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九皿目 エゴイズム幸福論

20(sideアゼル)

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 そっと元通りに端っこに乗ろうと思ったが、本人いわく人間型抱き枕らしい男の寝姿が、変わっているような気がした。

 月明かりがあまり入らない夜だからよく見えないが、起こしてしまっていたのかと少し心配になる。

「……オイ、起きてんのか……?」

 囁くように確認すると、思ったより素っ気ない声が出た。

 そんなつもりはない。
 起きていて、冷たいやつだと思われたら嫌だ。

 だが起きた様子はなく、顔をのぞき込んでみるとにへらと相変わらずのアホ面を晒して眠っていた。

「寝てんのか……、……よかった……」

 起こしてなくてよかったとホッと胸をなでおろして、俺は元の位置に潜り込み、背中を向けて眠ることにした。

 記憶を失って不安や困惑でなかなか眠れないかと思ったが、ノーテンキな寝顔を思い出すとそんなことはない。

 愛することは上手にできないけれど、せめてできるだけ傷つけずに、怯えられずに、そばにいられたらいい、と。

 もう枯れ果てたはずの〝期待〟というものを思い出させる、不思議な男。

 かすかな月明かりの中、俺はとろりとした微睡みを経て、眠りの世界へ落ちていった。



 ──俺が忘れたひとは、器用に笑うことができる、本当はとても不器用なひとだった。

 誰かを想ったワガママはいくらでも言うくせに、自分の為だけのワガママは……上手に言えないひとだった。

 そんなアイツが、冗談と強がりで隠そうとしたもの。
 心臓の奥の愛情の裏にある、ほんの小さなエゴイズム。


 俺がお前を愛していたこと。
 お前が俺を愛していたこと。

 どうか、忘れないで。

 どうか、どうか心続く限り。
 俺だけを愛していてください。


 たったそれだけのワガママを、言われたことすら覚えていない俺は、簡単に諦めろと言う。

 あの時どんな気持ちで祈ったのか。
 どんな気持ちで泣いたのか。
 どんな気持ちで笑ったのか。
 どんな気持ちで誓ったのか。

 どんな、どんな、どんな。

 どんな気持ちで──愛したのか。
 そんなことも思い出せない。

 忘れたものはそういうもの。

 アイツが毎日心の甘いところを選んで千切って、俺の中に詰め込んでくれていた、幸福の塊。

 毎日毎日、心を千切って。
 毎日毎日、俺に詰め込む。

 俺の記憶は、そんなアイツの心だった。

 それを痛いほどわかっていたから、いつだって自分の心を千切って、お前の欠けたところを埋めていた俺。

 俺たちはそうやって、お互いの甘い心を分け合って寄り添っていたのに。

 アイツはある日突然、たくさんたくさん捧げ続けた心を奪われ、抉れた心は泣いている。

 それでもなにも変わらずに、心を千切り微笑み続けるアイツ。

 大丈夫、もう一度あげるよ。
 これが優しさ。
 これが幸せ。
 これが笑顔。

 そう言って贈ることを躊躇しないアイツだから。

 いつか心がなくなってしまう。
 自分の分がなくなってしまう。

 それでもきっと、最後のひとかけらまでも、アイツは笑って俺に詰め込むのだろう。

 俺が忘れたひとは、そういう愛し方をするひとだった。






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