私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第五章 くらんど

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 玉彦が片手で口元を隠し呟けば、脳が揺さぶられ眩暈がする。
 そして口元を隠していた手の指先が私の唇を撫でる。

「……玉彦」

 名を呼べば唇が重ねられ、熱い水蒸気のような何かが身体に入る。
 そして急激に踝が痛み始め、私は後部座席で暴れる。
 それでも玉彦は私を離さずに、注ぎ続ける。

 ようやく玉彦が私から離れたのは、石段前に車が停止したときだった。

「……痛い」

「すまない。だが、こうするしか手が無かった。南天、比和子が此度の依代に目覚めた。すぐに父上を起こしてくれ」

「……痛くて、歩けない」

「俺が連れて行く。暴れるなよ」

 了解の代わりに、玉彦の首に抱き付いた。
 私は蔵人なんて知らない。
 私が待っていたのは玉彦。
 蔵人なんて待っていない。
 それでも何故かあの隠を思い出すと、胸が痛む。

「絶対に、私を離さないで。玉彦」

 揺れている気持ちは、私ではない誰かの気持ち。
 隠に惹かれているのは、私ではない誰か。




「あーこれはまた見事に。今、どっちなの。比和子ちゃん? 鈴白の君?」

「比和子です……」

 当主の間で澄彦さんは横になる私を覗き込んでしげしげと観察する。
 そして玉彦を手招きで呼ぶと、口を尖らせる。

「どうしてこうなる前に気が付かなかった。お前は素人か」

「申し訳ございません」

「甘いんだよ。比和子ちゃん、君もね。南天もだ。自分たちが置かれている立場を理解していない。三人の点と線が伸びるほど関知し辛くなる。これでは駄目だ。場替えを行う」

「父上!」

「下がれ、玉彦。彼女は今夜からこの澄彦が預かる。側役は宗祐。端役に豹馬を置く」

「……承知いたしました」

 悔しそうに頭を下げる玉彦。
 手を伸ばし、頭を撫でればこちらを見て唇を引き結んだ。

「宗祐。彼女を奥の間へ。それと豹馬を呼べ。玉彦、南天。今から鳴黒の鬼の敷石へいけ。もう時間が無い」

 私はこれでもかというほどの毛布に包まれ、宗祐さんに抱き上げられると、まだ踏み込んだことのない澄彦さんの母屋の奥へ運ばれる。


「宗祐さん……。私、どうなっているんでしょうか?」

「奥の間で落ち着かれましたら、澄彦様よりお話があります」

 ゆらゆら揺れて辿り着いた奥の間は、意識がぼやける私を覚醒させるほどの驚きを与えた。
 純日本家屋のこのお屋敷で異彩を放っている。
 そこはものの見事に洋室に改装されていた。
 しかもかなりのファンシー。
 小町の部屋のようにピンクとレースが溢れている。
 そして久々に見るベッドはキングサイズの天蓋付き。
 なんで、こんな部屋が……。

「澄彦様の奥方がご使用されていたお部屋でございます」

 だから、奥の間なんだ……。
 ふわっふわのベッドに降ろされて毛布から脱出した私は、天井を見上げる。
 星とお月様がある。
 玉彦のお母さんって一体……。

「あとから豹馬が参ります」

 宗祐さんはそう言って部屋を出て行くと、入れ替わりに澄彦さんが入ってきて、ベッドに腰掛ける。
 少し汗ばむ私の前髪を触り、しかめっ面。
 珍しく怒っている。

「どうやら君たちを甘やかし過ぎていたようだ。地に足が付かない息子と、自覚のない娘。父はこれから先が思いやられます」

「すみません……」

「君は今、とても危ういところにいる。自覚がないようだけど媒介体質にあるようだ」

 媒介体質。
 思い起こせば私が御倉神に触れている時、その姿を他の人は視ることが出来る。
 でも最近は何かの気配を感じたりすることも多かった。

「この地に入り、上守の血が目覚めつつあるんだろうね。厄介だな。もう役の任は解いたというのに。今回は君の感情の揺れが、鈴白の君と呼ばれる者と重なった。シンクロしてしまったんだろう」

「……私はどうすればいいですか?」

「先ほどは息子が上手く追い出したようだ。でも君が自分の意思を伝えられる身体だと知った鈴白の君は纏わりついて来るだろうね。それでだ。本当は南天が適役だが、あれは息子と行動を共にするから、豹馬を君の横に置く。豹馬は南天ほどではないが、役に立つ」

「……はい」

 あぁ、折角亜由美ちゃんと楽しい夏休みになるはずだったのに、私がまた邪魔をしてしまった。

「君自身に追い出す力がないから、誰かに追い出してもらうしかない。でもそれは僕か息子にしか出来ない。君は正武家の者になってしまったから。だからそうなる前に豹馬に追い払わせる」

 車内でのあの出来事は、追い出すための儀式。
 玉彦ならともかく、澄彦さんにあんなことされるの!?
 私は自分の頬が紅潮していくのがわかった。

「ちなみに僕の場合は、肩を叩くだけです。息子のように素人ではありません」

 澄彦さんは何故かふくれっ面で、私の鼻を抓んだ。

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