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~そして愚者は歩き出す~
6-2<決別の前>
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それまでの人生で最も哀しく心細い時、誰よりも慕って頼りたいレジナルドの訪問はフリデリックの気持ちを少しだけホッとさせてくれた。
フリデリックは遺体に覆い縋り泣いていても、父親は勿論誰もフリデリックを救う言葉をかけてくれるものはいなかった。これから自分はどう生きていけばいいのか? まったく未来が見えなかった。否、見えている未来を自分が激しく拒絶している自分がいた。そんなフリデリックを見つめる従兄弟の眼差しは暖かく、フリデリックは縋るようにその逞しい身体を見上げた。
しかしようやく会えた敬愛する従兄弟のレジナルドからかけられた言葉は、フリデリックの弱さを諫め、シッカリしろと鼓舞する言葉だけで、頼るフリデリックの手を掴み返してくれるものではなかった。
『己が思うまま、信じる道を生きろ』
言われたのは一番大切な言葉。言葉にするには簡単だが、今のフリデリックには困難過ぎる事。この状況のフリデリックにどうしろと言うのか? フリデリックは戸惑いを深めるしかなかった。
父の遺体の清めなどの処理のため寝室から出されたときそこに彼がもう一人求め続けていた人物の姿を見つけた。しかしそのテリーはお悔やみの言葉を告げるだけで、それ以上の言葉をかけてくることはない。
「テリー、戻ってきたのですね。会いたかったです」
まるで恋する乙女のような言葉を口にしてしまう。そんなフリデリックの言葉にテリーは金眼を細め柔らかく慈愛に満ちた笑みを返す。
「はい、先日に」
柔らかい笑みをみせてくれるが、短い言葉しかテリーは返してくれない。この状況で会話を弾む訳はないのだがテリーは必要最低限の言葉しか発してくれない。
「………………髪を切られたのですね」
レジナルドは表情を変えなかったが、テリーの後ろにいたレゴリスの表情が強張り軽く睨みつけてきたことにフリデリックは少し身体を強張らす。おそらく他の人は気が付かないレゴリスの変化であったが、神経張りつめて敏感になっているフリデリックだからこそ気付いてしまった。髪の話はするべきではなかったようだ。テリーはそんな二人の様子少し困ったように笑う。
「気持ちを切り替える為に切ったのですが、皆から変な顔されてしまいまして。やはり似合いませんか?」
そんな言葉にフリデリックは顔を横にふり否定する。似合ってない訳でも、おかしいわけでもない。
「いえ、ただ長い髪での方が見慣れていた事もあるのでしょうが、そのほうが貴方らしいような気はします。でもその髪型もよくお似合いです」
二コリと笑みを返したテリーの横でレジナルドは苦笑し溜息をつく。レジナルドもレゴリスは、あまりテリーこの髪型を好んでいないようだ。しかし本当にレジナルドやテリーと話したいのはこういう話題ではないのだが、背後にヴァーデモンド公爵や母親のいる所でどう会話を今後の事の相談にもっていくかは難しかった。案の定こうして話をするのも気に喰わないようで王妃は近づいてきて、高飛車に『フリデリックを敬い、今後はよりいっそう心を込めて仕えるように』と命ずる。その言葉にレジナルドは目を伏せただ笑みをだけを返した。母が加わった事でますます、レジナルドやテリーとの距離感は遠くなり建設的な話題が何もなされぬまま別れることとなった。
ウィリアム王の遺体は宮殿の西の教会にて氷などで冷やされ葬儀の日まで安置することとなる。王の葬儀となると近隣国からの出席者も多く、その為の準備も色々あって時間がかかるからだ。ルイーザ宮殿の向こうにあるだけに、せめてもの父との最後の時間を過ごそうにもサンドリア宮殿から出ることも出来ない為にそれも叶わない。また王の死が公表された事でフリデリックら王族は面会者も多く忙しくなる。
弔意を示す為にやってきたそれらの貴族や他国の使者を前にフリデリックは、人形のように無表情に応対することしか出来なかった。自分の元に訪れた者が誰も王の死など悲しんでおらず、己が今までも変わらぬ生活を過ごす為の儀礼事項としてやっていているしかないことが、透けて見えているからだ。王妃は諂ってくるそれらの者たちに満足そうな表情を返すが、フリデリックは憔悴した表情や嫌悪感を表に出さずにいることで必死だった。
姉のエリザベスはまた別の形の訪問者が絶えず訪れていた。容姿、体型は様々だが共通点は二十代から三十代前半の高位の地位にいる独身男性。それらの男性に囲まれエリザベスは笑みを返すものの、その顔にいつもの華やかさはない。
「申し訳ありません。姉は疲れております。少し休ませていただけないでしょうか?」
その様子をみかけたフリデリックは、自分の弔問客が途切れたタイミングでその集団にそう声をかけてしまった。その瞬間あからさまにホッとしたエリザベスの顔を見て、姉も自分同様に今回の事で疲れきっている事を察する。笑みを張り付けたまま、口先ばかりの気遣う言葉をかけながら去っていく集団をエリザベスは冷めた目で見送っていた。
エリザベスは大きく溜息をつき、クロムウェル侯爵と妙にテンション高く話し合いをしている母親の様子をジッと見つめる。青い瞳にギラギラとした光を帯びさせていて未来の事を話す様子は、愛する夫を若くになくしたばかりの未亡人には見えなかった。
「フリッツ、私わたくしはお父様やお母様とは違って、愛する人と結婚する。私の地位ではなく私自身を愛してくれる人と結ばれて、本当の女としての幸せを手に入れるわ」
そんな事を弟に突然語ってきた姉にフリデリックは驚く。その口調はいつもの無邪気で思いついたままを能天気に話しているわけではなく、静かでいて強い想いを感じる口調だった。それだけに軽く言葉を返せず黙り込んだ弟にエリザベスは少し怒ったような膨れた顔をする。
「なに?! 無理だと貴方はいいたいの?」
フリデリックは笑って首と横にふる。顔はそれなりに整っているが印象的にはパッとしないフリデリックとは異なり、母親に似て華やかな顔立のエリザベスならば、その美しさに惹かれる男性も多いだろう。艶やかなダークブラウンの髪と濃い色の瞳は、知的な雰囲気もあり身内の贔屓目を差し引いても素敵な女性ではある。ただ少し気が強く我儘な所が難といったら難だが、そこも彼女の魅力にしている。
「いいえ、素敵な事だと思います。姉上は私と違って、活発で何に対しても積極的だからそんな恋愛も出来ると思います」
エリザベスの藍色の瞳がフリデリックを睨んでくる。
「それって男性から私へのアプローチはこないと言いたいのかしら?」
そういうつもりではなかったのだがエリザベスは怒り顔をプイっと逸らしてしまう。怒っていてもその顔にはいつものようなキツさとか怖さはない。そして寂し気にその目が扉の方をジッとみたまま止まっているのをフリデリックは静かに見つめていた。フリデリック同様、エリザベスも家族の死を哀しみ今の紛乱した状況に戸惑っている。誰かに寄り縋りたい状況だったのだろう。そして無意識に愛しいキリアン・バーソロミューの存在を求め、その訪問を望み続けている。生まれて初めて弱気な姿を見せた姉にフリデリックはいつも以上の親しみを覚えた。仲が悪いわけではないが、性格も真逆、趣味も悉く合わない、そんな二人だからあまり向き合って話をすることもなかった。そんな姉がこの日だけは近い存在に思えた。
「姉上は、自由に生きて下さい」
そう告げる弟にエリザベスは泣きそうな顔で笑い、弟を優しく抱きしめた。それはフリデリックが覚えている限り初めての姉からのハグで、そしてこれが最後のハグだった。この時繋がり通い合ったがと思われた姉弟の絆は、戴冠式の日を境に真逆の運命を選んだ事で途切れ離れてしまうことになる。
エリザベスの元に群がる男同様、人並み以上の野心もあり、エリザベスの想いも気付いているはずのキリアンは早い段階でサンドリア宮には来て王妃の元には挨拶にきたものの、エリザベスを慰める言葉をかけることもなく去っていった。何故気遣いの出来る本物の紳士と名高いキリアンが、こんな大変な事になり苦しんでいるエリザベスの元に駆けつけてくれることをしないのか? エリザベスは求め過ぎたあまり、怒りすら感じる程待ち続けたが、あの優しい美しい笑みをもつあのキリアンは彼女の前に現れる事はなかった。アデレード王国姫としての彼女に訪れる客を前に、エリザベスの笑みは日に日に冷えたものへとなっていった。
そのようにフリデリックとエリザベスは大人たちによってたかって神経をすり減らされていく日々は緩やかに過ぎていった。二人の子供の瞳から無邪気さが消えた頃、葬儀と戴冠式の日の朝がやってきた。
身体と心は疲れきっているものの、その日の目覚めは異様に良かった。侍女のマールが起こしに来る前というよりもまだ日が昇る前に起きてしまい、頭も冴えてしまった状態で再び眠ることも出来ない。フリデリック大きく息を吐きベッドから起き上がり窓辺へと向かう。音を立てないように窓を開けまだ暗い世界を見つめる。
葡萄色の瞳が、ゆっくりと明るくなり空を赤く染めていく様を映していく。その美しい朝焼けの風景はフリデリックに何の心の動きも与えなく、その瞳はただ変化していく光景を映すだけだった。
フリデリックは遺体に覆い縋り泣いていても、父親は勿論誰もフリデリックを救う言葉をかけてくれるものはいなかった。これから自分はどう生きていけばいいのか? まったく未来が見えなかった。否、見えている未来を自分が激しく拒絶している自分がいた。そんなフリデリックを見つめる従兄弟の眼差しは暖かく、フリデリックは縋るようにその逞しい身体を見上げた。
しかしようやく会えた敬愛する従兄弟のレジナルドからかけられた言葉は、フリデリックの弱さを諫め、シッカリしろと鼓舞する言葉だけで、頼るフリデリックの手を掴み返してくれるものではなかった。
『己が思うまま、信じる道を生きろ』
言われたのは一番大切な言葉。言葉にするには簡単だが、今のフリデリックには困難過ぎる事。この状況のフリデリックにどうしろと言うのか? フリデリックは戸惑いを深めるしかなかった。
父の遺体の清めなどの処理のため寝室から出されたときそこに彼がもう一人求め続けていた人物の姿を見つけた。しかしそのテリーはお悔やみの言葉を告げるだけで、それ以上の言葉をかけてくることはない。
「テリー、戻ってきたのですね。会いたかったです」
まるで恋する乙女のような言葉を口にしてしまう。そんなフリデリックの言葉にテリーは金眼を細め柔らかく慈愛に満ちた笑みを返す。
「はい、先日に」
柔らかい笑みをみせてくれるが、短い言葉しかテリーは返してくれない。この状況で会話を弾む訳はないのだがテリーは必要最低限の言葉しか発してくれない。
「………………髪を切られたのですね」
レジナルドは表情を変えなかったが、テリーの後ろにいたレゴリスの表情が強張り軽く睨みつけてきたことにフリデリックは少し身体を強張らす。おそらく他の人は気が付かないレゴリスの変化であったが、神経張りつめて敏感になっているフリデリックだからこそ気付いてしまった。髪の話はするべきではなかったようだ。テリーはそんな二人の様子少し困ったように笑う。
「気持ちを切り替える為に切ったのですが、皆から変な顔されてしまいまして。やはり似合いませんか?」
そんな言葉にフリデリックは顔を横にふり否定する。似合ってない訳でも、おかしいわけでもない。
「いえ、ただ長い髪での方が見慣れていた事もあるのでしょうが、そのほうが貴方らしいような気はします。でもその髪型もよくお似合いです」
二コリと笑みを返したテリーの横でレジナルドは苦笑し溜息をつく。レジナルドもレゴリスは、あまりテリーこの髪型を好んでいないようだ。しかし本当にレジナルドやテリーと話したいのはこういう話題ではないのだが、背後にヴァーデモンド公爵や母親のいる所でどう会話を今後の事の相談にもっていくかは難しかった。案の定こうして話をするのも気に喰わないようで王妃は近づいてきて、高飛車に『フリデリックを敬い、今後はよりいっそう心を込めて仕えるように』と命ずる。その言葉にレジナルドは目を伏せただ笑みをだけを返した。母が加わった事でますます、レジナルドやテリーとの距離感は遠くなり建設的な話題が何もなされぬまま別れることとなった。
ウィリアム王の遺体は宮殿の西の教会にて氷などで冷やされ葬儀の日まで安置することとなる。王の葬儀となると近隣国からの出席者も多く、その為の準備も色々あって時間がかかるからだ。ルイーザ宮殿の向こうにあるだけに、せめてもの父との最後の時間を過ごそうにもサンドリア宮殿から出ることも出来ない為にそれも叶わない。また王の死が公表された事でフリデリックら王族は面会者も多く忙しくなる。
弔意を示す為にやってきたそれらの貴族や他国の使者を前にフリデリックは、人形のように無表情に応対することしか出来なかった。自分の元に訪れた者が誰も王の死など悲しんでおらず、己が今までも変わらぬ生活を過ごす為の儀礼事項としてやっていているしかないことが、透けて見えているからだ。王妃は諂ってくるそれらの者たちに満足そうな表情を返すが、フリデリックは憔悴した表情や嫌悪感を表に出さずにいることで必死だった。
姉のエリザベスはまた別の形の訪問者が絶えず訪れていた。容姿、体型は様々だが共通点は二十代から三十代前半の高位の地位にいる独身男性。それらの男性に囲まれエリザベスは笑みを返すものの、その顔にいつもの華やかさはない。
「申し訳ありません。姉は疲れております。少し休ませていただけないでしょうか?」
