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第一章「宿命の子どもたち」 前編
第11話
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その夜、離宮は夜遅くまで明かりが灯されていた。
奴婢長屋でも、夜更け近くまで酒宴が催された。
三本目の酒壺に手を出した頃から、炉辺に座していた人数も、一人、二人と減り、四本目の酒壺の底が見え出してきた頃には、廣成と黒万呂の父である文万呂、そして本家の奴婢だけになった。
弟成は、酒宴の席上、三成の傍にべったりと寄り添っていたのだが、いつの間にか、その腕の中で寝入ってしまった。
廣成は、何事が話し合っていた黒女と雪女に、弟成を寝かすように言ったが、三成が、
「弟成は、俺が寝かせるわ」
と言って、彼を抱きかかえたまま夜具の中に入ってしまった。
こうなれば、男たちの時間である。
後は、女が傍では聞けぬような話になったので、黒女も雪女を促して床に就いた。
炉の明かりは、男たちの顔に漆黒の影を作り出す。
下世話な酒盛りも、そのうち至極真面目な ―― 上宮王家のことになった。
「親父、斑鳩でなんかあったんか?」
「なんかとはなんや?」
大成は酒を煽るのを止め、上目遣いに息子を見た。
「斑鳩の方々が、揃いも揃って椿井に来られるとは。しかも突然のご宿泊……、いままでにはなかったことや」
「さあな。ワシは奴長やからな、三輪様の言い付けどおりに動くだけや」
大成はそう言うと、酒を空けた。
べふっと億尾を出して一言、
「が、奴長やから分かる話もある」
「それは……」
俄然、廣成と文万呂は身を乗り出した。
「いまから一月程前のことやが、どうやら大王様が亡くなられようや」
「ほんまか、そやったら次の大王は山背様に……」
「と言えば、ことは簡単なんやが。どうやら、それで飛鳥は揉めておるらしいわ」
「なんでですか? 田村様の次は、山背様が大王になられるということで話は付いてたやないんですか」
文万呂は、身を乗り出しすぎて危うく火傷をしそうになった。
「ワシらもそう聞いとった」
本家の奴である酒田が言った。
続けて、大成が話した。
「知ってのとおり、先の大王、額田部様が亡くなられたおり、田村様と山背様の何れを大王にするかで飛鳥は揉めた。が、結局、山背様が未だ年若いということで見送られた」
「あの時は、境部様親子が亡くなられたからな………………、そやけど、豊浦大臣様が、まず田村様を大王に就け、その次は山背様ということで妥協を図られたと聞いておりましたが」
「ワシも三輪様からそう聞いた。そうなれば、ワシらも晴れて大王の従者となれるので、その時は気張ってくれよと三輪様からお言葉を頂いたんをいまも覚えとる」
大成は酒で口を潤し、次の言葉を続けた。
「が、ここに来て横槍が入ったようや」
「誰や、それは」
「それがどうも……、大后様らしんや」、酒田が眉を顰めて言った。
「なんやて、大后やと!」
「阿呆! 声がでかいわい」
大成の一括で、廣成の声は小さくなった。
「そやけど、なんで大后様が口を出すねん?」
「そんなこたあ、ワシは知らん。だが、大后様にも皇子様がおられるからな」
「皇子様ちゅうと、葛城様と大海人様か。しかし、お二人ともまだ若かろうが」
「そんだけやない。この話、大后様の弟君、軽様も一枚咬んでいるらしいのや」
「軽様もか」
「なるほど、それで斑鳩の方々は狩猟の名目で椿井まで来て、今後の対策を検討しておられるんですか」
文万呂は腕を組み、渋い面をした。
「して、豊浦大臣様はいかに?」
「大臣様も頭が痛いことやろうて。あちらを立てれば、こちらが立たん。こちらを立てれば、あちらが立たん。そやけど、まあ前のように死人が出なければええがな」
大成はそう言うと、壺に僅かに残っていた酒を椀に注ぎ、一気に胃に流し込んだ。
