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第一部 宰相家の居候
243 駆け落ちしましょう(4)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「ちなみに、聖女マナがもう休んでいる――と言う事は、キスト室長の薬の効き目は保証されていると言う解釈で合っていると?」
念のため、と言った態で問いかけたエドヴァルドに「ええ、もちろん」とエヴェリーナ妃は微笑った。
「彼は辺境伯家の人間である以前に、王立植物園の研究施設を束ねる方ですもの。あそこはコネでどうにかなる場所ではありませんわ。正しく彼の実力でしてよ」
「なるほど」
「ですから、彼が作る『新薬』なら、最大限の効果が見込めるのではないかしら?」
上手くいけば従順な〝扉の守護者〟として、王家にとって都合の悪い野心や記憶を消せる。
失敗しても、せいぜい本人が二度と目覚めないかも知れない程度。
まだ誰も治験すらした事がない――そんな新薬。
「私は彼から『新薬』の実験と引き換えに、当代〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の身を王宮から解放する事と、キスト室長の、室長としての立場を保障する事を願い出られているのですが、エヴェリーナ妃に引き継がせて頂いても構いませんか」
「構わなくてよ。今回の『よく眠れるお薬』の効き目も満足のいくもののようで、充分に結果は出して下さいましたわね」
――寒い。
エドヴァルドとエヴェリーナ妃との会話が、あちこち際どすぎて、決して魔力のせいではなく、背筋が寒くなりそうだった。
「レイナ嬢」
そんな二人をハラハラしながら見守っていると、つと、扇で口元を隠すようにしながら、コニー夫人が私の方へと話しかけてきた。
「書面上の繋がりは切れてしまっても、私がベアトリス・クリストフェルの姉である事実は変わりませんから、もしもエドヴァルドの事で困った事が起きたら、遠慮なく連絡してらしてね」
「――困った事」
「例えば色々と重すぎて逃げたくなった時とか」
「……えっと」
うっかり答えに困った私に、ゴホゴホとエドヴァルドがわざとらしく咳こむ音が割り込んできた。
どうやら扇で口元が隠されていたにせよ、しっかり聞こえていたらしい。
「あまり彼女に余計な話を吹き込まないで欲しいのだが」
伯母上、と声にならないところで聞こえた気はするけれど、使用人たちもいる手前、そこは皆が空気を読んだ感じだった。
あらあら、とエヴェリーナ妃だけが面白そうに笑っている。
「そうね。エドベリ殿下の正妃って、別にレイナ嬢でも問題ありませんものね?何なら弟に言って養子縁組の手続きをさせれば良いんですもの」
「は⁉︎」
ちなみに今のは、私の声じゃありません。
どうして本人より先に大きな声を上げてるんでしょう、宰相閣下。
「いかが、レイナ嬢?宰相様だけアンジェスにお戻り頂いても良くってよ?私たち、貴女をとても好ましく思っておりますのよ、ねぇコニー様?」
「ええ――本当に」
「…っ、そんなもの認められる訳がない‼︎彼女は私とアンジェスに戻る!それ以上も以下もない‼︎」
えーっと。
あの、御三方。私が置いてけぼりです。
どうしていいやらちょっと呆然としていると、いち早くそれに気付いたエヴェリーナ妃が「ほほ…」と笑った。
「ご本人が唖然としていては、帰るも残るも話が出来ませんわね?」
「…レイナ」
え、何でそんな愕然とした顔をするんですか。まだ何も言ってないのに!
