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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
49(sideアゼル)
しおりを挟む『シャ』「ルッ!」
ぼう、と俺を見ている傷だらけのその姿が視界に入った途端、俺はすぐに人型に戻る。
そしてその体を壊さないようにそっと、けれど強く強く抱きしめた。
「シャル……っシャル……っ! 馬鹿野郎……っどうして一人で戦ってるんだよ……っ! どうしてお前は、助けを求めない……っ!」
八つ当たりに近い叱責だ。
自分に降りかかる困難を全て然るべきものだと思う呪いにでも掛かっているのか?
そう思うくらい我慢して、戦う。
心でも体でも傷をつけられたって、シャルは俺と違い嘆くことをしない。
俺はそんなシャルの洗脳された強さが、大嫌いだ。シャルを守れない俺の弱さも。
大嫌いだ。
「今から治癒をかけるから、もう傷一つつけさせねぇから、もう離さないから……ッ」
「……はは、アゼル……」
──こんな時でも、お前は笑うのか。
攻撃に特化した闇の魔力じゃ大した力はないが、それでも俺は懸命にシャルの痛ましく血を流す傷に、治癒魔法をかける。
闇の魔力で包み込んで治れ、治れ、とありったけの思いをこめると、傷はどうにか塞がっていった。
だが、失った血は戻らない。
そしてこの傷が噛み跡だったということも、俺は決して……許さない。
「お前だけは、俺を、まだ……」
切れ切れになにか呟いたシャルの血まみれの頬を、親指でそっとなでる。
そうすると安心したように再度笑って、シャルの意識は血の匂いなんてない優しい夢の中へ落ちていった。
「…………」
ス、と全身から緊張が抜ける。
シャルの美しい瞳がこちらを認識しなくなるやいなや、自分の顔から、表情が消えたことがわかった。
感情を抑えることは、不得意だ。
無理矢理押し込めると、消え去る。
けれど元々、俺はそれほど優しくないんだよ。甘くもなければ、人の気持ちもわからない。
シャルが相手だから必死になって優しくしようと躍起になり、シャルが相手だからシャルの気持ちを考えて考えて、鼓動の回数や心臓の痛みを変化させている。
全部シャルが、大切だから。
俺のそばに、いてもらうために。
シャルを抱いたままふらりと立ち上がり、俯かせた頭の重さに自分の怒りを感じた。
これから俺が言うこと、すること。
シャルには見せたくない。
お前に人らしく豊かな感情を貰った化け物の本性を知れば……きっと今度こそ、嫌われる。
だが、やらない選択肢はない。
だって、これは決定事項で、至極当然なことで、日が落ちれば月が昇るように、風が吹けば木々がそよぐように、そうあること。あるべきこと。
傷を治癒をした魔力で、そのままぐったりとするシャルの体を包み込む。
きっと目を覚ましたとしても、全てを遮断するほどの濃度に練り上げられた魔力に遮られ、外はわずかも見えないだろう。
それでいい。今はおやすみ。
大丈夫。俺が全て終わらせてやる。
──お前を傷つけ痛みをもたらす存在は、末路を知らないままに、影も遺さず消してやるから。
「待たせたな。……俺とも、遊ぼうぜ」
唇からスルリと零れた声。
思っていたより抑揚のない声だ。
そっと顔を上げ、身動きせず逃げることもしない重罪人を睨むこともせず、ただ眺めた。
それらは逃げない……逃げられないのだ。
俺は声を出す者がいると認識したと同時に、全員の影に自分の血を飛ばした。影ごと動きを止める闇魔法。
渦巻く魔力で形作られる自分の体が、ドンドンと獣の姿へと変わっていく。
壁が壊された部屋の中で形態を歪めるからか、バキ、バキ、と床が軋むが、知ったことじゃない。
柔らかな背中にシャルをそっと乗せ、ズル、と巨大な赤い鎌が四本、俺を囲むように伸びる。
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