妖かし行脚

柚木 小枝

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第壱柱

第七伝 『形勢逆転』

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「…な、なんで…!?」
「・・・・・。」


炎による攻撃を受けた如月。咄嗟に護符を掲げた事で上半身は無事だが、防御しきれなかった足元に火傷を負ってしまう。
如月は苦悩の表情を浮かべてくずおれた。

その様子を見ていた男子は黒い笑みを浮かべながら如月の方へ、ゆっくりと近付いて来る。


「さぁ、封印を解け。解いたらこれ以上の攻撃はやめてやらァ。」
「っ!!」


居ても立っても居られなかった。
朔は考えるよりも先に身体が動いていた。
如月を背に庇うように、二人の間に割って入る。
朔の行動を見た男子はその場で足を止めた。


「あ?なんだ?お前がどうこう出来る問題じゃねーだろ。見て分かんだろうが。」


少し苛立ったような表情を浮かべる男子。折角の悦の気分に水を差された事が気に食わなかったらしい。
男子の指摘に朔は歯噛みするしかない。だがここで朔は臆する事無く、男子をキッと睨み付けた。


「確かに。俺には何の力もないし、何も出来ないかもしれない。けどさ、俺の事庇って怪我した女の子放って逃げられる程、人間腐ってもねーんだよ。」


朔の言葉を受けて男子は再びニヤリと笑みを浮かべる。


「へぇ。」


ゾクリ。
いくら威勢よく言葉を返したところで、こちら側が劣勢な事に変わりはない。
圧倒的な強者を前に、朔は背筋を震わせる。
蛇に睨まれた蛙、というやつだろうか。

だが固まっていても事態は好転しない。朔はチラリと如月に目を向ける。


「如月さん、立てる?俺が背負うから。とりあえずここは一旦逃げよう。」
「えっ。」


思わぬ言葉に顔を上げる如月。足は大分酷い傷を負っているが、如月の表情を見るに立ち上がるぐらいは何とか出来そうだ。
それを見た朔は再び男子へと目を移し、警戒しながらも言葉を続ける。


「封印は弱まってる?かもしんないけど、完全に解かれたわけじゃないんだろ?だったら一旦退いて、形勢立て直してからまた来た方が良いんじゃない?」
「!」
「作戦丸聞こえ。それ俺が許すと思ってんのか?」


男子との距離はまぁまぁ近く、声を潜めていても聞こえる距離だった。
男子は自分の優勢具合を見て余裕綽々。子どもと鬼ごっこするぐらいの感覚でいる様子。

朔はこれまで喧嘩をした事はないし、護身術を習ってるわけでもない。
ましてや如月のような、何か特殊な能力があるわけでもない。
このまま男子の攻撃を交わしながら手負いの如月を担いで逃げるのにも無理がある。


(せめてコイツの気を反らせれば…。)


隠れながらなら、何とか逃げ切れる可能性がある。そう試案する。
その時、とある物が朔の視界に入った。


(あれは…さっき如月さんが落としたお札…。イチかバチか…!)


攻撃を受けた時、如月は懐から急いで護符を取り出した。
その際に何枚かが零れて地に落ちたのだ。

男子は護符の事には気付いていないのか、ジリジリと再び朔達の元へと歩み寄る。


「おいおい。どうした?固まっちゃって。何もしなかったら逃げらんねーよ?」


近寄られたら一巻の終わり。朔は急いで護符を手に取った。


「!」

(あれは…まだ護符…!)

「ダメ…!!」


如月は制止を掛けるが、朔の耳にその言葉は届いていない。
朔は手に取った護符を両手でぎゅっと握り、目を瞑って頭の中で念じた。


(ちょっとでも良い!アイツの気を反らせるだけで良い!何か出てくれ…っ!!)


自分には何の能力もなくとも、先程まで如月が持っていた物で、傍に如月がいるのなら何か反応があるかもしれない。
どうせやられるのなら、最後の悪あがきで念じてやる!

その時、護符から眩い光が溢れ、辺り一面を包み込んだ。


「っ!?」
「うわっ!な、なんだ!?」


護符は少しの間、目を開けていられない程の光を解き放った。
だがそれも数秒の間だけ。
眩しくて目を瞑っていた三人だが、光が消えた事で恐る恐る目を開ける事が出来た。


「・・・・?」
「なに?今の光…。」


如月も想定外の事態に目を瞬かせる。
男子も暫くの間構えていたが、それ以上は何も起こらないと判断すると舌打ちして朔へと襲い掛かって来た。


「チィッ!脅かしやがって…!これでしめーだ!!」

(やっぱり駄目だった…!!)


