうか。

「そもそもは、当代ではない王宮護衛騎士の騎士団長が、任務中に深傷ふかでを負って王宮を退く事を余儀なくされた時に、管理部にいた息子が、何とかプライドの高い父親が、なるべく他者の手を借りずに移動は出来ないものかと、職人ギルドに籍を置いていた義弟と知恵を出し合っての開発だったらしい。その義弟の娘がラヴォリ商会の関係者と結婚をした事で、今では開発費のほとんどをラヴォリ商会が担っているが、今でも魔道具云々のところで、管理部に開発予算は回っているからな。私も書類上の話だけだが、把握はしていた」

「そう…なんですね。私の国だと、完全に腰を下ろした状態の椅子型で、車輪ももっと大きくて、本人が手で回して移動する事も出来たりするんですよ。あの形を初めて見た…って感じでしょうか」

「………」

 私が感心したようにアンジェス版車椅子を眺めている隣で、エドヴァルドがものすごく、何とも言えない表情を浮かべていた。

「……レイナ」
「あっ、はい、なんでしょう⁉」
「今の話、絵に書き起こせるか?」
「えっ、無理です!絵の才能なんて、これっぽっちもありません!」

 不器用ブッキーちゃんに、それは無茶ぶり!
 激しく首を横に振った私に、エドヴァルドは「なら帰ってから誰かに書かせるか…」と、低い呟き声を洩らしていた。

「エドヴァルド様?」

「以前にも言ったが、ユングベリ商会を立ち上げた以上、取り扱う商品の事を考えれば、ラヴォリ商会との顔合わせは避けて通れない。国内最大の販路を持つ商会であり、各地に支店があり、直接生産者と契約を交わしている場合も多々あるからだ」

「その商会に乗っ取りをかけるかの様な印象を持たれない為にも、商会長なり次期商会長となる息子さんなりに会っておいた方が良いって、この前仰ってましたね」

「ああ。とは言え、どんな理由で訪問したものかとも思っていた。レイナ、その貴女の国の移動式器具の話、それならば恐らくは手土産に出来る。その情報と引き換えに、ユングベリ商会の行動の自由を認めてくれるよう話を持っていけば、先々ギーレンやバリエンダール、サレステーデから何を輸入しようと、横槍を入れられる事もないだろう」

 ……珍しく、エドヴァルドからの提案に私が驚かされる事になった。
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