魔王と! 私と! ※!

白雛

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第三章:『石の見る夢』

十七

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 数刻して、玉座の間に、セティリスはいた。
 目の前で父ゴブヌティス皇が胸から血を流して死んでいる。
 その傍らに立つ外套の男と一緒に。
 セティリスの全身は血みどろだった。残った左腕がもっともひどく汚れている。血を溜めたかめに腕を突っ込んだかのように血にまみれている。
 その手には同じく赤く染まったケペシュが一本握られているのみだった。
 全身から爛れ落ちる血液に、セティリスは満身創痍だった。
 タドゥキパは言った。
「ドーリアンならすでに逃げたよ。奴が間者だったんだ」
「奴……が?」
「そうだ。南の川沿いに住む者らは君たちを煙たがっていてね、それはあんな強大な力を持つ国が頭の上にいたんじゃ無理もないけど……どうにかして君たちの戦力を削ぐ必要がある。水を独占するのはそれからだ。そう考えていた」
 タドゥキパの腕には青銅の短剣が握られ、セティリスのそれと同様に血に塗れている。彼はまるで書いてある文章を朗読するかのように、淡々と話した。
「そこでドーリアンが遣わされた。奴はドーリアンであってドーリアンではない。本物のドーリアンとその家族は砂漠の果てて骨になっているよ。入れ替わったんだ、一族ごと。奴らこそ素性の知れない間者だったわけ。まんまと宮殿に潜り込んだ彼は貯水にあらかじめ採取しておいた竜の血液を流し込んだ。〈竜皮病〉はね、そうやって竜の細胞を取り込んだ人間に起きる。竜を食った人間に起きる。私の役目は強壮効果のある陣を敷いて、その細胞を活性化させることにあった。たびたび竜に乗って外に出てた君たちにはかかりが悪かったみたいだけど、そうして〈竜皮病〉を用いて中から崩す作戦だったんだよ。まぁ肉体で戦うばかりが戦争の強さではない、ってことでさ——」
「ネフティスは正しかった……だが、優しい奴だった。それが災いした」
 セティリスはそう呟くように言うとケペシュを落とした。
「俺も俺で決断力がなかった……ネフティスを仰ぐばかりで自分で判断を下せなかった。だが——」
 そして、代わりに腰に巻き付けてあった皮袋を持ち出し、中から宝石のごとき赤い輝きを放つ臓器を取り出すと、迷うことなく口に入れた。
 丸呑みにした。
 次の瞬間、セティリスの身体自身がその臓腑と一体となったかのように色の光を発した。
 タドゥキパは刮目した。
 確かに見た。
 どくん、どくん、と脈打ちながら、皇子の胸元、赤く輝く心臓が二つ。そう、二つだ。連なるのを。
「それは——!」
「〈そのもの、血潮のごとき紅く、臓腑のごとき脈動を放てり。其はエニアドの赤涙。汝らの病みを払いし、冥府より来たれり、聖火なり——〉。無知なる貴様に一つだけ教えてやろう。ネフティスはアトゥムの遺した文献ぶんけんからとっくに辿り着いていたんだ……我らが愛するともがらの命を喰らい、一体となるとき! それは完成して、目覚めるということを——!」
 眩い光の中で、セティリスは爬虫類の切れた瞳孔をタドゥキパに突きつけた。
「——滅せよ。偶像に支配されし哀れな悪魔さるどもめ」
 タドゥキパはただちに緊急回避のための魔法陣を組んだ。ほぼ同時に極大のエネルギーが緋色の光を伴って一面に放たれ、玉座の間は爆発とともに粉砕された。
 その跡から溶岩のように、あるいは自噴泉を得たように赤い焔が流れだし、燃えさかる火の洪水となってたちまち宮殿内を覆い、やがて城下の全域までもを埋め尽くすのだった。
 オレンジ色に光り、渦巻いて伸びる焔の柱から、人と竜が完全に融合した半竜人が誰もいなくなった都の空に姿を現した。
 家々はおろか、そこら中に散見される民らの遺体、細切れになった肉や骨。そして不完全な半竜人と化した生き残りの人々。目に映る全てをことごとく燃やし尽くしながら、彼は宣告した——。
〈何人たりとも。もはやこの地に立ち入ること許さぬ。余はエニアドの赤涙。汝らを地獄に送りし、栄華の残り火なり——〉





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