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【8】

8−1

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***


「神田弘大。遂に僕が必要になった様だね!?」

 彼は辛藤進。しんどうすすむ。
 名前を見ての通り、【辛】の担当、最適の候補者。

「あーー……うん。ソウソウ」

 適当な俺の返事に、上機嫌だった辛藤進は露骨に機嫌の悪さが滲み出た。

ーーしまった。

 あまりにムカつく言い方をされたもんだから……使命を忘れて、面倒臭さ全開の適当な返事をしてしまった。
 そんな俺をマコトが小突き、我に帰る。

 特別仲が良いわけでは無かった。
 それでも、十干の字面を見た瞬間からコイツを誘うことは俺の中で決まっていた。

 辛藤の苗字。
 出会った時からインパクトは強烈で、頭にこびりついていた。
 辛の担当は、こいつ以外ありえない。

 でも。何度も言うが……こいつとは、仲が良いわけでは無いのだ。
 
「神田真。君は神田弘大と揃ってやっと万能になれる。
 1人で器用にこなすこの僕を必要とする気持ち、わかるんだけどね~?」

ーー辛藤進いわく。

 勉強でしか1番を取れない神田真。
 運動でしか1番を取れない神田弘大

「2人でやっと、辛藤進のライバルに相応しい、ってわけさ!」

 勉強運動共にクラスで2番。
 何でも器用にこなすコイツは、何かと俺達に突っかかって来る。

「シンシン君、確かに器用だよね~……いばりんぼだけど」

 “シンシン”というのは、俺が一度だけ辛藤進に向けて呼んだあだ名だったが、ミホが気に入って使い続けている。

『パンダみたいで可愛い』そうだ。

 ミホにとってあり得ないとは思いたいが……『いばりんぼ』なシンシンへの、僅かながらの抵抗なのかもしれない。

「は、八丁実穂は、黙っててくれないか!? こ、これは、男の問題なんだ!」
「……はぁ~い」

 シンシンこと辛藤進は、女に弱い。
 それはヒカルとは比べ物にならない程の、女嫌い&女苦手免疫0人間である。

 瓶底眼鏡をかけていて、そのレンズはいつも曇っている。
 太ってはいない。
 むしろ標準体型以下の彼の眼鏡が何故いつも曇っているのかと言うと、自分でつけた指紋が原因だと思われる。

 不潔、だらしがないと言う訳ではないのだ。
 彼のかけている眼鏡は度数が相当強いらしく、外したら何も見えないらしい。
 外れた時の事を相当恐れているらしく、少しでも身に危険を感じるとレンズごと眼鏡を抑える癖がある。
 眼鏡を外した所は誰も見たことがない。
 なんせ、体育の授業は特注のバンドで固定しており、プールの授業に至っては特注のゴーグルをかけている。
 そのグラス越しに見える瞳はとても小さい。
 本当にそのサイズの目ん玉で見えているのか? と疑ってしまうほどだ。

 小学生らしく無い、きっちり七三分けされ整髪料で固定された髪。
 シャツのボタンは全てしっかり止められていて、シャツの裾はズボンにイン。
 ウエストはきっちりへそ上で、ベルトもしている。
 真面目を擬人化した様なその見た目から、“子供サラリーマン”と言った感じだ。

 ……因みに。
 彼が常々言ってくる『2番』と言うのは、女子は除いての曖昧な話だ。

 勉強は学年全体でも、アオイとレノがマコトと良いとこ勝負。
 運動に至っては、ヒカルが体力型、俺がスピード型で一位ってのが微妙なところだ。
 直々に競った事が無いから、正確な事実はわからないが……多分、長距離スピード勝負なら、ミホの方が勝っていると思う。

 実の話、ミホはかなり運動神経が良い。
 小さい頃から走り回り、色んな遊びをしてきた俺。
 どんな時も置いてかれる事なくついて来たミホはタフで、身軽で、足が速い。
 元々才能があったのか、俺が鍛える形になったのかは……謎だ。

 総合的に見ると、辛藤進が優れているというのは確かであり、間違ってはいないのだが……。

ーーこの鬱陶しい喋り方とフルネーム呼びがなぁ。

 ネチネチした性格と、カッコいいとは言いがたいビジュアル。
 才能以外の全てが……なんか引っかかる、扱い難い人物だった。
 

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