「えーっとですね……」
エドベリ王子が論外とか、実の母親の前で断言して良いものなんだろうか。
察してくれないだろうかと思ってコニー夫人をじっと見ていると、どうしたものかと向こうも思っていたらしい、夫人の視線とぶつかった。
「……私の息子、顔の造形は悪くないと思っていたのですけれど、思ったよりモテないようですわ、エヴェリーナ様」
「あら」
「シャルリーヌ嬢も残念ですけれど、レイナ嬢も眼中になくていらっしゃるみたい」
「それは困りましたわねぇ……」
ちっとも困っていない風なエヴェリーナ妃が笑う。
「ただ高位貴族の婚姻の多くは、恋愛の要素を必要としていませんわよ?シャルリーヌもそうだけれど、レイナ嬢も、どうしようもなくなった時の逃げ道が、ギーレンにはあると思っておいて頂戴な」
そうですわね、とコニー夫人もそこで相槌を打った。
「たとえ今は良くても、囲い込まれた挙句に窒息するようでは困りますわ。息抜きがしたくなったら、お一人でもぜひいらして。エヴェリーナ様と二人、歓迎しますわ」
「あ…ありがとうございます……?」
ここはお礼を言うところで合っているんだろうか。
コニー夫人から「程々になさいな」とか何とか言われて、物凄く不本意そうなエドヴァルドの表情が怖くて、それ以上を言えなかったんだけど。
でも多分、エドヴァルドの実の父親が「最低だ」と全方向から罵られる様な男性であっても、エドヴァルド本人とコニー夫人との間にわだかまりはなさそうに見える。
むしろちゃんと「伯母」と「甥」の関係が成り立っている様に見えた。
「レイナ」
エドヴァルドが私を呼ぶ口調が、すっかり公式を取り繕う事を忘れているのが良い証左だと思う。
「ええっと、あの、帰りますよ、もちろん⁉」
わたわたと手を振った私を見て、ちょっとだけホッとした表情を見せたのは気のせいだろうか。
…あくまで周囲の空気から、そう思っただけだけど。
そこに、コンコンと扉がノックされる音が聞こえた。
「あら、時間かしら」
そう言ったエヴェリーナ妃が頷いて、扉近くにいた騎士に扉を開けさせると――中に入って来たのは、意外な人物だった。
「リック⁉」
私の顔を見て、腹の探り合いなく顔を顰めているのは、間違いなくこちら側にシーグがいる事で、強気に出られないからだ。
お兄ちゃん、今日も安定のシスコンです。
…それはさておき、私が声を上げたのは、リックの左腕の袖がざっくりと切られて、そこからじわじわと服に血が滲んでいたからだ。
深窓のお嬢様なら卒倒しかねない光景である。
「え、何その腕、どうしたの⁉何かまずい事態でも起きた⁉」
思わず立って駆け寄りかけたところが、後ろからパシリとエドヴァルドに手を掴まれて引き戻されてしまう。
「待て、レイナ!話ならここでも聞ける!」
「え、いやでもあれ……」
「仮にも王の正妃と第二夫人のいる前であの姿のまま現れたと言う事は、ケガそのものに意図があると言う事だ!」
落ち着けと言わんばかりに言葉を被せた後「――そうだな?」と、あくまで冷静に、エドヴァルドはリックに声をかけた。
答えの代わりに、リックは肩を竦めて見せる。
「一応夕食の前に『替え玉』だって事は気が付いていない態で『宰相っぽい男』をバシュラールに運んだって報告したワケ。その時は何も言われなかったけど、食事の後でついさっき、今にも寝落ちしそうな殿下に呼ばれて言われたんだよ『母上とエヴェリーナ妃の様子を見ておいてくれ』って。多分、何かが変だとは思ってるよ、あれ」
「あらあら。陛下よりはよほど見込みがありますわね」
とは言え、キスト室長謹製の「薬」を飲んだ事は確実なせいか、エヴェリーナ妃の態度には、まだ余裕がある。
リックも淡々と「だから」と話を続ける。
「殿下に言われて様子を見に来たら、今にも駆け落ちしそうな二人と、手を貸しているエヴェリーナ様とコニー様に出くわして、宰相の護衛と揉みあってケガをした――って、小細工がコレだよ」
こちらに血の滲む腕を見せつけるようにしながら、リックが口の端を歪めた。
「自分で傷を付けたらバレバレだろうから、ファルコ…だっけ?そっちで一番腕の立つアイツに頼んだ。まあ、遠慮なくやってくれたけどな。頬に傷つけた礼だとかつって」
頼むんじゃなかった…と本人はぶつぶつ言っているけど、多分現状、最適な人選だったと、少なくとも私と、エドヴァルドは内心で思っていた筈だ。
「まあそれは、こっちの話だから良い。今は、殿下が完全に寝落ちしたから、呼びに来たんだよ。扉の前にはもう守護者も来てる」
「――そう。では〝転移扉〟のある部屋まで参りましょうか」
リックの怪我には全く動揺を見せずに、エヴェリーナ妃が立ち上がる。
こちらも元公爵令嬢、現王妃でどう考えても「深窓のご令嬢」だった筈なのに、この落ち着きはどうした事か。
「一応『筋書き』と言うものがございますから、コニー様が先導なさって?私は、コニー様が手引きをなさった事に時間差で気が付いて、リックと一緒に追いかける態にしますわ」
え、と目を丸くしたのはむしろリックだ。
もしかしたら、エヴェリーナ妃とコニー夫人が、ここまでガッツリ共犯だとは思っていなかったのかも知れない。
「分かりました、エヴェリーナ様。ではエドヴァルド、レイナ嬢。――行きましょうか」
こちらはこちらで「甥の行く末を案じて手を貸す伯母」を貫くつもりらしい。
どちらにしても、敵に回さなくて良かった――としみじみ思ってしまった。
「あら、宰相様にレイナ嬢。二人はこれから『駆け落ち』なさるのでしょう?エスコートではなく、手を繋いで歩いて頂きませんと、説得力に欠けますわ。サロンから〝転移扉〟のある部屋までは、一応それなりに距離もありますし、これから侍女使用人の大勢が目撃する予定なんですのよ?」
エドヴァルドが、多分無意識だったんだろうけど、軽く肘を曲げて私にエスコートの姿勢を見せたところで、統括責任者エヴェリーナ妃からの「待った」がかかった。
どうやら、どうせなら城内でも「噂」を思い切り煽っておこうと言う事らしい。
…やればやるほど、王と王子の評判が下がるのは良いんだろうか。
もう、聖女との婚姻が確実と分かれば、こちらは娯楽に徹するつもりなのかも知れない。
――それならば、徹底して。
「お迎えに上がりました」
ちょっと困った様に固まってしまったエドヴァルドの前に、私は右手を差し出した。
手を繋ぎましょう、と言う代わりに――とっておきの、一言を。
「――宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
「―――」
息を呑んだエドヴァルドの目が、無言のまま大きく見開かれた。
そう言えば、ラウラが書いた物語ではどうなっていたんだっけ…と一瞬脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、エドヴァルドが、このうえなく甘い微笑を閃かせて、私の右手をとった。
「⁉」
そのまま右手の甲に、唇が落とされる。
「どこへなりとでも――我が姫」
「!!!」
――ゴメンサナイ。駆け落ちの前に、気絶しても良いですか――
「ちなみに、聖女マナがもう休んでいる――と言う事は、キスト室長の薬の効き目は保証されていると言う解釈で合っていると?」
念のため、と言った態で問いかけたエドヴァルドに「ええ、もちろん」とエヴェリーナ妃は微笑った。
「彼は辺境伯家の人間である以前に、王立植物園の研究施設を束ねる方ですもの。あそこはコネでどうにかなる場所ではありませんわ。正しく彼の実力でしてよ」
「なるほど」
「ですから、彼が作る『新薬』なら、最大限の効果が見込めるのではないかしら?」
上手くいけば従順な〝扉の守護者〟として、王家にとって都合の悪い野心や記憶を消せる。
失敗しても、せいぜい本人が二度と目覚めないかも知れない程度。
まだ誰も治験すらした事がない――そんな新薬。
「私は彼から『新薬』の実験と引き換えに、当代〝扉の守護者〟であるラガルサ殿の身を王宮から解放する事と、キスト室長の、室長としての立場を保障する事を願い出られているのですが、エヴェリーナ妃に引き継がせて頂いても構いませんか」
「構わなくてよ。今回の『よく眠れるお薬』の効き目も満足のいくもののようで、充分に結果は出して下さいましたわね」
――寒い。
エドヴァルドとエヴェリーナ妃との会話が、あちこち際どすぎて、決して魔力のせいではなく、背筋が寒くなりそうだった。
「レイナ嬢」
そんな二人をハラハラしながら見守っていると、つと、扇で口元を隠すようにしながら、コニー夫人が私の方へと話しかけてきた。
「書面上の繋がりは切れてしまっても、私がベアトリス・クリストフェルの姉である事実は変わりませんから、もしもエドヴァルドの事で困った事が起きたら、遠慮なく連絡してらしてね」
「――困った事」
「例えば色々と重すぎて逃げたくなった時とか」
「……えっと」
うっかり答えに困った私に、ゴホゴホとエドヴァルドがわざとらしく咳こむ音が割り込んできた。
どうやら扇で口元が隠されていたにせよ、しっかり聞こえていたらしい。
「あまり彼女に余計な話を吹き込まないで欲しいのだが」
伯母上、と声にならないところで聞こえた気はするけれど、使用人たちもいる手前、そこは皆が空気を読んだ感じだった。
あらあら、とエヴェリーナ妃だけが面白そうに笑っている。
「そうね。エドベリ殿下の正妃って、別にレイナ嬢でも問題ありませんものね?何なら弟に言って養子縁組の手続きをさせれば良いんですもの」
「は⁉︎」
ちなみに今のは、私の声じゃありません。
どうして本人より先に大きな声を上げてるんでしょう、宰相閣下。
「いかが、レイナ嬢?宰相様だけアンジェスにお戻り頂いても良くってよ?私たち、貴女をとても好ましく思っておりますのよ、ねぇコニー様?」
「ええ――本当に」
「…っ、そんなもの認められる訳がない‼︎彼女は私とアンジェスに戻る!それ以上も以下もない‼︎」
えーっと。
あの、御三方。私が置いてけぼりです。
どうしていいやらちょっと呆然としていると、いち早くそれに気付いたエヴェリーナ妃が「ほほ…」と笑った。
「ご本人が唖然としていては、帰るも残るも話が出来ませんわね?」
「…レイナ」
え、何でそんな愕然とした顔をするんですか。まだ何も言ってないのに!