今度こそ本当に終わりだ。
朔は己の最期を覚悟してきゅっと目を瞑る。

…だが、数秒経っても何も起きない。
恐る恐る目を開けると、朔の顔の真ん前に掌を掲げたまま固まっている男子の姿が。


「え?…えぇぇぇーーーーっ!!」


男子は己の手を引っ込め、掌を凝視しながら大声で叫ぶ。
昨晩のように掌に炎を宿し、朔の顔面目掛けて放ったつもりが、どうやらうまく炎が出なかったらしい。
まだ状況を呑み込めずに目を瞬かせている朔に対し、如月は何となく状況を察した様子だ。


(…これは…彼が放った光の力?でも、どうして…。いや、今はそんな事より…。)


咄嗟の状況判断能力が高い如月。
如月は足の痛みに堪えながらも何とか立ち上がり、懐から護符を取り出して構えた。


「大人しく裏の世界に帰って。」
「チィッ!」
「あ、待ちなさい!」


一気に状況が不利になった男子は、舌打ちしてその場から立ち去る。
彼の後を追い掛けようとする如月だったが、やはり走る事は困難。足に痛みが走り、再びその場にしゃがみ込んだ。


「…っ!」
「如月さん!大丈夫?無理に動かない方が…。」


呆然としていた朔だったが、男子が逃げ去った事、如月が呻き声を上げた事で我に返り、慌てて如月の方へと目を向けた。如月の負傷を心配する朔だが、当の本人は自らの傷よりも別に気になる事があった。如月は朔へと顔を向ける。


「それより、さっきの光は?貴方の力?」
「え?いや、さぁ…分かんないっす。とりあえずアイツの気を少しでも反らせたらって思って、無我夢中で念じた?だけで…。」
「・・・・・。」


その言葉を聞いて如月は眉根を寄せる。深く考え込む彼女を前に、朔は段々と不安がこみ上げて来た。


「…え?俺、なんかヤバイ?」
「あ、いえ。」


青ざめる朔を見て慌てて首を横に振る如月。その様子を見て朔はホッと胸を撫でおろす。
安心した朔を前にしながらも、如月は再び思考を巡らせる。


(さっきの護符は何の力も宿っていない単なる紙…。何も起こるはずなんてないのに…。それにあの光は…。四大元素どれにも属さない。四大の眷属というわけでもなかった。一体・・・・。)


とりあえず、何とか危機を脱した二人。
男子がこの場から立ち去った事を見届けた朔は、如月の前で背を向けてしゃがみ込む。


「・・・・はい。」
「え?」


その動作の意味が分からず、如月はきょとんとなった。朔は如月に背を向けたまま話す。


「その足じゃ歩けないでしょ。」
「けど…。」
「それに、そうなったのは俺のせいでもあるし。」


おぶってもらう事に躊躇いがある。気恥ずかしさと、申し訳なさと。
だが強がっても歩ける状態ではない。
如月は少し照れて頬を染めながらも朔の申し出を有難く受け取る事にした。


「…ありがとう。」


素直におぶさる如月に、朔はフッと笑みを零す。そしてしっかりと抱えて立ち上がり、言葉を返した。


「それはこっちの台詞。今日も助けてくれて、有難う。」


そうして朔は如月を背負って歩き出す。朔は如月の怪我を心配し、病院に行く事を提案するが断られた。
歩けない程の怪我。しかも火傷だ。ひとまず応急処置として手水舎の水で濡らしたタオルを巻いてはいるものの、跡が残らないか心配だ。その事も朔は話すが、如月は頑なに病院に行く事を拒否した。
彼女の希望という事で病院は断念。朔は如月を家まで送り届ける事に。

朔は家の玄関前まで送って行くつもりでいたが、通りがかりにあった神社の前で「ここで良い。」と言われてしまう。
まぁ初対面の人間に家を知られるのは嫌だという気持ちも分からなくはない。
純粋に家まで歩けるのか心配だったが、彼女の意向を組んで神社の前で彼女とは別れ、朔は寮に戻った。


◇◇◇◇◇


翌日。
昨日の事は全て夢だったかのよう。
何もかもが現実離れしすぎた体験だった。
朝起きてそんな事を思う。

仮に学校で如月にその話をして「何の話?」と言われでもしたら、夢オチだったと納得するだろう。いや、むしろ夢であってくれても良いとさえ思えた。
そんな思いを抱えながら、朔は登校する。

きっと昨日一つ増えていた机は、何事もなかったかのように一つ減っているんだろうな。
ふとそんな事を考えながら、朔はおもむろに教室の扉を開く。


「須煌君、おはよう。」
「ああ、おはよ…ってなんでいるんだよ!!」


聞き覚えのある声に振り返る。
そこには昨日の地味モブ男子がいた。普通に。朔は思わずツッコんでしまう。
それに対して男子は口を尖らせる。


「お前のせいで力が無くなっちまったんだよ。となると学校通うしかねーだろ?」
「いや、帰れよ。」


何事もなかったかのように男子はクラスに溶け込んでいた。
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