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四皿目 絵画王子
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しおりを挟む──真っ暗な闇の中にいた。
方向感覚を狂わせるようにどこまでも続く先の見えない闇に、俺はどうすることもできず漂うしかない。
どれくらい漂っていたのか……。
不意に、闇の向こうからなにかがやってきた。
軽快な音楽が聞こえる。
キコキコと油を刺していないハンドルを回したような音も共にだ。
近付いてきたのは、関節の歪んだ、細く長い、道化師だった。
派手な服を着て首も手も足もくねらせながら、四本の腕で器用にアコーディオンを鳴らし、藁人形を踊らせていた。
不格好に跳ねるだけのダンスをする藁人形。それは不可思議で、チグハグの組み合わせ。
だが首を傾げたくとも、俺にはそれを眺めることしかできない。
ヒョコ、ヒョコ、と藁人形は跳ねる。
ペイントされた笑顔の仮面をつけた道化師と、調子外れなノリのいい音楽がパーティーだ。
そこへ突然、闇の中から飛び出してきた黒い子犬が、小さな身体で藁人形を追いかけ始めた。
くぅん、くぅん、と鳴きながら必死に子犬は縋るが、追いかけても追いかけても藁人形は道化師の操る糸で逃げていく。
それはそうだ。
子犬に操り人形の仕組みなんて、わからないだろう。
気の毒に。ショーを続ける道化師なんて見えてないのか、子犬はただ藁人形だけを追いかける。
道化師は追いすがる子犬をいくらか弄んで、嘲笑うようにスルスルと紐を引き、藁人形をその手に収めた。
子犬は、藁人形がいなくなって、闇の中を必死に探している。
地面を見つめ、子犬はどんどんと的はずれな場所へと、藁人形を探して這う。
道化師は、そのにこやかな仮面のままに、藁人形を地面に置いた。
子犬が藁人形に気がついて、走り出す。
だが、道化師は操り紐の代わりに手にした五寸釘を、ガツンと藁人形の胸に打ち付けた。
──痛い……ッ!
胸に突き刺すような痛みを感じる。
子犬の目の前で、なんて惨いことを。止めたくても、俺にはどうすることもできない。
ガツン、ガツンと打ち付けられる藁人形を、子犬は唖然と見つめ、ポロポロと涙をこぼして藁人形の前に座り込んだ。
道化師は腹を抱えて音もなく笑い、次に新しい藁人形を取り出して、これみよがしに子犬の前で音楽に乗せて跳ねさせる。
しかし子犬は新しい藁人形に見向きもせず、地面に縫い付けられた哀れな藁人形だけを、涙ながらに見つめている。
そのうちにつまらないのか、道化師はまたショーを続けながら去って行った。
あんなに必死になるほど、子犬にとってはあの藁人形が大切だったのか。
他の人形ではだめだったのか。
子犬の力ではどうしようもない姿の藁人形を見つめて、俺は胸が苦しくなった。
──ふと、体が動いた。
身体があるのかすらよくわからなかった闇の中、俺は腕が動くことに気がついた。
一歩踏み出し、二歩踏み出す。
ゆっくりと歩み、泣いている子犬の隣にしゃがみこんで、釘を抜こうとしたが、手がすり抜けて触れられない。
もどかしい気持ちで、子犬を慰める。
『ゴメンな……これはもうだめだ、諦めろ。お前ももう泣いてないで、どこかで他の藁人形を貰っておいで。ここにいたって、どうしようもないぞ』
頭をなでてやろうとしたが、やはりすり抜けた。
子犬は俺の言葉も聞こえていないのか、ボロボロと泣き続け、足元に水たまりを作っている。
俺の姿なんて見えていない様子で泣きながらよろりと立ち上がった子犬は、まず五寸釘を抜き取ろうと噛み付いた。
しかし深く突き刺さった釘は、いくら子犬が引っ張ろうとビクともしない。
かわりに口元から血が滲み、子犬はポタリと藁人形に血痕をつける。
それでも子犬は諦めない。
次に、爪を使って藁人形を引っ張り始める。
カリカリと引っ掻いて、噛み付いて、必死に引っ張り、なんとか藁人形を解放しようと奮闘する。
藁人形の藁が飛び出し、紐が緩む。
子犬の爪も牙も血だらけだ。
めげずにグイグイと引っ張るものだから、藁人形は縫い付けられた本体を残して、見るも無残に崩れてしまった。
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