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第30話 勇者の凱旋

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「え? 服……? ひゃあっ」
「クサナギさん少し後ろを向いていて下さい!」

「こ、これはどういう事ですの!?」
「ふえぇ、拙者もうお嫁にいけないでござる!」

 俺は氷漬けにされた四人を救う為に、クロースレスの魔法で衣服ごと氷を消し飛ばした。
 四人は自分達の衣服が消し飛んでいる事に気付いて悲鳴を上げる。

 しかしチルとサクヤはもう慣れたものですぐさま魔法の袋から衣服を取り出して着替える。

 一方のサギリとネネコはこんな事態を想像できたはずもなく替えの衣服など持ち合わせていないので何もできずに蹲るばかりだ。

「サギリさん、ネネコさん、サイズが合うかどうかわかりませんが、私の着替えでよければどうぞ」

「チル殿かたじけない。お腹回りが少しだぶだぶだけど我慢するでござる」
「わたくしは胸の辺りが少しきついですが何とか着れそうですわ」

「うぐっ……そ、そうですか……それはごめんなさいね……」

 何故か多少ギスギスしながらも四人が衣服を着終わったところでサクヤが温風魔法を使い皆の冷えた身体を温める。

「クサナギさんも寒くないですか? 一緒に温まりましょう」

「いや、俺は必要ない。ここに来る前にアンドーゼが作ってくれた身体を温める薬を飲んでいるからね」

 これは俺が火焔山のハーブ園で育てている薬草、ファイアリーフが原料になっている薬だ。
 俺はガードレスとクロースレスの魔法しか使えないので冒険に出る時は他の魔法の代わりになる魔道具や薬を用意しているが、逆にサクヤは色々な魔法を使える為かそういったアイテムを軽視して魔法ばかりに頼る癖がある。

 魔法使いたるもの魔力のリソース管理は重要だ。
 いざ魔獣と戦う時に魔力が枯渇していたら何もできない。
 アイテムで代用出来るところはアイテムを使用した方がいい。

 まだまだ彼女には元勇者パーティの先輩として教えなければいけない事が沢山ありそうだ。

「この殿方がクサナギ殿でござるか。お噂はかねがね伺っているでござるよ」
「わたくしも初めて経験しましたが、クサナギさんのクロースレスは本当に恐ろしい魔法ですわね」

 この魔法の危険性は色んな意味で十分承知している。
 だから余程の事がない限り使わない事にしてるんだ。

 それにしてもこのサギリとネネコという二人はまだあどけなさが残る少女だ。
 年齢を考えればかなりの実力者といえるが、勇者パーティの一員として魔獣と戦うにはまだまだ未熟といわざるを得ない。

 俺だったらエキゾチックスのメンバーや格闘王カグツチ、星雲の魔女イザナミのような実力者を選ぶ。
 ムスヒ陛下は何故この二人を勇者パーティに入れるよう強要したのだろうか。

 何やら陰謀の匂いがするな。

 四人が一息ついたところで、チルが俺に問いかける。

「それで、どうしてクサナギさんがここにいるんですか?」

「ああ、王宮からの使者が全然来ないから、お前達の所はどうなのかと思ってヤマツミ伯爵に確認に行ったんだよ。そうしたら既に迎えの馬車に乗って王宮へ向かったって言うじゃないか。それでトモエの手下達に状況を調べさせたらお前達が勇者パーティとして氷竜の討伐に向かったと聞いてね。急いでヤマツミ伯爵から馬車を借りて追いかけてきたんだ。ラマロ陛下やタカミ殿下の話も既に聞いているよ」

「そうでしたか。……勇者としての初任務だったんですけど私では氷竜にはまるで歯が立ちませんでした。自分の弱さが情けないです」

 チルは今回の体たらくで大層凹んでいるようだが、氷竜は火焔山にいた火竜よりも遥かに上位の魔獣だ。
 彼女達の実力では討伐が不可能な事はこの任務を与えたムスヒ陛下自身も分かり切っていただろう。

 むしろ討伐を失敗させる事が目的だったようにも思える。

 しかし確証がある訳でもないのでその事を彼女達に伝えても不安にさせるだけだ。
 少しムスヒが何を企んでいるのかを探ってみるとするか。
 トモエの子分には諜報活動が得意な者もいたはずだ。
 ここは彼らの力を借りる事にしよう。


「氷竜の解体が終わったでござる」

 チル達が休んでいる間、サギリが氷竜の解体を終わらせていた。
 氷竜討伐の証明になる頭部と、その他武器や防具などの素材になりそうな部位を魔法の袋に仕舞う。

 俺も魔獣の解体には自信があるが、彼女もなかなかの手際の良さだ。
 魔獣の解体にはその身体の組織構造を知り尽くしている必要がある。
 俺はヤマト達に解体作業をやらされている内に独学で覚えたものだ。

 俺はサギリがどこで解体術を覚えたのか興味を持ち聞いてみると、彼女は忍びの里に伝わる秘伝のひとつと答えた。

「拙者の年齢で全ての忍びの術を身に付けた者は今までいなかったそうでござる」

 サギリは得意満面で応える。
 ただ彼女には何より実戦経験が足りないようだ。



 そしてもうひとり、このネネコという少女は破邪の魔法を使うと聞いたけど本来破邪の魔法は女神の加護を受けた一部の者しか使う事ができない希少な魔法のはずだ。



 二人ともまだ未熟者とはいえ伸びしろに期待できそうだ。
 そういった意味でもこんなところで二人を死なせてしまう事は王国にとっては大きな損失になるはず。

 ますますムスヒ陛下の考えている事が分からなくなってくる。


「サギリさんお疲れさまでした。それでは皆さん王都へ帰りましょう」

「俺も火焔山に帰るよ。もうお前達だけでも大丈夫だよな?」

「え、クサナギさんは私達と一緒に来てくれないんですか?」

「俺は勇者パーティの一員じゃないからね。部外者の俺が一緒にいたらムスヒ陛下もいい顔をしないだろう。あ、色々面倒くさい話になるから氷竜は俺ではなくお前達が倒した事にしとけよ」

「分かりました。……あの、今日は本当にありがとうございました。あたし、立派な勇者になれるように一層努力をします!」

「おう、頑張れよ!」

 俺は名残惜しむように手を振る四人を置いてその場を去った。

 しかし今回は間に合ったが、今後もまた身の丈に合わない魔獣討伐に向かわされる可能性がある。
 しばらくは陰ながらサポートしてあげるとするか。



◇◇◇◇



「勇者様の凱旋だ!」

「見ろ、あの馬車の上に乗せられた氷竜の頭の大きさを。あんなものに襲われたら俺達なんかひとたまりもないぞ」

「流石勇者チル様だ! ヤマト達とは違うな!」

 氷竜の首を持ち帰ったチル達勇者パーティを王都の民衆は大歓声と共に迎え入れた。
 チルは馬車の中からその様子を複雑な表情で眺めていた。


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