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九皿目 エゴイズム幸福論
51(sideアゼル)
しおりを挟む部屋を出てから俺は、自分の執務室へ向かっていた。
勇んで出ておいて恥ずかしながら、アイツの前の部屋も、厨房も、よく行く場所も、なにも知らなかったのだ。
自分の執務室ならなにかそれらしい手がかりがあるかもしれない。
なんせ俺は相当アイツを愛していたみたいだからな。
そんな気持ちで執務室へたどり着く。
どこか懐かしい扉。
俺は逃げるように、ほとんどこの部屋にいたんだ。
ガチャ、とその扉を開くが、部屋の中には誰もいなかった。
当然だ。主は俺で、唯一いるかもしれないライゼンは俺の仕事も肩代わりしていて、朝は玉座の間で報告を受けている。
キョロキョロと見回すが、特に変わったところはなかった。
本棚の本はそれなりに変化しているが、いつも使っている書斎机も相変わらずあった。
机を漁っていると、ふと窓際の日に当たるところに植木鉢を見つけた。
強い結界が張ってあって、植木鉢には不釣り合い。
そこに植わっていたのは、ピンクのグラデーションの蕾をした、茎の細い背の高い花だ。
薬効がある薬草の花だとかなら覚えているが、その花には見覚えがない。
だが、その花は萎れていて、大きな蕾は痩せた茎では重さに耐えられなかったのか、土の上に落ちていた。
そっと近寄って眺める。
蕾はやはり完全に落ちていて、もう駄目だろう。
水やりを怠ったのか、土は乾いている。
添え木をしてあったが、これでは仕方がない。
ここにあるということは、俺が育てていたのだ。結界の魔力も俺のもの。
だが、それを知らない俺は、こうして枯らしてしまった。
「……手遅れだな……」
せめて咲いてから忘れればよかった。
立派な蕾は、咲けばとても綺麗だっただろうに。
ズキ、と胸が痛む。
忘れたばっかりに、俺は日に日に枯れていくこの花を知ることはなかった。
忘れていなければ、この花はここで凛としていたはずだ。
(──あぁ、そうか……忘れてしまうというのは、こういうことか)
自分が大事にしていたものだと気がついた時には、もう手遅れなんだな。
胸の痛みが強くなる。
手遅れ、なのか?
アイツも……、いや、そんなことはない。
花とは違うんだ。いくら貧弱な人間とはいえ枯れたりしない。
(まさか俺のせいで、ここを出ていったりしてないよな……?)
ゴク、と唾を飲む。血の気が引く。
俺は焦った。
仲違いしたままさよならなんて、そんなのあんまりじゃねえか。
焦りのままに窓をガタッと開いて、そこに足をかけて外へ飛び降りる。
「ふっ」
ヒュゥゥゥゥ…………、と風を切る音が耳をくすぐり、ドンッ! と足を着けた。
最上階の部屋だが、多少地面を抉りつつも、こともなげに俺は着地する。
だって下は土だ、柔らかい。遮る木もないし、仮に足が折れても数秒で健康体だ。
たぶんつま先とかで着地しない限り折れないが。
それよりもこれで階段を使うロスタイムを減らせる。
地位の高い者たちしかあまり来ない上階より、下のほうが可能性が高い。
厳戒態勢なので当然警備をしていた陸軍軍魔達がいたが、突然降ってきた俺が魔王と気がついてポカンとしていた。
俺はなるべく目を合わさないようにして、パタパタとかけてくる奴らを手で制する。
「……散歩中だ。俺に構うな」
少し考えてそう言うと、冷たい言い方になってしまう。
おかげで軍魔たちは身を硬くして、慌てて散っていった。
それでいいんだが、決まりが悪い。
俺は別に……ただ〝なにかあったわけではなく散歩をしているだけだから放っておいてくれて構わねぇよ〟ということを伝えたかっただけだ。
長々とするのは駄目だし、すぐに返さないと変だと思って、簡潔に言ったらああなった。
顔が仏頂面なのは普通で、声が冷たいのは緊張するから。
「……話し方の、トーン……か……。あ、明るく……、……チッ……」
ぼんやりと少しだけ立ち尽くした後、目的を思い出して早足にアイツのいそうなところを考えながら、その場を後にした。
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