赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

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坊ちゃんを僕にください!

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「自分、不調法者で。こういう店しか知らんもんですから……」

 ボソリとそう言って徳利をこちらに傾ける清武は、昭和のガテン系硬派映画に出てきそうな男前だ。

「かと言ってあの家じゃ人の目がありますし」

 映画のワンシーンのようだとうっかり見とれていた玄英は、ふと我に帰った。

「ああ、いえ。こんなお店、自分一人じゃ絶対見つけられませんから。楽しいです」

ーーいや、さすがに楽しいってのはちょっと違うよな……

「清武さん、日曜なのに仕事だったんですか?」

「職人は雨の日じゃなきゃ仕事です」

 清武は眉ひとつ動かさず、徳利を突き出した。

「どうぞ」

 玄英は両手を振った。

「どうぞお構いなく。海外生活が長かったので、日本のそういう……差しつ差されつ、みたいな作法が実は苦手なんです。飲みたいときは自分で勝手に飲みますから」

「そうですか」

 清武は素直に徳利を引っ込めると自分の杯を満たし、一気にあおった。

「改めまして。俺ぁ、土井清武と申します。歳ぁいってますが、あそこの社員の中では若手の部類です。坊ちゃんとは義理の兄弟も同然の長いつき合いでして」

「僕は遠山玄英。玄英と呼んでください」

 玄英は洗練された知性と人柄の穏やかさを伺わせる、柔らかな笑みを浮かべた。本人に自覚はないが、これまで成功した商談の中には八割はこの段階で決まったものすらあるーーが、今日ばかりはそうはいくまい。

「兄のような育ての親のような存在だと恒星から聞いています。僕も『清さん』とお呼びしても?」

「……『土井』か『清武』で」

 清武は強面の仏頂面をますますしかめた。

「では清武さん。僕に色々と言いたいことはあるでしょうが……」

 玄英はいきなり立ち上がり、最敬礼以上に長身を折り曲げたーー勢い余って額に衝撃が走ったが、そんなこと気にしている場合ではない。

「お父さんっ!恒星君を僕にください!」

「……」

「昨夜は大変お見苦しいところをお見せしました。色々おかしく見えるかもしれませんが、彼とは将来も見据えて真剣なおつき合いをしています。どうか」

 あっけにとられた清武は数秒間の沈黙の後、「おもてを上げておくんなさい……俺、お父さんじゃないですし」とだけ言った。

「あっ……す、すみません。そうですよね」

「お座りください。人目もありますし」

 玄英はテーブルにぶつけた額をさすりながら座り直した。ちょうどテレビの野球中継で逆転ホームランが出て、店内は沸いていた。

「謝ってもらうことでもねえですし……坊ちゃんだっていい大人だ」

「……」

 清武はそう言ったきりきりふっつりと黙り込み、手酌で杯を重ねるだけだった。そのままかれこれ数十分ーー日本のプロ野球事情はよく知らないが、緊迫した試合運びの様子だけはよくわかる。

「馬の骨云々」とはさすがに言われないものの、とっくりごと冷酒でもばしゃりと浴びせられた方がまだマシかもしれない。

「坊ちゃんをください」の方はまるで無視だ。

ーー黙認してくれる、ってこと?それとも……?

 僕らの交際については、この人の腹づもり一つで恒星の祖父以下、実家総出で反対されかねない。恒星は彼らと縁を切るしかないのだろうか?

 あれこれ取り繕ったりするよりは正攻法で行くしかないと踏んだのだが……悪手だったか?

 不安と手持ち無沙汰で玄英の方もついに手酌で飲み始めた。アルコール臭さが鼻につく。ごく大衆的な安酒なのだろうが、これほど味のわからない酒も初めてだ。

 結局、沈黙に耐えきれなくなった玄英が恐る恐る切り出した。

「……あのう、清さん」

「清武で願いします」

「……じゃあ、清武さん。僕の話を先にしてしまったけど……元々あなたの方から僕に話があったんじゃ……」

 清武はやはり、返事もせずに黙々と飲み続けている。
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