赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

文字の大きさ
73 / 144
7

坊ちゃんを僕にください!

しおりを挟む
「自分、不調法者で。こういう店しか知らんもんですから……」

 ボソリとそう言って徳利をこちらに傾ける清武は、昭和のガテン系硬派映画に出てきそうな男前だ。

「かと言ってあの家じゃ人の目がありますし」

 映画のワンシーンのようだとうっかり見とれていた玄英は、ふと我に帰った。

「ああ、いえ。こんなお店、自分一人じゃ絶対見つけられませんから。楽しいです」

ーーいや、さすがに楽しいってのはちょっと違うよな……

「清武さん、日曜なのに仕事だったんですか?」

「職人は雨の日じゃなきゃ仕事です」

 清武は眉ひとつ動かさず、徳利を突き出した。

「どうぞ」

 玄英は両手を振った。

「どうぞお構いなく。海外生活が長かったので、日本のそういう……差しつ差されつ、みたいな作法が実は苦手なんです。飲みたいときは自分で勝手に飲みますから」

「そうですか」

 清武は素直に徳利を引っ込めると自分の杯を満たし、一気にあおった。

「改めまして。俺ぁ、土井清武と申します。歳ぁいってますが、あそこの社員の中では若手の部類です。坊ちゃんとは義理の兄弟も同然の長いつき合いでして」

「僕は遠山玄英。玄英と呼んでください」

 玄英は洗練された知性と人柄の穏やかさを伺わせる、柔らかな笑みを浮かべた。本人に自覚はないが、これまで成功した商談の中には八割はこの段階で決まったものすらあるーーが、今日ばかりはそうはいくまい。

「兄のような育ての親のような存在だと恒星から聞いています。僕も『清さん』とお呼びしても?」

「……『土井』か『清武』で」

 清武は強面の仏頂面をますますしかめた。

「では清武さん。僕に色々と言いたいことはあるでしょうが……」

 玄英はいきなり立ち上がり、最敬礼以上に長身を折り曲げたーー勢い余って額に衝撃が走ったが、そんなこと気にしている場合ではない。

「お父さんっ!恒星君を僕にください!」

「……」

「昨夜は大変お見苦しいところをお見せしました。色々おかしく見えるかもしれませんが、彼とは将来も見据えて真剣なおつき合いをしています。どうか」

 あっけにとられた清武は数秒間の沈黙の後、「おもてを上げておくんなさい……俺、お父さんじゃないですし」とだけ言った。

「あっ……す、すみません。そうですよね」

「お座りください。人目もありますし」

 玄英はテーブルにぶつけた額をさすりながら座り直した。ちょうどテレビの野球中継で逆転ホームランが出て、店内は沸いていた。

「謝ってもらうことでもねえですし……坊ちゃんだっていい大人だ」

「……」

 清武はそう言ったきりきりふっつりと黙り込み、手酌で杯を重ねるだけだった。そのままかれこれ数十分ーー日本のプロ野球事情はよく知らないが、緊迫した試合運びの様子だけはよくわかる。

「馬の骨云々」とはさすがに言われないものの、とっくりごと冷酒でもばしゃりと浴びせられた方がまだマシかもしれない。

「坊ちゃんをください」の方はまるで無視だ。

ーー黙認してくれる、ってこと?それとも……?

 僕らの交際については、この人の腹づもり一つで恒星の祖父以下、実家総出で反対されかねない。恒星は彼らと縁を切るしかないのだろうか?

 あれこれ取り繕ったりするよりは正攻法で行くしかないと踏んだのだが……悪手だったか?

 不安と手持ち無沙汰で玄英の方もついに手酌で飲み始めた。アルコール臭さが鼻につく。ごく大衆的な安酒なのだろうが、これほど味のわからない酒も初めてだ。

 結局、沈黙に耐えきれなくなった玄英が恐る恐る切り出した。

「……あのう、清さん」

「清武で願いします」

「……じゃあ、清武さん。僕の話を先にしてしまったけど……元々あなたの方から僕に話があったんじゃ……」

 清武はやはり、返事もせずに黙々と飲み続けている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊すほどに、俺はお前に囚われている

氷月
BL
【後輩と先輩、交錯する心と体】 春、新学期の大学キャンパス。 4年の蓮(レン)は、人気者らしく女子に囲まれながらも、なぜか新入生・七瀬巧(タクミ)の姿を探してしまう自分に気づいていた。 彼は去年の秋、かつて蓮が想いを寄せていた男の恋人の友人として出会った相手。 ――まさか、この俺様が、また男に惹かれるなんて。 否定しようとすればするほど、目はタクミを追ってしまう。 無邪気に笑う顔。ふと見せる真剣な横顔。 先輩と後輩、互いに抗えない感情に囚われながら、夏の学園を駆け抜けていく――。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...