魔王と! 私と! ※!

白雛

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第三章:『石の見る夢』

十八

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 インベルの意識はそこではっきりと目覚めた。
 アルも同様だった。
 深夜だった。明かりのないはずの宮殿がほのかに赤く色づいている。それで素早く大階段のふちに立ち、階下を見た——瞬間、インベルは叫んだ。
「アル! 離れて!」
 赤い輝きを放つ甲冑が飛び立ち、目にも止まらぬ超高速度で二人の元に向かってくるところだった。
 刹那的な超反応で、インベルはアルを突き飛ばすと、腰から剣を抜き、目の前につがえていた。
(速いっ——)
 甲冑が振り抜いた鍵剣とインベルの剣が激突する! 遅れて、アルが遠くで何かにぶつかり、そこが崩れる音。
「ふしゅうるるるるる……!」
 眼前で相対する甲冑の口元からそんな吹き荒ぶ風の音が漏れ聞こえて、インベルは叫んだ。
「セティリス! セティリスでしょ?! やめて! あなたとは戦いたくない!」
 インベルは筋肉を操作するように二の腕を爆発的に膨らませると、前方に突き出した。
 甲冑がゴムに弾かれるように吹き飛ばされ、階下の地面に激突する。
 インベルは一足飛びで大階段を飛び降りた。腰から抜いた直剣を片手で楽に下ろすが、刀身はさやから抜かれていない。
「セティリス……」
 激突で掘削くっさくされた地面が巻き上げる噴煙の中で、影がゆらりと動いた。左腕で召喚したケペシュを胸の前に構えているようだ。すると、甲冑の全身が赤く光を放ち、噴煙を引き裂いて、周囲の地面から焔の柱が立ち昇った。
 四本、五本……計六本もの柱が地面を削りながら、インベルに向かってくる!
 インベルはうまく柱を誘導して、それぞれを中心でぶつけ合わせると、自身は後ろに跳びのいて術をかわした。だけど——、その動きをり込み済みで、甲冑がさらに背後に先回りしていた。
 しかし、彼の動きもインベルには見えている。振り返り、互いの剣気つば競り合う一瞬の切れ目に、インベルは刮目して見た。
 ないはずの右腕に竜の顔がついている。そしてそれはインベルも見覚えのあるもの——ウェドの顔だ。
 それが閃光のような白い焔を吐いた。
 焔が衝突する寸前、インベルは直剣を持っていない方の掌を握り込むと、上方向に向けて空間を殴った。
 それこそ青天の霹靂へきれき。大砲でもぶっ放したかのような……いやそれなどよりも遥かに強烈な轟音が爆発的に空を裂いて、たちまち焔をかき消し、その余波で大地までも震わせた。
 見上げる視界の中、主峰の側面を削り取ったかのようにまあるい穴が空き、遠く空の彼方の雲までもその形状を残しつつ払われていた。
 インベルは甲冑に向かい、言い放つ。
「自然の魔法って効かないのよ。私。全て殴って払えるから」
 ここまでがほぼ二、三分以内の出来事。全ては瞬きの瞬間に立ち消えるほどの人智を超越した速度で行われている。
 大階段下の広場はすでに甲冑の放った炎術で燃えさかり、煌々こうこうと照り付けられている。その向こうにかろうじて見える群青の空だけが時刻を示している。
(最も暗い……夜明け前か……)
 そうしてインベルが視線を逸らした隙に甲冑は飛び上がった。
 そしてインベルの直上に急降下すると共に、地面に刃を突き立てた。
 ケペシュを突き立てた地面から周囲の地面を破壊しながら焔の柱が、今度は甲冑それ自身を中心にして、八方それぞれが弧を描くように放たれる。広場には卍のような無数の線が残る。
 それが終わるや焔の球を自身の頭上に並べて、柱をかわしたインベルに向けて次々飛ばしたかと思うと、さらに無尽蔵むじんぞうに増えたケペシュが地面を裂きながら滑走してくる。
 インベルは油断した。
 その最後の一本までも避けたのち、なんとケペシュが紐で括られたように背後から返ってきたのだ。
「——っ?!」
 持ち前の超感覚で振り返り、これをも鞘で受け止めるインベルだったが、ケペシュが戻る力が尋常ではない。当然糸などで操っているわけではない。
 そのまま宙を引きずられるようにして、甲冑に捕まった。
(風かと思いきや……これは土の属性! ——磁力だ! 斥力せきりょくと引力で刀剣を自在に操っているんだ……!)
 インベルはケペシュと甲冑の間を屈んですり抜けると、再び距離をとった。
 甲冑は瞬時に構えを切り替えた。自身の周囲に浮かべて分身させたケペシュを高速で回転させ、自身も駒のように回転しながらインベルに迫った。
 再三距離を保ち、そのために地面を蹴るたびに外れて重なったケペシュがインベルの退いた後の地面を砕いていく。終いには広場全域を巻き込むように竜巻状に飛ばして、自身ごと舞い上がった。
 インベルはその踊るような剣技、熟達した技巧の一つ一つに感動した。
 全身をそのまま武器として扱うようなこの剣技を習得するまでに要した時間と努力……! それは並大抵のものではなかったはずだ。強力な磁場を形成して、飛び回り、時に自身の手元に返ってくるケペシュを受け取るだけでも、文字通りに血のにじむ鍛錬が要っただろう。
 この人は才能や運だけではない。まさしく恵まれた才を全霊で注ぎ込んだからこそのこの実力。美しさなのだ。
 インベルはなげいた。
「あぁーあ、もう……やだなぁ。こんな形で出逢いたくはなかったよ」
 インベルは呟き、決意を示すようにして、
「——でもごめん。壊すよ、その心臓エニアドの赤涙
 そう言うと共にケペシュをまとめて鞘でぎ払った。回転しているならこちらから無闇に動くこともなくケペシュは自ずから規則性に従い飛んでくる。そこをより強い力で吹き飛ばしてしまえばいい。
 得物を失い、がら空きになった甲冑にインベルは向かい合い、地を蹴って直進した。
(そうすることでしか止まれないなら——!)
「——セティリス! セティリス・ネフェルティアマト!」
 その矢先、声が聞こえて集中力が一瞬途切れた。
 階段の方からだ——アルが降りてきていて、必死に叫んでいる。
「セティリスっ……お前っ……お前なぁっ」
 アルは両の拳を握り込んで、怒鳴った。
「それ以上姉御を泣かすんじゃねえよっ!」
「バカ、なにやって——」
「二人がなんで戦わにゃならんすかっ! どっちも目ぇ覚ませやーーーーっ!」
 その一瞬——甲冑はすでにアルに向かって弾かれたように飛び出していた。
 もう遅い——。
 これだけの速度で動いているからこそ判る直感がインベルを襲った。この次元では初速が全てだ。零秒に満たない時間のやりとりではそこで遅れた一瞬の時間の切れ目、コンマ秒の差が明暗を別けて、標的に着弾するまでのその差はどうしても埋まらない。
 インベルは覚悟を決めた。
 鞘に手を掛け、直剣を抜く——しかし、その直前に、甲冑の動きが止まった。
 アルの頭部を真っ二つにする寸前で、ケペシュは止まっていた。
 アルが全身の粟立あわだつ肌の高鳴りを押さえながらその顔を見上げると、甲冑は言った。
「ゆめうつつ……奇妙な二人……ああ、よもやこんな……」
 甲冑の面がぱらぱらと崩れて、中から二人の見覚えのある顔が覗いた。
「こんな時の彼方で相見あいまみえようとはな……」
「セティリス……」
 甲冑は振り返り見た。インベルを見た。
「やはり奇妙な奴らだな……」
 気付くと、夜が明け始めている。
 宵を溶かしてオレンジ色に色づき始める空を背景に、セティリスはふらふらと覚束ず歩き、
「少し疲れた……眠るとしよう」
 広場の中心に進むと、ふっと、また物言わぬただの甲冑に戻った。
 からんからんと後に音を立てながら。
 まるで二人が夢を見ていたように。





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