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第一章「宿命の子どもたち」 前編
第10話
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雪女が、母に〝月のもの〟のことを話している間、廣成は酒宴の席にいた。
去年の春に、三輪文屋の推薦で山背大兄の奴となった長男の三成が、廣成の父であり、上宮王家の奴長である大成とともに、椿井の離宮に帰って来たので、祝いの席として設けられたのだ。
椿井と斑鳩は目と鼻の先なのだが、三成もなかなか帰る機会に恵まれなかった。
しかしこの度、山背大兄が狩猟のついでに椿井を訪れたため、そのお供として三成が帰って来たのである。
山背大兄が椿井を訪れると決まったのは前夜のことで、当日朝早く、文屋が数人の従者を引き連れ、
「本日、山背様は狩猟を終えられた後に椿井にお泊りになる故、準備をするように」
と、指示を言い渡した。
急遽の泊まりはよくある。
だが、それでも最低三日前までには連絡がくるのだが、今回のように当日ということはまずなかった。
廣成は、いつになく突然のことに不安を感じていた。
何より、文屋の態度が気になった。
文屋は、貴人には珍しく、奴婢にも平気で話し掛け、何かしら冗談を言っては場を和ませる人であった。
その文屋が、今日は冗談の一つも言わず、思い詰めた表情をして従者に指示を出していた。
廣成は、そんな文屋の態度が気に掛かったのだ。
だが彼は、その理由を敢えて聞こうとはしなかった。
いや、聞いてはならない雰囲気があった。
山背大兄の一行が椿井の離宮に着いたのは、西の空が赤らみ始めた頃のことである。
廣成たち奴婢は、山背大兄を離宮の門前で座して出迎えたのだが、廣成を驚かせたのはその一行の物々しさであった。
馬上の山背大兄の後には、同じく馬に乗った山背大兄の弟である財王・日置王、その後に山背王の異母弟である長谷王・白髪部王が続いた。
山背大兄の叔父にあたる殖栗皇子・茨田皇子も、彼らに続いて離宮の門を潜っていった。
一族でお越しとは、とてもただの狩猟とは思えんと廣成は思った。
従者の後からは、上宮王本家の奴婢が数人、荷方として門を潜って行った。
その中に、三成の姿もあった。
廣成は、三成の姿を見止めた。
三成も、こちらの様子に気付いたようで、廣成に軽く頭を下げて離宮に入って行った。
廣成は、三成の成長振りに驚いた。
一年も経つと、子どもというのはあんなにも大きくなるものかと感じた。
顔も程よく日焼けをし、目付きも鋭く、ちょっと見、いい男に仕上がっていた。
三成ら本家の奴婢が、椿井の奴婢長屋を訪れたのは、西の空が一段と熟した頃だった。
廣成は、家族全員で三成を出迎えた。
「父さん、母さん、戻ったで」
三成は笑顔で言った。よく見るとまだ子どもやなと父は思った。
母は、
「お帰り」
と言ったが、それは涙声だった。
「兄さん、お帰りなさい」
雪女も、久しぶりの兄の姿に目元を潤ませていた。
「ただいま、……雪女、大人になったか?」
「え、そんな、別に、なんも変わってないわ。」
「そうか……、なんか綺麗になったように思えんのやけど」
雪女の頬が俄かに赤らんだ。
「おお、弟成、大きくなったな」
弟成を抱き上げた。
弟成は、三成の太い腕の中ではしゃいでいた。
去年の春に、三輪文屋の推薦で山背大兄の奴となった長男の三成が、廣成の父であり、上宮王家の奴長である大成とともに、椿井の離宮に帰って来たので、祝いの席として設けられたのだ。
椿井と斑鳩は目と鼻の先なのだが、三成もなかなか帰る機会に恵まれなかった。
しかしこの度、山背大兄が狩猟のついでに椿井を訪れたため、そのお供として三成が帰って来たのである。
山背大兄が椿井を訪れると決まったのは前夜のことで、当日朝早く、文屋が数人の従者を引き連れ、
「本日、山背様は狩猟を終えられた後に椿井にお泊りになる故、準備をするように」
と、指示を言い渡した。
急遽の泊まりはよくある。
だが、それでも最低三日前までには連絡がくるのだが、今回のように当日ということはまずなかった。
廣成は、いつになく突然のことに不安を感じていた。
何より、文屋の態度が気になった。
文屋は、貴人には珍しく、奴婢にも平気で話し掛け、何かしら冗談を言っては場を和ませる人であった。
その文屋が、今日は冗談の一つも言わず、思い詰めた表情をして従者に指示を出していた。
廣成は、そんな文屋の態度が気に掛かったのだ。
だが彼は、その理由を敢えて聞こうとはしなかった。
いや、聞いてはならない雰囲気があった。
山背大兄の一行が椿井の離宮に着いたのは、西の空が赤らみ始めた頃のことである。
廣成たち奴婢は、山背大兄を離宮の門前で座して出迎えたのだが、廣成を驚かせたのはその一行の物々しさであった。
馬上の山背大兄の後には、同じく馬に乗った山背大兄の弟である財王・日置王、その後に山背王の異母弟である長谷王・白髪部王が続いた。
山背大兄の叔父にあたる殖栗皇子・茨田皇子も、彼らに続いて離宮の門を潜っていった。
一族でお越しとは、とてもただの狩猟とは思えんと廣成は思った。
従者の後からは、上宮王本家の奴婢が数人、荷方として門を潜って行った。
その中に、三成の姿もあった。
廣成は、三成の姿を見止めた。
三成も、こちらの様子に気付いたようで、廣成に軽く頭を下げて離宮に入って行った。
廣成は、三成の成長振りに驚いた。
一年も経つと、子どもというのはあんなにも大きくなるものかと感じた。
顔も程よく日焼けをし、目付きも鋭く、ちょっと見、いい男に仕上がっていた。
三成ら本家の奴婢が、椿井の奴婢長屋を訪れたのは、西の空が一段と熟した頃だった。
廣成は、家族全員で三成を出迎えた。
「父さん、母さん、戻ったで」
三成は笑顔で言った。よく見るとまだ子どもやなと父は思った。
母は、
「お帰り」
と言ったが、それは涙声だった。
「兄さん、お帰りなさい」
雪女も、久しぶりの兄の姿に目元を潤ませていた。
「ただいま、……雪女、大人になったか?」
「え、そんな、別に、なんも変わってないわ。」
「そうか……、なんか綺麗になったように思えんのやけど」
雪女の頬が俄かに赤らんだ。
「おお、弟成、大きくなったな」
弟成を抱き上げた。
弟成は、三成の太い腕の中ではしゃいでいた。
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