277 / 901
四皿目 絵画王子
35
しおりを挟む──真っ暗な闇の中にいた。
方向感覚を狂わせるようにどこまでも続く先の見えない闇に、俺はどうすることもできず漂うしかない。
どれくらい漂っていたのか……。
不意に、闇の向こうからなにかがやってきた。
軽快な音楽が聞こえる。
キコキコと油を刺していないハンドルを回したような音も共にだ。
近付いてきたのは、関節の歪んだ、細く長い、道化師だった。
派手な服を着て首も手も足もくねらせながら、四本の腕で器用にアコーディオンを鳴らし、藁人形を踊らせていた。
不格好に跳ねるだけのダンスをする藁人形。それは不可思議で、チグハグの組み合わせ。
だが首を傾げたくとも、俺にはそれを眺めることしかできない。
ヒョコ、ヒョコ、と藁人形は跳ねる。
ペイントされた笑顔の仮面をつけた道化師と、調子外れなノリのいい音楽がパーティーだ。
そこへ突然、闇の中から飛び出してきた黒い子犬が、小さな身体で藁人形を追いかけ始めた。
くぅん、くぅん、と鳴きながら必死に子犬は縋るが、追いかけても追いかけても藁人形は道化師の操る糸で逃げていく。
それはそうだ。
子犬に操り人形の仕組みなんて、わからないだろう。
気の毒に。ショーを続ける道化師なんて見えてないのか、子犬はただ藁人形だけを追いかける。
道化師は追いすがる子犬をいくらか弄んで、嘲笑うようにスルスルと紐を引き、藁人形をその手に収めた。
子犬は、藁人形がいなくなって、闇の中を必死に探している。
地面を見つめ、子犬はどんどんと的はずれな場所へと、藁人形を探して這う。
道化師は、そのにこやかな仮面のままに、藁人形を地面に置いた。
子犬が藁人形に気がついて、走り出す。
だが、道化師は操り紐の代わりに手にした五寸釘を、ガツンと藁人形の胸に打ち付けた。
──痛い……ッ!
胸に突き刺すような痛みを感じる。
子犬の目の前で、なんて惨いことを。止めたくても、俺にはどうすることもできない。
ガツン、ガツンと打ち付けられる藁人形を、子犬は唖然と見つめ、ポロポロと涙をこぼして藁人形の前に座り込んだ。
道化師は腹を抱えて音もなく笑い、次に新しい藁人形を取り出して、これみよがしに子犬の前で音楽に乗せて跳ねさせる。
しかし子犬は新しい藁人形に見向きもせず、地面に縫い付けられた哀れな藁人形だけを、涙ながらに見つめている。
そのうちにつまらないのか、道化師はまたショーを続けながら去って行った。
あんなに必死になるほど、子犬にとってはあの藁人形が大切だったのか。
他の人形ではだめだったのか。
子犬の力ではどうしようもない姿の藁人形を見つめて、俺は胸が苦しくなった。
──ふと、体が動いた。
身体があるのかすらよくわからなかった闇の中、俺は腕が動くことに気がついた。
一歩踏み出し、二歩踏み出す。
ゆっくりと歩み、泣いている子犬の隣にしゃがみこんで、釘を抜こうとしたが、手がすり抜けて触れられない。
もどかしい気持ちで、子犬を慰める。
『ゴメンな……これはもうだめだ、諦めろ。お前ももう泣いてないで、どこかで他の藁人形を貰っておいで。ここにいたって、どうしようもないぞ』
頭をなでてやろうとしたが、やはりすり抜けた。
子犬は俺の言葉も聞こえていないのか、ボロボロと泣き続け、足元に水たまりを作っている。
俺の姿なんて見えていない様子で泣きながらよろりと立ち上がった子犬は、まず五寸釘を抜き取ろうと噛み付いた。
しかし深く突き刺さった釘は、いくら子犬が引っ張ろうとビクともしない。
かわりに口元から血が滲み、子犬はポタリと藁人形に血痕をつける。
それでも子犬は諦めない。
次に、爪を使って藁人形を引っ張り始める。
カリカリと引っ掻いて、噛み付いて、必死に引っ張り、なんとか藁人形を解放しようと奮闘する。
藁人形の藁が飛び出し、紐が緩む。
子犬の爪も牙も血だらけだ。
めげずにグイグイと引っ張るものだから、藁人形は縫い付けられた本体を残して、見るも無残に崩れてしまった。
34
お気に入りに追加
2,669
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる