上 下
468 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

20(sideアゼル)

しおりを挟む


 そっと元通りに端っこに乗ろうと思ったが、本人いわく人間型抱き枕らしい男の寝姿が、変わっているような気がした。

 月明かりがあまり入らない夜だからよく見えないが、起こしてしまっていたのかと少し心配になる。

「……オイ、起きてんのか……?」

 囁くように確認すると、思ったより素っ気ない声が出た。

 そんなつもりはない。
 起きていて、冷たいやつだと思われたら嫌だ。

 だが起きた様子はなく、顔をのぞき込んでみるとにへらと相変わらずのアホ面を晒して眠っていた。

「寝てんのか……、……よかった……」

 起こしてなくてよかったとホッと胸をなでおろして、俺は元の位置に潜り込み、背中を向けて眠ることにした。

 記憶を失って不安や困惑でなかなか眠れないかと思ったが、ノーテンキな寝顔を思い出すとそんなことはない。

 愛することは上手にできないけれど、せめてできるだけ傷つけずに、怯えられずに、そばにいられたらいい、と。

 もう枯れ果てたはずの〝期待〟というものを思い出させる、不思議な男。

 かすかな月明かりの中、俺はとろりとした微睡みを経て、眠りの世界へ落ちていった。



 ──俺が忘れたひとは、器用に笑うことができる、本当はとても不器用なひとだった。

 誰かを想ったワガママはいくらでも言うくせに、自分の為だけのワガママは……上手に言えないひとだった。

 そんなアイツが、冗談と強がりで隠そうとしたもの。
 心臓の奥の愛情の裏にある、ほんの小さなエゴイズム。


 俺がお前を愛していたこと。
 お前が俺を愛していたこと。

 どうか、忘れないで。

 どうか、どうか心続く限り。
 俺だけを愛していてください。


 たったそれだけのワガママを、言われたことすら覚えていない俺は、簡単に諦めろと言う。

 あの時どんな気持ちで祈ったのか。
 どんな気持ちで泣いたのか。
 どんな気持ちで笑ったのか。
 どんな気持ちで誓ったのか。

 どんな、どんな、どんな。

 どんな気持ちで──愛したのか。
 そんなことも思い出せない。

 忘れたものはそういうもの。

 アイツが毎日心の甘いところを選んで千切って、俺の中に詰め込んでくれていた、幸福の塊。

 毎日毎日、心を千切って。
 毎日毎日、俺に詰め込む。

 俺の記憶は、そんなアイツの心だった。

 それを痛いほどわかっていたから、いつだって自分の心を千切って、お前の欠けたところを埋めていた俺。

 俺たちはそうやって、お互いの甘い心を分け合って寄り添っていたのに。

 アイツはある日突然、たくさんたくさん捧げ続けた心を奪われ、抉れた心は泣いている。

 それでもなにも変わらずに、心を千切り微笑み続けるアイツ。

 大丈夫、もう一度あげるよ。
 これが優しさ。
 これが幸せ。
 これが笑顔。

 そう言って贈ることを躊躇しないアイツだから。

 いつか心がなくなってしまう。
 自分の分がなくなってしまう。

 それでもきっと、最後のひとかけらまでも、アイツは笑って俺に詰め込むのだろう。

 俺が忘れたひとは、そういう愛し方をするひとだった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

処理中です...