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九皿目 エゴイズム幸福論

52(sideアゼル)

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 俺は、アイツを探して焦りのままに、足早に食堂を目指していた。

 アイツはお菓子屋さんをしていると言っていたからだ。

 この一週間聞いた長い話では、食堂にお菓子を卸しているらしい。

 部屋に戻りたくなくても、仕事なら待っていればくるだろう。

 遅くなるかもしれないが、執務室では手がかりが見つけられなかったから致し方ない。

 そう思っていた。
 早くしなければと急いていても、それしかできない。

 だが、突然キィキィと甲高い鳴き声が中庭から響いて、俺は方向を変えそっちへ向かった。



 中庭には城下街にある店舗ほどの大きさの建物があった。

 それに魔王専属従魔であるカプバットたちが集まって、大きな単眼に涙をためて入り口の辺りで取り乱している。

 俺はどうしていいかわからないが、部下が泣いているのは無視できない。

 すぐに駆け寄って声をかけた。

「オイ、お前ら……」
「! マオウサマ! タイヘン、デス! シャル、イナイ、オカシ、ナイ、ヘン! ヘン!」

 人一倍ボロボロと涙を零しているカプバット──たしかアイツがマルオと呼んでいた部屋付きの従魔が、いの一番に訴える。

(イナイ──……いない……?)

 ドク、と大きく胸が鼓動した。

 すぐには言葉が吐けなくて黙る俺に、マルオは更に状況を話す。

「シャル、キョウヘヤイナカッタ! ダカラオカシ、ツクッテル、オモッタ。マルオタチ、イツモオテツダイスル、ショクドウ、オトドケ! デモ、デモ、オカシナイ……シャル、イナイ……イナイ……キィィ……!」
「キィ、キィ!」
「イナイ、シャルイナイ」
「マオウサマ! タスケテクダサイ!」
「クダサイ!」
「キィィ……!」

 マルオの言葉に続いて、同じく手伝いをしていて交流のあるらしいカプバットたちが、パタパタと俺の周りを飛び交って訴えた。

 呆然とする頭の中で、どうにか話を組み立てる。

 部屋にいなかったのは俺も知っている。
 だが前の自室へ行くと言っていたが、そこにもいなかったのだろうか。

 そして毎朝手伝いにくると知っているのに、厨房にもいない。仕事もしていない。

 しかし、アイツはそんな不実な男ではない筈だ。

 だって俺が記憶喪失になっても、付きっきりでいれば治るものでもないと、笑って毎日働いていた。

「…………」

 黙って、扉の中を覗き込む。

 どこもおかしなことはない。荒らされた様子も壊れたところもない。
 主のいないもぬけの殻で、静まり返っている。

 あぁ、なるほど。
 そうか。

「……アイツも、手遅れ……か」

 夢の中で、俺が言っていたとおりだ。
 すぐに追いかけて、謝らなければならなかったんだ。

 間違って間違って、どうして俺が正解するまで待っていてくれると思ったんだ。

 厨房を見ないよう振り返って、晴れた空の下へサクサクと地面を鳴らし歩く。

「マ、マオウサマ……シャル……イタ……?」
「もういない。……俺がいなくていいと言ったから、出ていったんだろ。クク、せいせいする。貧弱な人間なんて、魔界にいたって邪魔なだけ。死ぬ前に消えたのは、懸命な判断だ」
「!」


 どうして──明日があるなんて、思ったんだろう。


「……記憶も、アイツも、ないほうが幸せだ」


 俺もアイツも、嘘吐きなのに。




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