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旅行は計画を立てた日から始まっている

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 そういえば以前、社内での販売戦略会議の時に「せっかくだから遠山社長のルックスを前面にだそう」なんて案が出て、水島社長が「製品性能だけでアピールには十分」と却下した経緯がある。
 もしそんな方法が採用されていたら今頃ーー玄英本人が課長と同じ理由で承知しなかったと思うがーー玄英は日本で普通の生活を送れなかっただろうし、俺も家に出入りするようなつき合い方はできなかっただろう。くわばらくわばら。

 話が逸れた。

 で、夏じゅうその手の対応に追われてて気がつくと、玄英と約束していた長期休暇もとらないまま9月に突入してたってわけ。玄英の方はそれでもトンボ帰りで家族に会って来たそうなのだが。

 俺は九月に入っても地方一周どころか一泊温泉旅行が関の山くらいの休暇しかもらえなかったので、

「僕も人の事は言えないけどさ。日本人のワーカホリックぶりって世界的に認識されてるだけの事はあって、やっぱり異様だよ。しかも生産性は低いし」

 と、全日本を代表して彼にディスられた。

 それでも俺は玄英とのツーリング旅行を諦めていなかった。バイク乗りとしては、二人でおソロのメット被って2ケツ二人乗りってのが理想的だが、なんと言っても玄英はガス灯と馬車の国から来た(嘘)バイク初心者の王子様である。

 四輪車なら同乗者にはせいぜいシートベルトを締めてもらう程度でいいが、二輪車で2ケツとなると、乗っけてもらう方にも慣れとコツがいる。足の乗せ方や運転者へのつかまり方。曲がる時には一緒に重心を移動するなど、お互いの意思疎通も重要だ。
 しかも当社の社運と全地球のSDGsの未来が懸かった頭脳と世界遺産級のお顔を首の上に乗っけていらっしゃる、歩く宝物殿だ。こちとら、ヤンキー時代は別として免許取得以来無事故無違反を貫く優良ライダーだが、それでも万一もらい事故なんかされたら防ぎようのない剥き出しの乗り物である。

 やはり素直に自動車旅行の方が無難だろうかと思い、行きつけのバイク屋(元ヤン仲間)に相談したところ「サイドカーがいいんじゃないか。首都高だって通れるし」と言う。

「最近は覆いがついてソファが上等で、高級車に負けないような乗り心地のもあるぞ」

「本当かよ。けど、そんなん急に買えねえわ」

「そこまでいいヤツじゃないが、友達価格でレンタルしてやるよ。バイク乗るのが初めての奴ならトライクなんかどうだ?」

 何だかんだ、新しくできた彼女と乗るんだと思われているんだが……面倒臭いからいいか。

「トライク?ハーレーの三輪のやつか?」

「『三輪の車両』はみんなトライクだ。配達なんかに使われてる覆いのあるのもトライクだ。後部座席に二人くらい乗れるヤツもあるか、ウチには無いな」

「へえー……どこ行ったら借りれるかな」

「とりあえずサイドカー貸してやるから、北関東辺りのサーキットにでも行ってみろよ。二人で2ケツの練習したり、色々借りて乗ってみたらいいじゃないか」

「なるほど、相談してよかった」

 そこで行き先は北関東のモーターパークと元宿場町の温泉に決定した。で、帰りに東照宮でも見……

「なあ、一緒に行く奴って、彼女?」

 何の気なしにバイク屋が聞いてきた。

「いいや、違うけど」

 そう言うことにしといてもいいんだが、保険の事とかやってもらわなきゃだから話がややこしくなるしなあ……

「そうなの?」

「男だよ。取引先の社長でまだ若い。一度乗ってみたいそうだ」

 嘘はついてない。

「ああ、そういやネットニュースで見たぞ。カリスマイケメン天才社長だって?あれだけ何でも持ってんのに、バイク乗った事無いんだな」

 何だよその安易な世間受けをこれでもかとくっつけたキャッチフレーズ。

「らしいな」

「趣味の世界でも接待かあ。宮仕えは辛いよなあ」

 バイク屋はそう言ってガハガハと笑った。俺はお前の能天気さが辛いわ。

 ……って、こういうことがこれからも大きく小さく、ずっとつきまとうんだろうけどな。きっと。

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