上 下
74 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

18

しおりを挟む


 ──それから三日後。

 まだ日も昇りきらない早朝になんだか部屋の外に気配を感じて、俺は目を覚ましてしまった。元々早起きなので眠りが浅くなっていたのだろう。

 コシコシと目元を擦りながら誰かいるのだろうかと扉へ向かい、なるべく静かにガチャリと開く。


「…………」

「ん……? はやいな……おはようアゼル」

「くっ……! お、おはようだ」


 そこにいたのは、アゼルだった。

 すっかりめかしこんでいるアゼルはドキドキと緊張した様子で体育座りをしたまま、絞り出したような声で挨拶を返してくれる。

「うああバレちまったぞ……!」と唸ってもいる。なんだか悔しそうだ。理由はよくわからない。

 予定よりずいぶん早いが……迎えに来てくれたんだな。それは嬉しい。なら、せっかくだから早めに行こう。

 まだ少し残る眠気をパチンと頬を叩いて飛ばし、俺はアゼルに手を差し出した。
 ずっと座っていたらお尻が冷えてしまう。部屋に入って待っていてほしい。


「おい、この手はなんだよ」

「ん? 立ち上がるための補助に掴んでくれ。引っ張る。そして今から着替えて準備をするので少しだけ中で待っていてほしい。おやつがあるぞ」

「ぐぁッ……! 安らかな睡眠を妨げてしまったこの俺に対して手厚い歓迎をするんじゃねぇ……! ホカホカするだろうがッ!」

「あったかいのはいいことだ」


 朝早く待っていてくれた人に対する至極当たり前のことしか言っていないのに、アゼルは真っ赤になってガウッ! と吠える。

 ホットな魔王だと困るのだろうか?

 俺の中指と人差し指の先を両手でギュッと握り立ち上がった彼を見て、小首を傾げる俺であった。




 アゼルを中に引き込んだ俺は、意気揚々と身支度を整えた。

 視察に行くのだが、思っていたより浮かれているらしい。

 気持ちいつもより軽やかに準備が進んでいくな。俺は単純な男である。

 顔を洗って歯を磨きあまり伸びていないヒゲを剃って、一張羅に着替える。日課のストレッチは省く。

 その場でバサッ! と夜着を脱ぐと俺の身支度をじっと見ていたアゼルが眩しそうに両手で目を塞いで、固まってしまった。

 朝日が昇って部屋が明るくなっていたので、眩しかったのだろう。
 仕草がいちいちコミカルでかわいらしい魔王様である。

 俺がふふりと笑うと、彼は早く用意をしろと言ってグルル、と唸った。

 前は行きたくなさそうなことを言っていたが、本当は早く視察に行きたかったのか?

 俺の面倒を見なければいけないから城から出たがらないだけで、アゼルはお出かけ好きなのかもしれない。


「アゼル、待ったか?」

「全然待ってない」


 急いで用意を終わらせると、アゼルは涼しい表情でサッと立ち上がった。

 どうやら落ち着いたみたいだ。しかし待ち時間にどうぞと出したお菓子は、なぜか全てなくなっていた。

 なるほど……お菓子のほうが本命だったか。半日以上空けたくないと言っていたのは、お菓子が食べられないからだな?

 名推理である。
 真実はいつもひとつだ。


「永久凍結からの保存。フッ、この俺にかかれば朝飯前だぜ……」

「? お菓子だけでは足りなかったのか……お腹がすいたなら、朝ご飯を食べるか?」

「そっそういうんじゃねぇっ大満足だ喜びやがれっ」


 大満足らしい。気に入ってもらえて嬉しかった俺は、そっぽを向くアゼルと連れ立ってご機嫌に廊下を歩いた。

 あんまり顔に出ていないかもしれないが、ちゃんと喜んでいる。
 魔王城に来てから表情筋が柔らかくなったが、元々固めなんだ。

 ふふふ……どうにか習得した召喚魔法にしまってあるお菓子も、暇があればアゼルにあげるとしよう。




しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...