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プロローグ
⭐︎巫山(ふざん)の夢
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日に焼けた手の甲、骨張った無骨な指。見かけによらず繊細な指捌きで器用に細い繊維を撚り合わせ、美しい結び目をいくつも作っていくたびに、肌の上と硬い繊維と擦れた指紋がざらざらと滑り、機械的に縄をかけるーー極めて義務的な作業として。
ミステリアスな切れ長の目の回りはほんのり赤らんで、手元を確かめる瞳は真剣だが焦点が怪しい。酔いがまだ残っている筈だが、両の手は迷ったり滞ったりする事はなくあくまで酷薄に、刻一刻とこちらの自由を奪ってゆく。
これがもし、彼の形のいい唇から程よい低音で発せられる、心地よいテンポの罵りと嘲りの言葉を浴びながらだとしたらーー想像しただけでくらくらするような興奮と渇きを覚える。
触れるたびに煮えたぎり溶け落ちてしまいそうな肌の熱ーーこの手がさらに自身の鋭敏な部分を擦り内奥を蹂躙するのは一体どんな感覚かーー人生で体験した事のない恍惚と至福を想像しただけで暴走しそうになるが、異性しか知らないという彼に見限られまいと、これでも懸命に自制している。
「縛ってやろうか」
互いがまだ着衣で距離を計りあっていた数時間前ーー彼は何を思ったがふとそう言い出して、ロープの縛り方なら百種類以上知っていると自慢をし出した。
金や社会的地位や所有物、なんなら恋愛経験の豊富さや性的技量の巧みさを自慢して口説いてくる男は嫌というほど見てきたが、このパターンは初めてだ。
そういうことじゃないーーと笑いながら遮ってもよかったのだが、何だか微笑ましかったので彼の「結び方」にまつわる哲学めいたこだわりをニコニコと聞いてやった。実際に百種類を結び分けられるのかどうかは知らないが、年中何かをひけらかすような男でもなさそうなのでよほど自信があり、自慢なのだろう。
「気持ちは嬉しいよ。でも僕には君が、同性を縛って性的な興奮を得る質には見えないんだけど」
彼の話が途切れたタイミングで、笑みを湛えたまま嗜めるように牽制すると、
「あんただって黙ってりゃ、頭が良さそうで佇まいに品があってーー縛られて悦ぶ変態には見えない」
外観に対する褒め言葉よりも後半のネガティヴな 文句にゾクリとした。
「同性に性的な興味はないんだろう?」
「ない。けど……」
きっぱり言い切った彼の視線が、何かを確かめるようにある種の粘度の高い熱を帯びて自身の身体の線を追っている。
「あんたになら……」
男がそう言って顔を上げた男の真っ直ぐな、濡れた瞳に堕ちた。いやおそらく、こちらは出会った時から既に。
「ずっとあんたを見てた。何故だか目が話せなかった」
相手は相当酔っていて、正常な判断力を有しているとは言い難い。好奇心を満たした翌朝、正気に帰って後悔することになるのだろう。
が、今夜のこの機会を逃したら、望んでも抱かれることは叶うまい。
ーーああ君よ。叶うなら堕ちて来いーー
ミステリアスな切れ長の目の回りはほんのり赤らんで、手元を確かめる瞳は真剣だが焦点が怪しい。酔いがまだ残っている筈だが、両の手は迷ったり滞ったりする事はなくあくまで酷薄に、刻一刻とこちらの自由を奪ってゆく。
これがもし、彼の形のいい唇から程よい低音で発せられる、心地よいテンポの罵りと嘲りの言葉を浴びながらだとしたらーー想像しただけでくらくらするような興奮と渇きを覚える。
触れるたびに煮えたぎり溶け落ちてしまいそうな肌の熱ーーこの手がさらに自身の鋭敏な部分を擦り内奥を蹂躙するのは一体どんな感覚かーー人生で体験した事のない恍惚と至福を想像しただけで暴走しそうになるが、異性しか知らないという彼に見限られまいと、これでも懸命に自制している。
「縛ってやろうか」
互いがまだ着衣で距離を計りあっていた数時間前ーー彼は何を思ったがふとそう言い出して、ロープの縛り方なら百種類以上知っていると自慢をし出した。
金や社会的地位や所有物、なんなら恋愛経験の豊富さや性的技量の巧みさを自慢して口説いてくる男は嫌というほど見てきたが、このパターンは初めてだ。
そういうことじゃないーーと笑いながら遮ってもよかったのだが、何だか微笑ましかったので彼の「結び方」にまつわる哲学めいたこだわりをニコニコと聞いてやった。実際に百種類を結び分けられるのかどうかは知らないが、年中何かをひけらかすような男でもなさそうなのでよほど自信があり、自慢なのだろう。
「気持ちは嬉しいよ。でも僕には君が、同性を縛って性的な興奮を得る質には見えないんだけど」
彼の話が途切れたタイミングで、笑みを湛えたまま嗜めるように牽制すると、
「あんただって黙ってりゃ、頭が良さそうで佇まいに品があってーー縛られて悦ぶ変態には見えない」
外観に対する褒め言葉よりも後半のネガティヴな 文句にゾクリとした。
「同性に性的な興味はないんだろう?」
「ない。けど……」
きっぱり言い切った彼の視線が、何かを確かめるようにある種の粘度の高い熱を帯びて自身の身体の線を追っている。
「あんたになら……」
男がそう言って顔を上げた男の真っ直ぐな、濡れた瞳に堕ちた。いやおそらく、こちらは出会った時から既に。
「ずっとあんたを見てた。何故だか目が話せなかった」
相手は相当酔っていて、正常な判断力を有しているとは言い難い。好奇心を満たした翌朝、正気に帰って後悔することになるのだろう。
が、今夜のこの機会を逃したら、望んでも抱かれることは叶うまい。
ーーああ君よ。叶うなら堕ちて来いーー
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