秀吉の猫

hiro75

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第18話

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 ヤヤが酒を持ってきた。

「随分熱心ですね、大きな声をあげて。そんなに難しいのですか? 猫1匹捜すのが」

「ただの猫ではない。天下人の〝猫〟だ」、長政は煩そうに云った。

「城内をよくよく捜したんですか? 猫は縄張りを持ってますから、そんなに遠くには行かないはずですよ。もしかしたら、誰かが隠してるのかもしれませんよ。例えば、太閤殿下とか」

「なぜ太閤殿下が、ご自分の猫を隠さねばならぬのだ?」

 長政は、妻の幼稚な考えに苦笑した。

「太閤殿下はお好きではありませんか、むかしから人を驚かすのが。今回も猫を隠して、近習たちが右往左往するのを楽しんでいるのでないですか? 太閤殿下の部屋を捜してみなさい、案外、ヒョッコリ出てきますよ」

「そんなバカな」と、長政は鼻で笑った。

 次の瞬間、囲炉裏の中で薪がパチリとはじけた。

 火の粉がぱっと飛び散り、すっと消えていった。

「あっ!」と思い当たった。治長に向き直る、「修理殿、先ほど城内をくまなく捜したと申されたな」

「くどい、武士に二言はござらん」

「本当でござるか? 隅々まで? 淀様の部屋まで捜されたか?」

 治長は、うっと唸ったまま、しばらく動かなかった。

「淀様のお部屋はいかに?」

「し、調べる理由がありません」

「なぜでござる?」

「そ、それは奥方様ですし……、捨丸君の母君ですので……、いや、そんな、ありえない」

 治長は荒々しく首を振った。

 ヤヤは、何の事かと興味津々で2人の男を交互に眺めていた。
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