41 / 94
第三章:『石の見る夢』
十八
しおりを挟むインベルの意識はそこではっきりと目覚めた。
アルも同様だった。
深夜だった。明かりのないはずの宮殿が仄かに赤く色づいている。それで素早く大階段の縁に立ち、階下を見た——瞬間、インベルは叫んだ。
「アル! 離れて!」
赤い輝きを放つ甲冑が飛び立ち、目にも止まらぬ超高速度で二人の元に向かってくるところだった。
刹那的な超反応で、インベルはアルを突き飛ばすと、腰から剣を抜き、目の前につがえていた。
(速いっ——)
甲冑が振り抜いた鍵剣とインベルの剣が激突する! 遅れて、アルが遠くで何かにぶつかり、そこが崩れる音。
「ふしゅうるるるるる……!」
眼前で相対する甲冑の口元からそんな吹き荒ぶ風の音が漏れ聞こえて、インベルは叫んだ。
「セティリス! セティリスでしょ?! やめて! あなたとは戦いたくない!」
インベルは筋肉を操作するように二の腕を爆発的に膨らませると、前方に突き出した。
甲冑がゴムに弾かれるように吹き飛ばされ、階下の地面に激突する。
インベルは一足飛びで大階段を飛び降りた。腰から抜いた直剣を片手で楽に下ろすが、刀身は鞘から抜かれていない。
「セティリス……」
激突で掘削された地面が巻き上げる噴煙の中で、影がゆらりと動いた。左腕で召喚したケペシュを胸の前に構えているようだ。すると、甲冑の全身が赤く光を放ち、噴煙を引き裂いて、周囲の地面から焔の柱が立ち昇った。
四本、五本……計六本もの柱が地面を削りながら、インベルに向かってくる!
インベルはうまく柱を誘導して、それぞれを中心でぶつけ合わせると、自身は後ろに跳びのいて術をかわした。だけど——、その動きを織り込み済みで、甲冑がさらに背後に先回りしていた。
しかし、彼の動きもインベルには見えている。振り返り、互いの剣気鍔競り合う一瞬の切れ目に、インベルは刮目して見た。
ないはずの右腕に竜の顔がついている。そしてそれはインベルも見覚えのあるもの——ウェドの顔だ。
それが閃光のような白い焔を吐いた。
焔が衝突する寸前、インベルは直剣を持っていない方の掌を握り込むと、上方向に向けて空間を殴った。
それこそ青天の霹靂。大砲でもぶっ放したかのような……いやそれなどよりも遥かに強烈な轟音が爆発的に空を裂いて、たちまち焔をかき消し、その余波で大地までも震わせた。
見上げる視界の中、主峰の側面を削り取ったかのようにまあるい穴が空き、遠く空の彼方の雲までもその形状を残しつつ払われていた。
インベルは甲冑に向かい、言い放つ。
「自然の魔法って効かないのよ。私。全て殴って払えるから」
ここまでがほぼ二、三分以内の出来事。全ては瞬きの瞬間に立ち消えるほどの人智を超越した速度で行われている。
大階段下の広場はすでに甲冑の放った炎術で燃えさかり、煌々と照り付けられている。その向こうにかろうじて見える群青の空だけが時刻を示している。
(最も暗い……夜明け前か……)
そうしてインベルが視線を逸らした隙に甲冑は飛び上がった。
そしてインベルの直上に急降下すると共に、地面に刃を突き立てた。
ケペシュを突き立てた地面から周囲の地面を破壊しながら焔の柱が、今度は甲冑それ自身を中心にして、八方それぞれが弧を描くように放たれる。広場には卍のような無数の線が残る。
それが終わるや焔の球を自身の頭上に並べて、柱をかわしたインベルに向けて次々飛ばしたかと思うと、さらに無尽蔵に増えたケペシュが地面を裂きながら滑走してくる。
インベルは油断した。
その最後の一本までも避けたのち、なんとケペシュが紐で括られたように背後から返ってきたのだ。
「——っ?!」
持ち前の超感覚で振り返り、これをも鞘で受け止めるインベルだったが、ケペシュが戻る力が尋常ではない。当然糸などで操っているわけではない。
そのまま宙を引きずられるようにして、甲冑に捕まった。
(風かと思いきや……これは土の属性! ——磁力だ! 斥力と引力で刀剣を自在に操っているんだ……!)
