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勉強勉強、暗記暗記

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 翌日、ヴィルはレイズ支部へ向かう途中でエルフィンと顔を合わせたので一緒に行くことにした。

「っていうかエル、もしかして俺のことを待ち伏せしてるのか?」
「そんなことしていませんよ。たまたま家を出る時間が同じなのでしょう」

 昨日だけではなくレイズ支部が営業を始めてからはほぼ毎日のように出勤時間が被っている。
 特にエルフィンと行くことが嫌でもないので追及はそれだけで終わることにした。

「ところでアヤさんはどうですか?」
「冒険者登録窓口は問題なだろう。昨日からは下位ランクのダンジョン窓口を教えているよ」
「いきなり進み過ぎではないですか?」
「まあ大丈夫じゃないか? きつかったらきついって言うだろうしよ」
「アヤさんは頑張り屋さんですから、気をつけて見ていてくださいね」

 会話をしながらの道中はとても短く感じられるもので、あっという間にレイズ支部へ到着した。
 そして今回も窓から光が漏れており、中に入るとやはりアヤが床掃除を――資料を見ながら行っていた。

「……闇のダンジョン……ランクF……迷宮タイプ……へぇ、一階層なんだ……」

 鈴の音が鳴ったにもかかわらずアヤは二人の存在に気づいていない。
 苦笑するエルフィンとは異なりヴィルはそーっと近づくと、背後から大声と共に肩を強めに叩いた。

「わっ!」
「きゃああああっ!」

 大声を出したヴィルよりも大きな裏返った声でアヤが悲鳴を上げる。
 あまりの大声に驚かそうとしたヴィルだけではなく扉の前に立っていたエルフィンもきょとんとしていた。

「……あ、あれ? あっ! ヴィル先輩じゃないですか~! 驚かさないでくださいよ~」

 軽く涙目になりながら訴えてくるアヤに、ヴィルは頭を掻きながら申し訳なさそうに口を開く。

「あー、そのなんだ、すまん」
「今のはヴィルが悪いですね」
「あっ! 支部長もいらっしゃったんですね! すみません、おはようございます!」
「おはようございます。私のことは気にしないでください。勉強ははかどっていますか?」
「はい! ……あ……あーっ! ヴィル先輩のせいで闇のダンジョンのことを忘れちゃったじゃないですかー!」
「マジですまん!」

 本気で謝ってきたヴィルに対して、アヤは怒ったふりしていた表情を笑顔に変えて笑い声を上げた。

「……うふふ、冗談ですよ!」
「……はっ?」
「忘れっちゃったのは本当ですけど、怒ってなんかいません。むしろ色々と教えてもらえて感謝しかしてないんですからね?」
「忘れたのかよ! ……わりぃ、気をつけるわ」
「だ、だから大丈夫ですってばー! そんな謝られる方がなんか怖いのでやめてくださいよ!」
「なんで怖いんだよ!」
「なんとなくです」
「なんとなくかよ!」

 二人のやり取りを見てエルフィンの表情にも笑みが――力の抜けた自然の笑みがこぼれた。

「あははっ! お二人とも、いつもそのようなやり取りをしているのですか?」
「なんだよエル、笑うところじゃないだろう」
「……」
「どうしたのですか、アヤさん?」
「……し、支店長が笑った!」
「あん? エルなら毎日のように笑っているだろうが」
「そ、そうですけど! 何て言うんでしょうか、とても暖かいっていうか、優しいっていうか……あれです! とっても優しい笑いだったんです!」
「……すまん、意味が分からん」

 エルフィンが話題になっているにもかかわらず、ここでもアヤとヴィルのやり取りが続いている。
 当のエルフィンはヴィルの素の反応が見れたことに内心でとても喜んでいた。

(私のせいでレイズ支部に来てもらいましたが、このように笑い合える同僚を得られたのは僥倖でしたね)

 そんなことを考えながら事務所へ向かうエルフィンを見て、ヴィルも溜息をつきながら背中を追い掛けて移動する。
 アヤはべーっ、と舌を出した後にもう一度闇のダンジョンについての資料を読み直しながら床掃除を再開させた。

 朝礼の前の時間だけでは到底全ての資料を読み込むことができなかったアヤだったが、ヴィルからの指示で個室に缶詰めにされている。
 まずは下位ランクダンジョンの資料全てに目を通すようにと言われてしまったのだ。
 集中して読み込むことができるので嬉しい反面、パーラとリューネに負担を掛けているのではないかと心配にもなっていた。
 実際のところはヴィルが穴埋め以上の仕事をこなしていたので全く問題はなかったのだが。

「……後、半分」

 昨日の時点で二割ほどの資料を読むことができていたアヤは、営業が始まって二時間が経った頃には半分まで読み進めていた。
 残り半分を今日中に読み込むことができるか、そしてテストに合格することができるのか、ちょっとした不安がアヤの心を埋め尽くしていく。

「……だ、大丈夫よ! こんなに頑張っているんだから!」

 自分へ言い聞かせるように呟く。

「……でも、もしダメだったら、朝のヴィル先輩のせいにしてやろう!」

 そして自分への逃げ道もしっかり考えておく。

「――その件は謝っただろう」
「ひゃあっ!」

 突然の声に驚いたアヤは扉へ振り返ると、そこにはまたしても頭を掻いているヴィルが立っていた。

「お前、集中し過ぎて周りが見えてなさ過ぎだぞ」
「お、驚かさないでくださいってば!」
「今のはお前が悪いだろう!」
「……す、すみません」
「……あー、いや、その……すまん」

 素直に謝られるとどうしていいか分からなくなってしまうヴィル。実際のところ自分も悪かったと思っているので謝るしかできないのだが。

「……と、ところでどこまで進んだんだ?」
「……えっと、半分まで読み終わりました!」
「は、半分!」
「すみません、遅いですよね」
「いやいや、早いから! 全然早いからな! むしろ覚えられているのか心配だぞ!」

 半分まで読み終わっていると聞いたヴィルはあまりの驚きに心配までしてしまう。
 一方のアヤは早いと言われるなんて思ってもいなかったのでどう反応していいか分からなくなっていた。

「お前、本当に大丈夫か? 無理してないか? 一度休憩を入れよう、うん、そうしよう」
「あの、先輩? 私は大丈夫ですよ? 無理はしてませんし、もう少しくらいなら休憩なしで――」
「ダメだ! 休憩するぞ! よし、それじゃあ一度支部を出て外で食事だ! 今日は俺が奢ってやるから安心しろ!」
「お、奢りですか! ……いや、でもさすがにそれは」
「なんだ、俺との飯は嫌なのか?」
「い、嫌じゃないです!」

 最後の発言で顔を上げたアヤと、心配で顔を覗き込んでいたヴィル。
 お互いの視線が目と鼻の先で重なり、一瞬だけ時が止まったように感じられた。

「……」
「……」
「……す、すまん!」
「……わ、私の方こそ、しゅいましぇん!」

 反対方向を向いてしまう二人。それはお互いに赤く染まった表情を見られたくなかったから。

「……と、とりあえず行くか」
「……は、はい」

 個室を出た二人はヴィルがエルフィンに休憩へ入ることを伝えると、そのまま裏口からレイズの食堂へと向かった。
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