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永久の別れ

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 玉彦の誕生日会は、夜に皆で祝った。
 母屋の大きい座敷を解放して、いつもの面々と御門森の竜輝くんや紗恵さん、私のお祖父ちゃん一家も招待した。
 須藤くんのお家も。
 私が腕によりをかけた料理の他に、紗恵さんや夏子さんも持ち込みしてくれてお正月みたいだった。
 須藤くんのお母さんは、今日は呑むぞー!と宣言して、お酒をたくさん運び入れた。

 本日の主役と書かれた襷を掛けた玉彦は、苦笑いしつつお酒を呑んでいたけれど満更ではないようで裏門から招待客を送り出す時には、一人一人丁寧にお礼をしていた。
 折り紙の花束をプレゼントした希来里ちゃんにはほっぺにチューすらしていた。
 相当お酒が回っている証拠だ。

 台所で後片付けが終わり、私はホッと一息ついて椅子に腰かけた。
 すると手伝ってくれていた須藤くんがお疲れ様と麦茶を入れてくれる。
 豹馬くんと南天さんは招待客を送っているので、今は台所で須藤くんと二人きりだ。

「須藤くんもお疲れ様でした。色々とありがとう。助かりました!」

「毎年するの?」

「もちろん。玉彦が還暦になってもするわ」

 私の宣言に彼は苦笑しつつ、自分のグラスに注ぎ入れた麦茶を一気に飲み干した。

「じゃあ、僕は戻ります」

「うん、おやすみなさい」

 私も台所の電気を消して部屋へと戻ろう。
 上機嫌にほろ酔いの旦那様が待っている。

 立ち上がってスイッチを切った瞬間、急な眩暈に私はそのまましゃがみ込んだ。
 吐きそうなほど目が回り、立っていられない。
 お酒は呑んでいないので酔っているわけでもない。
 両目にズキンズキンと痛みが走る。
 知らずに手を濡らした涙を見れば、真っ赤だった。

「なに、これ……」

 ぼたぼたと目から落ちる赤い涙は、血だった。
 薄い薄い涙のような血は、すぐに収まって透明に変わる。
 私は両手を滲ませた血の涙に不吉な予感がして、走った。
 これは身体に何かがあった訳ではなくて、神守の眼が何かを訴えているのだと直感した。

「玉彦!」

 名を呼びながら襖を開けると、彼は何事かと寝転んでいたお布団からゆっくりと身を起こした。
 そして血の涙を流した跡が残る私が倒れ込む様に彼の前に座り込めば、すぐに目に触れる。

「なんだ、これは。眼を使ったのか」

「さっき、いきなり流れてきたの。だから玉彦に何かあったんじゃないかって、私……」

「痛みはないのか。よく見せろ」

 酔いが吹っ飛んだ玉彦は、私の下瞼を下げたりして真剣な眼差しで調べる。
 けれどもう涙は止まっていて、出てくるのは透明だった。
 それでも意識せずに出てくるのはおかしい。

「目を閉じ、そこに横になっていろ。竹婆を連れてくる。場合によっては九条だ」

「わかった……」

 言われるがままお布団に寝て、しばらくすると竹婆と澄彦さんが部屋へと入って来た。
 けれど何が原因なのか解らずに、私たちは朝を待って御門森の九条さんを訪ねることにした。


 朝方。


 私のスマホが着信を知らせる音で目が覚めた。
 こんな朝っぱらから、誰が。

 隣を見れば玉彦が薄目を開けている。
 枕元のスマホを手に取ると、見たことも無い番号が表示されていた。
 本当にこんな番号、見たことがない。
 普通の携帯でもなく、市外局番から始まるにしても長い番号数字。
 
 これは、なんだろう。

 鳴り続けるスマホを玉彦に見せると、海外だと呟いた。
 海外と知り、思いつくのは両親だ。
 先日お母さんが体調を崩したお父さんを心配して、ヒカルを連れてアメリカの田舎へと一週間の予定で旅立った。
 一週間くらいだったらヒカルは鈴白村のお祖父ちゃんか私のところで預かるよ、と言ったのに迷惑は掛けられないとお母さんは遠慮してしまった。
 もしかしてお父さんに何かあったのだろうか。
 もしかして昨日のあの血の涙って……。

 慌てて通話をスライドさせると、男の人が何かを言っている。
 でも早口な英語でよく解らない。
 とりあえず上守比和子か?と聞いていることだけは聞き取れたので、イエスと答える。
 すると怒涛の英語が私を襲って、見かねた玉彦が代わってくれた。
 玉彦は横になったままやる気のなさそうに話をしていたけど、驚いたように目を見開いて私を見る。

 私は呑気に、玉彦ってすごいなーと感心していた。
 日本から出ることないくせに英会話が出来ている。
 私は聞き取れるけど、上手くは話せない。
 むしろ正しく聞き取れているのかどうかも怪しい。
 文字になれば理解できるけど。

 玉彦は何故か立ち上がって、部屋の中を歩きながら話を続けていた。
 時折口調が強くなり、怒っているようでもある。

 ようやく通話が終わった玉彦は、座り込んでいる私を見て一瞬だけ目を逸らせた。

「玉彦? お父さんに何かあったの?」

 玉彦は座っていた私を黙って抱きしめるけど、何も教えてくれない。

「ねぇ、玉彦!」

「……ここで暫し待て。父上のところへ行く」

「待ってよ!」

 私から身を離した玉彦は、何も語らずにスマホを持ったまま部屋から出て行ってしまった。
 残された私は黙って待つことが出来ずに、数分してから玉彦を追い駆けた。

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