インベルはケペシュと甲冑の間を屈んですり抜けると、再び距離をとった。
甲冑は瞬時に構えを切り替えた。自身の周囲に浮かべて分身させたケペシュを高速で回転させ、自身も駒のように回転しながらインベルに迫った。
再三距離を保ち、そのために地面を蹴るたびに外れて重なったケペシュがインベルの退いた後の地面を砕いていく。終いには広場全域を巻き込むように竜巻状に飛ばして、自身ごと舞い上がった。
インベルはその踊るような剣技、熟達した技巧の一つ一つに感動した。
全身をそのまま武器として扱うようなこの剣技を習得するまでに要した時間と努力……! それは並大抵のものではなかったはずだ。強力な磁場を形成して、飛び回り、時に自身の手元に返ってくるケペシュを受け取るだけでも、文字通りに血の滲む鍛錬が要っただろう。
この人は才能や運だけではない。まさしく恵まれた才を全霊で注ぎ込んだからこそのこの実力。美しさなのだ。
インベルは嘆いた。
「あぁーあ、もう……やだなぁ。こんな形で出逢いたくはなかったよ」
インベルは呟き、決意を示すようにして、
「——でもごめん。壊すよ、その心臓」
そう言うと共にケペシュをまとめて鞘で薙ぎ払った。回転しているならこちらから無闇に動くこともなくケペシュは自ずから規則性に従い飛んでくる。そこをより強い力で吹き飛ばしてしまえばいい。
得物を失い、がら空きになった甲冑にインベルは向かい合い、地を蹴って直進した。
(そうすることでしか止まれないなら——!)
「——セティリス! セティリス・ネフェルティアマト!」
その矢先、声が聞こえて集中力が一瞬途切れた。
階段の方からだ——アルが降りてきていて、必死に叫んでいる。
「セティリスっ……お前っ……お前なぁっ」
アルは両の拳を握り込んで、怒鳴った。
「それ以上姉御を泣かすんじゃねえよっ!」
「バカ、なにやって——」
「二人がなんで戦わにゃならんすかっ! どっちも目ぇ覚ませやーーーーっ!」
その一瞬——甲冑はすでにアルに向かって弾かれたように飛び出していた。
もう遅い——。
これだけの速度で動いているからこそ判る直感がインベルを襲った。この次元では初速が全てだ。零秒に満たない時間のやりとりではそこで遅れた一瞬の時間の切れ目、コンマ秒の差が明暗を別けて、標的に着弾するまでのその差はどうしても埋まらない。
インベルは覚悟を決めた。
鞘に手を掛け、直剣を抜く——しかし、その直前に、甲冑の動きが止まった。
アルの頭部を真っ二つにする寸前で、ケペシュは止まっていた。
アルが全身の粟立つ肌の高鳴りを押さえながらその顔を見上げると、甲冑は言った。
「ゆめうつつ……奇妙な二人……ああ、よもやこんな……」
甲冑の面がぱらぱらと崩れて、中から二人の見覚えのある顔が覗いた。
「こんな時の彼方で相見えようとはな……」
「セティリス……」
甲冑は振り返り見た。インベルを見た。
「やはり奇妙な奴らだな……」
気付くと、夜が明け始めている。
宵を溶かしてオレンジ色に色づき始める空を背景に、セティリスはふらふらと覚束ず歩き、
「少し疲れた……眠るとしよう」
広場の中心に進むと、ふっと、また物言わぬただの甲冑に戻った。
からんからんと後に音を立てながら。
まるで二人が夢を見ていたように。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
手違いで勝手に転生させられたので、女神からチート能力を盗んでハーレムを形成してやりました
2u10
ファンタジー
魔術指輪は鉄砲だ。魔法適性がなくても魔法が使えるし人も殺せる。女神から奪い取った〝能力付与〟能力と、〝魔術指輪の効果コピー〟能力で、俺は世界一強い『魔法適性のない魔術師』となる。その途中で何人かの勇者を倒したり、女神を陥れたり、あとは魔王を倒したりしながらも、いろんな可愛い女の子たちと仲間になってハーレムを作ったが、そんなことは俺の人生のほんの一部でしかない。無能力・無アイテム(所持品はラノベのみ)で異世界に手違いで転生されたただのオタクだった俺が世界を救う勇者となる。これより紡がれるのはそんな俺の物語。
※この作品は小説家になろうにて同時連載中です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる