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第一章:役立たずから英雄へ

25.疲れた体に休息を

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 王城を後にした僕たちは、取って返してバルザーリへ……と思っていたのだが、それをコリーヌさんに止められてしまった。

「急ぎたい気持ちはわかるが、自分たちの疲労を考えなさい。戻りの道中で倒れでもしたら、もっと時間が掛かってしまうんだよ?」
「コリーヌの言う通りです。一日くらいはゆっくりと休んで、それからバルザーリへ戻りましょう」

 ニーナも僕も焦り過ぎていたようだ。
 二人の助言に頷き、向かった先はコリーヌさんの別宅だった。

「領主としてベルナーラに来ることも多いからね。貴族なら中央都市に別宅を持っているのは当たり前さ」

 中に入ってみると、そこはバルザーリにある屋敷と似たような造りをしていた。
 周囲の建物は豪奢な造りの建物が多いので、この辺りには貴族の別宅が集中しているのだろう。
 そう考えると、コリーヌさんの屋敷は何というか、少し異質な感じかもしれない。

「疲れましたか、ニーナ?」
「はい、リッツ。とても緊張していたのに、まさかカッサニア王からあっさりと承諾を得られるとは思いませんでした」
「立場的に下手な事は言えなかったので申しませんでしたが、私はこうなる事が何となく分かっておりましたよ」
「そうなのですね。……あ、だからバルザーリを出発する前から準備を始めていたのですね?」
「そういう事です。カッサニア王にも伝えましたが、すでに大隊長が指揮を執って準備も整っているでしょう。明日にはベルナーラを発ち、バルザーリに到着次第、ライブラッド王国へ向かいましょう」
「感謝いたします、コリーヌ様!」

 ――しばらくして、ニーナは緊張の糸が切れて今日までの疲れが一気に出たのか、ソファに腰掛けながらウトウトし始めていた。

「姫様、一度お部屋に戻られますか?」
「で、ですが……」
「疲れを取るために留まっているだから、ここで疲れを溜めてはダメだよ、ニーナ」
「……わかりました。行きましょう、キリシェ」
「はっ」

 ニーナがよろよろとした足取りでリビングを出ると、後ろをついて歩いていたキリシェがこちらに軽く会釈をしてからついていった。

「……女性に優しいのね、リッツは」
「いや、さすがに王女様の寝顔を僕が見るわけにはいかないからね」
「そうか? リッツ君なら良いと、ニーナ様なら言いそうだがね?」
「変な事を言わないでください、コリーヌさん」

 ニヤニヤしながら言われても、迷惑以外の何ものでもないですよ?

「それにしても……アルスラーダ帝国はどうしてリッツ君を返せなんて言い出したんだ?」
「英雄という呼ばれ方が気に喰わなかったんじゃないでしょうか。……役立たずだと言ってきた僕が、ですから」
「だが、一度は捕虜交換を断っているんだろう? その事を民も知っているだろうに。ここで方針を変えてしまっては、王族の信頼に関わるんじゃないのか?」
「信頼、ですか……」

 アルスラーダ帝国の民に信頼なんて言葉はあっただろうか。
 皇帝ライネルは、自らの力を持ってして民を従えている。力こそが最強だと信じている。
 これを独裁と言わずして何と言えばいいのだろうか。
 僕は一度だけ、帝都で暮らす民の姿を見たことがある。
 三年前、ライブラッド王国との戦争へ向かうために外に出た時だ。
 街路を進む軍隊を見る民の目からは、期待でもなく、尊敬でもなく、恐怖がありありと映し出されていた。
 あの時はどうしてそんな目で僕たちを、僕を見るのかと不思議でならなかったが、今になって思えば、軍隊は民からすると恐怖の象徴だったのだろうと考える事ができる。
 だが、この独裁によって国土を広げているものだから、甘い汁を吸っている貴族たちも皇帝ライネルを止めるような事はしないのだ。

「……この戦争は、本当に正しいのでしょうか」
「リッツ?」
「僕がこの身を捧げれば終わる事なのに、この選択が本当に正しいのか、いまだに悩んでいます」

 ライブラッド王国を、カッサニア公国を巻き込んで、僕は生き永らえようとしている。
 それは、顏も名前も知らない多くの人の死の上に立つ事だと理解しながら。

「いつの日か、僕のせいで友を失ったと、恋人を失ったと、家族を失ったと言われる事が、怖いんです」
「それは違うぞ、リッツ君」

 僕の独白を、コリーヌさんはバッサリと切って捨てた。

「悪いのは君じゃない、皇帝ライネルだろう」
「それは、そうですが……」
「それに、アルヌス王も我が子のようにかわいがっているリッツ君だからこそ、戦ってまで助けるという選択肢を選んだんだ。君は、アルヌス王の選択を無下にするつもりなのか? カッサニア王の選択をも?」
「そんな事はしません!」
「ならば胸を張って助けられたらいいのさ。ライブラッド王国を助けた英雄を、今度はライブラッド王国が助けるんだ。何なら、カッサニア公国に利益をもたらしてくれてもいいし、バルザーリに儲け話を持ってきてくれてもいいんだよ?」

 最後の方は冗談めかして口にしていたが、これはコリーヌさんなりの励ましなのだろう。
 僕に胸を張れ、気にするな、甘えていいのだと言ってくれているのだ。

「言っておくが、我らがバルザーリ軍が援軍として参加するのだから、負けるなんて事は万に一つもありはしない」
「……ものすごい自信ですね」
「当然だ。私のスキルは特級スキル【軍神の加護】。軍神コリーヌ・バルニシアが降り立った戦場に、敗北の二文字はないんだよ」

 ニヤリと豪胆な笑みを浮かべたコリーヌさんを見て、不思議な事に僕の心のつっかえが一気に無くなった気がしたのだった。
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