廣成たちも、残っていた酒を空けた。
翌日、三成たちは朝早く出立していった。
奴婢長屋でも、夜更け近くまで酒宴が催された。
三本目の酒壺に手を出した頃から、炉辺に座していた人数も、一人、二人と減り、四本目の酒壺の底が見え出してきた頃には、廣成と黒万呂の父である文万呂、そして本家の奴婢だけになった。
弟成は、酒宴の席上、三成の傍にべったりと寄り添っていたのだが、いつの間にか、その腕の中で寝入ってしまった。
廣成は、何事が話し合っていた黒女と雪女に、弟成を寝かすように言ったが、三成が、
「弟成は、俺が寝かせるわ」
と言って、彼を抱きかかえたまま夜具の中に入ってしまった。
こうなれば、男たちの時間である。
後は、女が傍では聞けぬような話になったので、黒女も雪女を促して床に就いた。
炉の明かりは、男たちの顔に漆黒の影を作り出す。
下世話な酒盛りも、そのうち至極真面目な ―― 上宮王家のことになった。
「親父、斑鳩でなんかあったんか?」
「なんかとはなんや?」
大成は酒を煽るのを止め、上目遣いに息子を見た。
「斑鳩の方々が、揃いも揃って椿井に来られるとは。しかも突然のご宿泊……、いままでにはなかったことや」
「さあな。ワシは奴長やからな、三輪様の言い付けどおりに動くだけや」
大成はそう言うと、酒を空けた。
べふっと億尾を出して一言、
「が、奴長やから分かる話もある」
「それは……」
俄然、廣成と文万呂は身を乗り出した。
「いまから一月程前のことやが、どうやら大王様が亡くなられようや」
「ほんまか、そやったら次の大王は山背様に……」
「と言えば、ことは簡単なんやが。どうやら、それで飛鳥は揉めておるらしいわ」
「なんでですか? 田村様の次は、山背様が大王になられるということで話は付いてたやないんですか」
文万呂は、身を乗り出しすぎて危うく火傷をしそうになった。
「ワシらもそう聞いとった」
本家の奴である酒田が言った。
続けて、大成が話した。
「知ってのとおり、先の大王、額田部様が亡くなられたおり、田村様と山背様の何れを大王にするかで飛鳥は揉めた。が、結局、山背様が未だ年若いということで見送られた」
「あの時は、境部様親子が亡くなられたからな………………、そやけど、豊浦大臣様が、まず田村様を大王に就け、その次は山背様ということで妥協を図られたと聞いておりましたが」
「ワシも三輪様からそう聞いた。そうなれば、ワシらも晴れて大王の従者となれるので、その時は気張ってくれよと三輪様からお言葉を頂いたんをいまも覚えとる」
大成は酒で口を潤し、次の言葉を続けた。
「が、ここに来て横槍が入ったようや」
「誰や、それは」
「それがどうも……、大后様らしんや」、酒田が眉を顰めて言った。
「なんやて、大后やと!」
「阿呆! 声がでかいわい」
大成の一括で、廣成の声は小さくなった。
「そやけど、なんで大后様が口を出すねん?」
「そんなこたあ、ワシは知らん。だが、大后様にも皇子様がおられるからな」
「皇子様ちゅうと、葛城様と大海人様か。しかし、お二人ともまだ若かろうが」
「そんだけやない。この話、大后様の弟君、軽様も一枚咬んでいるらしいのや」
「軽様もか」
「なるほど、それで斑鳩の方々は狩猟の名目で椿井まで来て、今後の対策を検討しておられるんですか」
文万呂は腕を組み、渋い面をした。
「して、豊浦大臣様はいかに?」
「大臣様も頭が痛いことやろうて。あちらを立てれば、こちらが立たん。こちらを立てれば、あちらが立たん。そやけど、まあ前のように死人が出なければええがな」
大成はそう言うと、壺に僅かに残っていた酒を椀に注ぎ、一気に胃に流し込んだ。
廣成たちも、残っていた酒を空けた。
翌日、三成たちは朝早く出立していった。
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