「えーっとですね……」
エドベリ王子が論外とか、実の母親の前で断言して良いものなんだろうか。
察してくれないだろうかと思ってコニー夫人をじっと見ていると、どうしたものかと向こうも思っていたらしい、夫人の視線とぶつかった。
「……私の息子、顔の造形は悪くないと思っていたのですけれど、思ったよりモテないようですわ、エヴェリーナ様」
「あら」
「シャルリーヌ嬢も残念ですけれど、レイナ嬢も眼中になくていらっしゃるみたい」
「それは困りましたわねぇ……」
ちっとも困っていない風なエヴェリーナ妃が笑う。
「ただ高位貴族の婚姻の多くは、恋愛の要素を必要としていませんわよ?シャルリーヌもそうだけれど、レイナ嬢も、どうしようもなくなった時の逃げ道が、ギーレンにはあると思っておいて頂戴な」
そうですわね、とコニー夫人もそこで相槌を打った。
「たとえ今は良くても、囲い込まれた挙句に窒息するようでは困りますわ。息抜きがしたくなったら、お一人でもぜひいらして。エヴェリーナ様と二人、歓迎しますわ」
「あ…ありがとうございます……?」
ここはお礼を言うところで合っているんだろうか。
コニー夫人から「程々になさいな」とか何とか言われて、物凄く不本意そうなエドヴァルドの表情が怖くて、それ以上を言えなかったんだけど。
でも多分、エドヴァルドの実の父親が「最低だ」と全方向から罵られる様な男性であっても、エドヴァルド本人とコニー夫人との間にわだかまりはなさそうに見える。
むしろちゃんと「伯母」と「甥」の関係が成り立っている様に見えた。
「レイナ」
エドヴァルドが私を呼ぶ口調が、すっかり公式を取り繕う事を忘れているのが良い証左だと思う。
「ええっと、あの、帰りますよ、もちろん⁉」
わたわたと手を振った私を見て、ちょっとだけホッとした表情を見せたのは気のせいだろうか。
…あくまで周囲の空気から、そう思っただけだけど。
そこに、コンコンと扉がノックされる音が聞こえた。
「あら、時間かしら」
そう言ったエヴェリーナ妃が頷いて、扉近くにいた騎士に扉を開けさせると――中に入って来たのは、意外な人物だった。
「リック⁉」
私の顔を見て、腹の探り合いなく顔を顰めているのは、間違いなくこちら側にシーグがいる事で、強気に出られないからだ。
お兄ちゃん、今日も安定のシスコンです。
…それはさておき、私が声を上げたのは、リックの左腕の袖がざっくりと切られて、そこからじわじわと服に血が滲んでいたからだ。
深窓のお嬢様なら卒倒しかねない光景である。
「え、何その腕、どうしたの⁉何かまずい事態でも起きた⁉」
思わず立って駆け寄りかけたところが、後ろからパシリとエドヴァルドに手を掴まれて引き戻されてしまう。
「待て、レイナ!話ならここでも聞ける!」
「え、いやでもあれ……」
「仮にも王の正妃と第二夫人のいる前であの姿のまま現れたと言う事は、ケガそのものに意図があると言う事だ!」
落ち着けと言わんばかりに言葉を被せた後「――そうだな?」と、あくまで冷静に、エドヴァルドはリックに声をかけた。
答えの代わりに、リックは肩を竦めて見せる。
「一応夕食の前に『替え玉』だって事は気が付いていない態で『宰相っぽい男』をバシュラールに運んだって報告したワケ。その時は何も言われなかったけど、食事の後でついさっき、今にも寝落ちしそうな殿下に呼ばれて言われたんだよ『母上とエヴェリーナ妃の様子を見ておいてくれ』って。多分、何かが変だとは思ってるよ、あれ」
「あらあら。陛下よりはよほど見込みがありますわね」
