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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
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「うおぉ……凄い。速い。凄い」
予定を早めて魔王城を発った俺とアゼルは、現在──素晴らしいスビードで、ぐんぐんと森を抜けていた。
いやはや。
言いたいことはよくわかるぞ。
俺だって地上も空も魔物がうじゃうじゃといる魔界で、こんなにもサクサクと移動できるとは思わなかった。展開が早すぎる。
というか、魔物自体ほとんど遭遇しないんだが──……その理由はひとえに、移動手段としてチョイスされた反則級の乗り物にあった。
「アゼル、疲れないか? 大丈夫か?」
「ガルルル、ウォンッ」
うん。さっぱりわからない。
俺は自分がしがみつく黒毛をポンポンとなでて労りながら、渋い顔をした。
アゼルと声をかけて返ってきたのは、低く重厚な獣の吠え声だ。
それは俺のしがみつく巨大な黒い狼から発せられたもので、つまりそう、本日のお車は魔王様である。
(なんというか……勇者が魔王を足に使っていいものだろうか……)
悩ましい心持ちだが、アゼル本人は非常にご機嫌麗しいので仕方がない。
時を遡ること、小一時間前。
本来なら馬車で行くのが通常であるこの世界なので、俺とアゼルは馬車に乗るべく城の門の前へ向かった。
しかし、そこにはなにもなかったのだ。
不思議に思った俺はアゼルに意図を尋ねたが、返ってきた答えが、移動方法は徒歩。
信じ難いだろう?
俺も驚いて聞き返してしまった。
王様が公務で移動するというのに徒歩とは、あんまりじゃないか。
そもそも、人間国の王様はほとんど城を出なかったのだぞ? なのに、魔界では自国の視察すら魔王自らが行う。
国王は城から出るとしても、華美な装飾がされた王家の紋章入りの専用馬車を用いていた。
なのに、魔王は徒歩。
魔王と書いて社畜と読むのだろうか。
俺はアゼルの鬼畜な待遇が信じられなくて、ついドッキリかと石畳をポンポン叩いてしまったくらいだ。
が、アゼル曰く──
『それは人間が脆弱種族だからだ。弱けりゃ王は外に出ねぇけど、魔族は俺が最強だからな。リスクがねぇんだから、視察にも自らが行く。そんでユニコーンやペガサスが引く馬車より、俺が走ったほうが速いぜ』
──ということらしく。
ふふん、とドヤ顔で自分を指差していた。まるで褒められ待ちのワンコのようだ。一瞬耳と尻尾が見えた気がしたが、幻覚だろう。
説明を終えたアゼルは自らが馬車になる気満々で、瞬く間に姿を変えた。
そして現れたのはクドラキオン──要するにとても大きな黒い狼だ。
初めて見た。
アゼルの第三形態である。
これは本来の魔物としての姿らしいが……ガドから聞いていたとはいえ、やはりイヌ科か。幻覚かと思ったが現実だったとは。
けれど説明すると呆気ないが、実際目にするとそうかわいらしいものでもない。
俺が見上げるほど大きな狼だ。
竜ほどではないが、高速道路を走る大型トラックくらいはある。
闇に溶けられると見分けるのは困難なほどの艷やかな漆黒の毛並みは混じりっけなく美しいが、呑み込まれそうだ。
四本の足には、ナイフのような鋭い爪を覆うように濃厚な赤い毛がある。それらは長くしなやかな足の中ほどまで伸びていた。
そして体を薄く覆う黒モヤ。
これが恐ろしい。視認が容易なレベルの、濃密な闇の魔力なのだ。
足の先からは、血液のような色の蔦が四本伸びていて、先端には鋭い大鎌がある。それらは重力に逆らい、自在にゆらゆらと揺れていた。
つまりどこをどう見ても、お車アゼルはただのラスボスなのであった。
祖母の家で飼っていた黒い大型犬と一緒だと思っていたら大間違いなおどろおどろしい威圧感がたっぷりだぞ。
いかに俺が動物に弱い男でも、モフモフしたいなと思っている場合ではないだろう?
砂埃が巻き上がるほど尻尾を振りしきっていたが、ドヤ顔をしているアゼルの気分に水を差してはいけない。
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