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 登校初日。
 期待に胸を膨らませたアオイは、赤いハイビスカスのワンピースを選んだ。
 祖母が好きな紅色のリボンも合わせた。

ーー私は、赤も好きだけど……紅が、好きだ。

 黒板に名前を書いた教員は名前を読み上げると、自己紹介するよう促した。
 極度の緊張のせいか、名前を再び読み上げる行為でさえ恥じらい、それ以外に何を言えば良いのかわからなくなった。
 両親や祖父母前では明るかったアオイも、見知らぬ子ばかりの教室では何も話せなくなってしまった。

ーー皮肉ね。今日の私はこんなに紅いのに。

 顔は青くて、真っ黒の髪。
 紅いリボンの付いた頭の中は、真っ白。

 教室内は既に顔見知り同士でのグループが出来ていて、アオイの孤立は加速していった。
 ハイビスカスのワンピースをクラスの女子が指さし、耳打ちをする。

『名前も赤柄。服も赤。頭のリボンまで赤。名前は、”青い“なのにね』

ーーそう、思うよね。私だって、最初は知らなかったんだもの。

 声をかけようと意を決したアオイの耳に、更に入ってきた声。

『もしかして、赤が似合ってるとでも思ってんのかな?』

ーーもしかして? 思ってる……?

 ハイビスカスのそれは、流行り物だったらしく。
 翌日、何人かの女子が似た服を着て来ていた。

『赤も似合わない。青だって似合わない。どっちも似合わないくせに。
 色の入った変な名前。親に捨てられて、祖父母の家で暮らしてる。
 そんな可哀想な根暗女には、黒がお似合のネクロちゃん』

ーーネクロちゃん。
 そう呼ばれる様になった。

 申し訳程度のちゃん付けは、嫌味にしか感じなかった。
 それでも、その現実を受け入れられずーーネクロの言葉を調べ続けた。

 いくら魔法の本で調べても、考えても。
 愛称として相応しいーー嬉しい理由なんて、みつから無かった。

 その中でも、やっと見つけたそれは、”死を操る魔術師ネクロマンシー

 けして、カッコいいからとつけてくれたあだ名じゃなかった。
 マンシーのつかないネクロは”死”という意味を表す言葉。


 アオイが何も言えない間に。
 何も言わないその姿が1人歩きして、デマを作り上げ、広めていった。
 声を上げれば届いたかもしれないのに、声は出なかった。

ーー本当に、出ないのか?
 出した声は言葉にならず、涙声になった。

『何か喋ったかと思ったら、ネクロちゃんが鳴いたぞ!』

ーー鳴き声・呻き声と馬鹿にするその声こそ……人間離れした化け物だ。

 大好きな両親が考えてくれた葵の名前と、大好きな祖父母から引き継いだ赤柄の苗字。
 一部の要らない存在のせいで、好きな物を嫌いになりかけた自分が、悔しかった。

 
「お爺ちゃん。私、この学校で6年生になりたくない」


 その言葉の意味を、祖父母は深くは言及せず、抱き止めた。
 一緒に住み始めてから不満を漏らさなかったアオイが、涙ながらに訴えた。
 両親も驚き、今の今まで気付けなかった自分達を責めたてていた。

 両親は近所に家を建てる準備を進める中、祖父母が提案した。

「アオイ。お母さんのじいじとばあばのお家に行こう。自然が多くて、良い所だから」
「でも、ちょっと遠いよ。お爺ちゃんに会えなくなっちゃう」
「会えるさ! 新幹線であっちゅう間に行ける。じいちゃん達も大好きな場所さ。
 アオイも気にいると思うよ」
「でも、新しいお家が出来るのに……」
「都会な此処と違って、田舎だ。
 でも、あそこなら、きっと優しい人達が迎え入れてくれるから」


ーー厄介払い、かな?

 そう、思ってしまったアオイから目を逸らす両親。
 顔の見えない2人の気持ちは、読み取れない。

 そんな沈黙を割いて、アオイに声をかけたのは祖母だった。

「……昔ね。アオイのお父さんも、アオイと同じ事言ったわ」
「お父さんも…………イジメられた?」

ーー言ってしまった。

 誤解があるかもしれないし、させたかもしれない。
 ただ確かめたい気持ちが先走り、まわりに気を配らず口にした。
 その言葉に、両親は涙していたが……祖母は、強い。笑っていた。

「そうね。ここは都会で、便利だけど……お仕事の頑張り過ぎで、心に余裕が無い人が多いかもしれない」
「お仕事……って」
「お父さんが言ったのは、お父さんになる前……大人になってからだったの。
 その時、辛かったお父さんを助けてくれたのがお母さんと……お母さんのご両親と。故郷なの」
お母さん側の祖父じいじの家……」
「此処も。新しく出来るお家も。じいじの家だって……全部、アオイの家だよ。
 寂しくなったらいつでも、幾らでも来たら良い。
 でも、学校は今しか行けないから。優先しなさい」

 2度とこんな思いはさせない、と両親や兄姉が謝罪する中、アオイは誓う。

ーーこっちこそ。絶対、こんな惨めな思いしないし、誰にもさせない!



 そして。アオイは6年生への進級に合わせて。
 
 今の学校へ転校生としてやってきたのだった。
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