とは言え、キスト室長謹製の「薬」を飲んだ事は確実なせいか、エヴェリーナ妃の態度には、まだ余裕がある。
リックも淡々と「だから」と話を続ける。
「殿下に言われて様子を見に来たら、今にも駆け落ちしそうな二人と、手を貸しているエヴェリーナ様とコニー様に出くわして、宰相の護衛と揉みあってケガをした――って、小細工がコレだよ」
こちらに血の滲む腕を見せつけるようにしながら、リックが口の端を歪めた。
「自分で傷を付けたらバレバレだろうから、ファルコ…だっけ?そっちで一番腕の立つアイツに頼んだ。まあ、遠慮なくやってくれたけどな。頬に傷つけた礼だとかつって」
頼むんじゃなかった…と本人はぶつぶつ言っているけど、多分現状、最適な人選だったと、少なくとも私と、エドヴァルドは内心で思っていた筈だ。
「まあそれは、こっちの話だから良い。今は、殿下が完全に寝落ちしたから、呼びに来たんだよ。扉の前にはもう守護者も来てる」
「――そう。では〝転移扉〟のある部屋まで参りましょうか」
リックの怪我には全く動揺を見せずに、エヴェリーナ妃が立ち上がる。
こちらも元公爵令嬢、現王妃でどう考えても「深窓のご令嬢」だった筈なのに、この落ち着きはどうした事か。
「一応『筋書き』と言うものがございますから、コニー様が先導なさって?私は、コニー様が手引きをなさった事に時間差で気が付いて、リックと一緒に追いかける態にしますわ」
え、と目を丸くしたのはむしろリックだ。
もしかしたら、エヴェリーナ妃とコニー夫人が、ここまでガッツリ共犯だとは思っていなかったのかも知れない。
「分かりました、エヴェリーナ様。ではエドヴァルド、レイナ嬢。――行きましょうか」
こちらはこちらで「甥の行く末を案じて手を貸す伯母」を貫くつもりらしい。
どちらにしても、敵に回さなくて良かった――としみじみ思ってしまった。
「あら、宰相様にレイナ嬢。二人はこれから『駆け落ち』なさるのでしょう?エスコートではなく、手を繋いで歩いて頂きませんと、説得力に欠けますわ。サロンから〝転移扉〟のある部屋までは、一応それなりに距離もありますし、これから侍女使用人の大勢が目撃する予定なんですのよ?」
エドヴァルドが、多分無意識だったんだろうけど、軽く肘を曲げて私にエスコートの姿勢を見せたところで、統括責任者エヴェリーナ妃からの「待った」がかかった。
どうやら、どうせなら城内でも「噂」を思い切り煽っておこうと言う事らしい。
…やればやるほど、王と王子の評判が下がるのは良いんだろうか。
もう、聖女との婚姻が確実と分かれば、こちらは娯楽に徹するつもりなのかも知れない。
――それならば、徹底して。
「お迎えに上がりました」
ちょっと困った様に固まってしまったエドヴァルドの前に、私は右手を差し出した。
手を繋ぎましょう、と言う代わりに――とっておきの、一言を。
「――宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
「―――」
息を呑んだエドヴァルドの目が、無言のまま大きく見開かれた。
そう言えば、ラウラが書いた物語ではどうなっていたんだっけ…と一瞬脳裏に疑問が浮かんだ瞬間、エドヴァルドが、このうえなく甘い微笑を閃かせて、私の右手をとった。
「⁉」
そのまま右手の甲に、唇が落とされる。
「どこへなりとでも――我が姫」
「!!!」
――ゴメンサナイ。駆け落ちの前に、気絶しても良いですか――
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