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永久の別れ
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しおりを挟む季節は少しだけ進んで、六月。
私は午前中から張り切って、稀人二人を押し退け台所に立っていた。
食材は昨日、南天さんと買い込んだ。
あとは自分の腕次第だ。
何日も前から準備していた計画表を冷蔵庫にマグネットで留めれば、それに目を通した豹馬くんが唖然としていた。
「こんなに作って誰が食べる。のですか」
「玉彦。とその他大勢」
シンクの下からありったけの大小さまざまなボールを出して、須藤くんに渡す。
今日は玉彦の二十三回目の誕生日だ。
正武家では誕生日を祝う習慣が皆無で、初めて彼の誕生日を一緒に過ごした高校三年のとき。
朝餉に澄彦さんがおめでとうだけ言って終わったことに私はカルチャーショックを受けたのだった。
だから学校へ行く前に南天さんにお願いをしてケーキ作りの材料を揃えておいてもらって、帰宅してすぐに作り始めて、夕餉の席で玉彦にロウソクの火を消させた。
バイトをしていなかった私のお財布の中は寂しいものだったので、誕生日プレゼントは一日遊んであげる券一枚だったけれど、受け取った玉彦は嬉しそうだったのを覚えている。
ちなみにその券は未だ使用されずに、中一の頃の私と写した写真と共に写真立てに飾られていた。
大学生になるとその券は通山一週間滞在券に変わっていて、その券は誕生日の次の日に使用していた。
「だからってこの量は異常でしょ……」
豹馬くんに続き須藤くんまでが連れないことを口にする。
私は今朝お祖父ちゃんの家から勝手に持ってきた卵の数を確認して、料理ごとに振り分ける。
「うるさいわね。手伝わないならどっかへ行ってちょうだい。こう見えても新婚一年目なんだから今張り切らないでいつ張り切るのよ。朝昼晩と手料理を振舞えない妻の気持ちを考えたことあるの!?」
私が振り向きざまに二人を睨み付けると、彼らは大人しくなった。
正武家では稀人が食事の準備をするので、せっかく花嫁修業をした私の出番はほぼない。
ごく稀に夜中にお役目で帰って来た玉彦が何か食べたいと言わない限り。
「上守さんって最近暴君だよね……」
「いや、あれぞ上守だろ……。思い出せ、あの二年続いた女装喫茶を」
二人の隠すつもりのない呟きは私の背中に届くけど気にしない。
このお屋敷では遠慮していると私はお人形さんになってしまう。
好きにして良い、とこの母屋の主に許可をされた私は正武家の慣習を乱さない程度に好き勝手している。
最初に庭に畑を四畳ほど作り、じゃがいもを植えた。
光次朗叔父さんが手伝ってくれてそれはもう立派に出来上がり、土も入れ替えて、柵まで作った。
それを見た玉彦は固まっていたけれど、駄目だとは言わない。
男に二言はないから。
畑見学に来た澄彦さんは大爆笑だった。
「豹馬くん、にんにくと生姜摩り下ろして。須藤くんはそこの玉ねぎ、みじん切りして」
二人は無言で作業に取り掛かった。
私はお鍋に水を入れて火にかける。
今日は楽しい一日になる。
自然に笑顔になって、幸せを噛み締める。
朝から台所を私が占領していたので、お役目に一区切りつけた当主と次代の昼餉は今日だけ私が作った。
すみひこ、たまひこ、ひわことケチャップで描いたオムライスを前に、澄彦さんはスマホで写メを撮り、玉彦は無言だった。
でも豹馬くんの焼きそばの時の様に水で流し込むことはなく、残さずに食べてくれた。
三人で食後のお茶を啜り、開け放っていた障子の向こうに視線を向けると、紫陽花が目を楽しませる。
「さて、午後だが。僕は久しぶりに時間が空いたから出掛ける。夕方には戻る」
私は知っている。
空いたんじゃなくて、空けたってことを。
澄彦さんはこれから月子さんに会って、玉彦への誕生日プレゼントを買いに行くのだ。
昨日の夜、月子さんがこっそりメールで教えてくれた。
私が恥ずかしい勘違いをした月子さんは、四月の祝言で初めて顔を会せたとき、言葉を詰まらせて号泣しつつ、息子を宜しくお願いしますと頭を下げた。
写真で見るよりも箆棒に美人で、そんな人が号泣するものだから私は白無垢姿でおろおろするしかなかった。
ちなみに月子さんが来ることを知らなかった澄彦さんは披露宴の席で、自分の隣に用意された席に首を傾げていたけど、玉彦の母親代わりだった教育係の竹婆が座るのだろうと思っていたらしい。
そこへ彼女が現れて当たり前の様に座ると、あの澄彦さんが動揺のあまり杯を何度も引っくり返すという失態を犯して玉彦の笑いを誘った。
それから、月子さんと私は時々メールをしていた。
他愛のない内容だったけれど、彼女は澄彦さんや息子の近況を知ることが出来て喜んでくれていた。
で、今日の玉彦の誕生日。
離縁はしているけど、初めて一緒に息子へのプレゼントを買いに行くとハートマーク溢れるメールが届いていた。
「私は書庫で調べ物があります」
玉彦は最近、ようやく澄彦さんの顛末記に目を通すようになった。
私情が入り過ぎる澄彦さんの顛末記を敬遠していたけれど、中川さんの一件から変わった。
古い顛末記はあくまでも古く、海を越えて来てしまう禍に対して少しでも知識を増やそうとしているみたいだ。
正武家にもグローバル化の波が来ている。
「私は台所にいます」
そう言うと二人は然もありなんとオムライスがあったお皿に視線を落とした。
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