人の心、クズ知らず。

木樫

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第九話 サキと夢。

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 俺が動けないことをいいことに、ハルは夢のような言葉ばかりを選んでとつとつと言い聞かせる。

 眉が下がって、薄ら笑いがへちゃむくれて歪んだ。

 そっと抱きしめていた腕が離れて、爪の先までキレイに整えられた男らしい節の両手が俺の頬を挟み、乾いた唇を触れ合わせた。


「ん……」

「咲、出会った時から〝俺のものにしてぇな〟って思ってた」

「はは。しあわせなゆめみてぇ」

「夢じゃねぇよ」

「かわいいね」

「っ……かわいいなら怖くねぇな」


 夢の中で見たハルと同じことを、現実のハルが髪と同じ色に染まって、余裕ぶりながら勝ち気に告げる。

 夢の中ではできなかったキスで、ハルへの恐怖が薄らいでいく。
 ハルの機嫌がいいのはいいことだ。


「十五年以上友達やってた俺だぜ。今更、泣いても傷ついてもお前といたいし、離れたほうがイカレそうなくらい愛してんだ」

「ハルはふつうだよ、ダイジョウブ」

「当然。けどお前しか普通って言ってくんねー。俺を一人でイカレさせるつもりか?」

「一人? 寂しいやつじゃん。ハルが寂しいなら、俺は少なくともハルといねーと」

「咲ちゃんイイコ」

「でも、ひとつじゃ足んない」

「んじゃ、集めに行こうぜ」


 あっさりと五人分集めようと提案するハルに手を引かれて立ち上がると、目眩がして、倒れ込みそうになった。

 けれど自分と手を繋ぐ相手がいると思うと、寂しい、会いたい、愛したい、怖い、と丸くなっている場合ではないと立っていられる。

 ──ハルを手に入れた。

 一つ分、心が宿る。
〝安心〟という心だ。気持ちの上ではなにも変わっていないのだが。

 だって、今でもこの手を振り払わなければとは、思っている。
 愛おしいからこそ自分が嫌い。


「唯一無二のナンバーワンを……五人定めた俺は、やっぱり欲張りなクズだ」

「んっ……」


 ハルの頬をなでて、唇に親指を当てて、体温が増していく赤い肌を指の腹でスルリと優しくなぞった。


「こうしてハルに触れて、胸が苦しいくらい鼓動してる」

「っ……咲、お前な……」

「なのに俺は、どうしてもうまく普通には愛せない。それがわかっていても、この手を離せない。ハルに愛してるって言われて、怖いのに……嬉しい」

「俺のこと、チョー好きな……」

「そうだよ……? 愛することをマトモにできない俺が、だぜ」


 馬鹿らしいって笑う? と尋ねると、ハルは真っ赤な顔で視線をうろつかせつつ「うぐ」と唸ったが、首を横に振った。

 その仕草を、表情をかわいいと思う。
 抱き寄せて唇を貪り、死ぬまでベッドの中でハルの表情の変化を見ていたいと思う。

 だけどハルだけじゃ足りない。
 そんな俺を許容するハル。

 あんな告白されたら、もう二度と、ハルの喪失には耐えられないなぁ。


「ハル……俺、頑張るから……」

「っな、あ、ぁっ?」

「たくさん間違ってもたくさん捨てられてもたくさん壊れてももう終わらないで、ずっとずっとハルに必要とされるように、なんだって頑張るから……」

「いやちょ、っおい咲……っ」

「おねがい、ハル……」


 ズクン、ズクン、と疼く胸を絞ってハルの首筋をなぞり、胸をなでて、左手を握る。

 ハルが狼狽えても我慢できない。
 今は俺が真摯に懇願するターン。

 また愛した人のそばに置いてもらえたのなら、同じエンドを辿らないよう、俺はハルにいっしょうけんめいお願いしないと。


「クズな俺に、毎秒恋して……? そしてそれを一生、やめないで……」

「──~~~~……っ!」


 俺はずぅっとハルが好き。
 なにがあってもハルが好き。

 なら終わりはハルに捨てられることだから──ハルが俺に毎秒恋してくれれば、ずっとずぅっと、いっしょだね。

 絶対に捨てられたくない愛の人にいつか捨てられる恐怖を知って、盲目的不安症の俺がこの関係を継続するためにできることは、ただ切に切に願うことだけである。


「あぁもう、恋となりゃ脳みそ全振りな上に感性も表現方法もマジで子どもだから、好きを許されたら即ダイマなんよな……!」


 それだけの懇願だったが、俺に手を握られて爆発しそうなほど茹で上がった顔で、ハルはイライラと悪態を吐いた。

 ──心の欠片の一番目。
 野山春木の言うことは、たまにおかしい。

 取り敢えずはイエスと返されたので、この世に繋がれる理由を得た俺は、残りの四人を集めるために頑張ってみよう。




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