その様子をみかけたフリデリックは、自分の弔問客が途切れたタイミングでその集団にそう声をかけてしまった。その瞬間あからさまにホッとしたエリザベスの顔を見て、姉も自分同様に今回の事で疲れきっている事を察する。笑みを張り付けたまま、口先ばかりの気遣う言葉をかけながら去っていく集団をエリザベスは冷めた目で見送っていた。
エリザベスは大きく溜息をつき、クロムウェル侯爵と妙にテンション高く話し合いをしている母親の様子をジッと見つめる。青い瞳にギラギラとした光を帯びさせていて未来の事を話す様子は、愛する夫を若くになくしたばかりの未亡人には見えなかった。
「フリッツ、私わたくしはお父様やお母様とは違って、愛する人と結婚する。私の地位ではなく私自身を愛してくれる人と結ばれて、本当の女としての幸せを手に入れるわ」
そんな事を弟に突然語ってきた姉にフリデリックは驚く。その口調はいつもの無邪気で思いついたままを能天気に話しているわけではなく、静かでいて強い想いを感じる口調だった。それだけに軽く言葉を返せず黙り込んだ弟にエリザベスは少し怒ったような膨れた顔をする。
「なに?! 無理だと貴方はいいたいの?」
フリデリックは笑って首と横にふる。顔はそれなりに整っているが印象的にはパッとしないフリデリックとは異なり、母親に似て華やかな顔立のエリザベスならば、その美しさに惹かれる男性も多いだろう。艶やかなダークブラウンの髪と濃い色の瞳は、知的な雰囲気もあり身内の贔屓目を差し引いても素敵な女性ではある。ただ少し気が強く我儘な所が難といったら難だが、そこも彼女の魅力にしている。
「いいえ、素敵な事だと思います。姉上は私と違って、活発で何に対しても積極的だからそんな恋愛も出来ると思います」
エリザベスの藍色の瞳がフリデリックを睨んでくる。
「それって男性から私へのアプローチはこないと言いたいのかしら?」
そういうつもりではなかったのだがエリザベスは怒り顔をプイっと逸らしてしまう。怒っていてもその顔にはいつものようなキツさとか怖さはない。そして寂し気にその目が扉の方をジッとみたまま止まっているのをフリデリックは静かに見つめていた。フリデリック同様、エリザベスも家族の死を哀しみ今の紛乱した状況に戸惑っている。誰かに寄り縋りたい状況だったのだろう。そして無意識に愛しいキリアン・バーソロミューの存在を求め、その訪問を望み続けている。生まれて初めて弱気な姿を見せた姉にフリデリックはいつも以上の親しみを覚えた。仲が悪いわけではないが、性格も真逆、趣味も悉く合わない、そんな二人だからあまり向き合って話をすることもなかった。そんな姉がこの日だけは近い存在に思えた。
「姉上は、自由に生きて下さい」
そう告げる弟にエリザベスは泣きそうな顔で笑い、弟を優しく抱きしめた。それはフリデリックが覚えている限り初めての姉からのハグで、そしてこれが最後のハグだった。この時繋がり通い合ったがと思われた姉弟の絆は、戴冠式の日を境に真逆の運命を選んだ事で途切れ離れてしまうことになる。
エリザベスの元に群がる男同様、人並み以上の野心もあり、エリザベスの想いも気付いているはずのキリアンは早い段階でサンドリア宮には来て王妃の元には挨拶にきたものの、エリザベスを慰める言葉をかけることもなく去っていった。何故気遣いの出来る本物の紳士と名高いキリアンが、こんな大変な事になり苦しんでいるエリザベスの元に駆けつけてくれることをしないのか? エリザベスは求め過ぎたあまり、怒りすら感じる程待ち続けたが、あの優しい美しい笑みをもつあのキリアンは彼女の前に現れる事はなかった。アデレード王国姫としての彼女に訪れる客を前に、エリザベスの笑みは日に日に冷えたものへとなっていった。
そのようにフリデリックとエリザベスは大人たちによってたかって神経をすり減らされていく日々は緩やかに過ぎていった。二人の子供の瞳から無邪気さが消えた頃、葬儀と戴冠式の日の朝がやってきた。
身体と心は疲れきっているものの、その日の目覚めは異様に良かった。侍女のマールが起こしに来る前というよりもまだ日が昇る前に起きてしまい、頭も冴えてしまった状態で再び眠ることも出来ない。フリデリック大きく息を吐きベッドから起き上がり窓辺へと向かう。音を立てないように窓を開けまだ暗い世界を見つめる。
葡萄色の瞳が、ゆっくりと明るくなり空を赤く染めていく様を映していく。その美しい朝焼けの風景はフリデリックに何の心の動きも与えなく、その瞳はただ変化していく光景を映すだけだった。
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