法隆寺燃ゆ

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第五章「生命燃えて」 中編

第15話

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 斑鳩は、大騒ぎになっていた。

 大伴の兵士たちが駆けてきたので、すわ戦か!

 と、男たちは身構え、女たちは逃げ惑ったが、

「ワシじゃ、ワシじゃ、帰ったぞ!」

 聞き覚えのある声に驚き、それが馬手たちだと分かると更に騒がしくなった。

「馬手、生きとったか!」

「弓削、死んだと思うとったぞ!」

「小徳、よう帰ってきたな!」

「百足、痩せたんやないか? 大変やったろう」

 夫々の家族は涙を流し、男たちにむしゃぶりつく勢いで抱きしめ、質問攻めにし、再会を喜んだ。

 男たちは仲間の肩を抱いて喜び、女たちはただ泣きあかし、幼い子どもたちは、それを不思議そうに眺めている。

 だが、みんなが喜びあっているわけではない。

 そんな感涙に浸る者たちとは別に、それを恨めしそうに眺める者たちもいた。

 ひとりの女が、喜びに沸く男たちの輪に入り、馬手に近づいた。

「あの……、私の主人は? 宇志麻呂……、孔王部宇志麻呂は?」

 女の突き刺すような目に、一瞬馬手たちはたじろいだ。

「宇志麻呂は……」

「宇志麻呂はどこです? 主人は? 一緒に帰ってこなかったんですか? 遅れてるんですよね? もうそこまで帰ってきてるんですよね?」

「すまん、宇志麻呂は……」

 馬手は、女に最期を話した。

 女は、しばらく呆然としていたが、何を思ったのか突然馬手の胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「あんた、うちの主人を見殺しにしたんか! うちの主人を置いてきたんか!」

 弓削や他の男たちが、慌てて割って入る。

「それはちゃう。頭は、宇志麻呂たちを置いてきたんとちゃう。仕方がなかったんや」

「何が仕方がないや! あんたら、自分の命がおしゅて、うちの人を捨ててきたんやろう!」、女は狂ったように泣き叫ぶ、「あんたらが死ねばええんや! うちの人の代わりに、あんたらが死ねばよかったんや!」

「おまえ、言ってええことと、悪いことがあるんやど」、男たちが女を引き放し、叱りつける、「馬手たちは、あの戦を生き延びた。そのお蔭で、宇志麻呂たちの最期がわかったんやないか。感謝はしても、怒鳴るのは筋がちゃうぞ!」

 そう叱っても、もう女の耳には入らないようだ。

「返せ! うちの人を返せ!」

 と、口から唾を吐きながら、ただ吠えるだけ。

「もう止め、しっかりせ!」

 と、女の親族が止め、馬手たちに頭を下げながら女を連れていた。

 嫌なものを見てしまったと、黒万呂は思った。

 あの恐怖から生き延び、戦友の最期を伝えようと帰ってきても、遺族からは蔑まされる。

 なぜ自分だけ生きて帰ってきたのだと………………

 例え、息子の、父の、夫の、恋人の死を受け入れ、「教えてくれておおきに。あなたは無事でよかった……」という家族の目も、その奥には、「なんでうちの人だけ……、この人は生きて帰ってきたのに……」という憎しみにさえ見えてしまう。

 自分も、弟成の最期を伝えなければいけない。

 ―― 俺は、本当に帰ってきて良かったのだろうか?

 不意に、そう思ってしまった。
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