愚者が描いた世界

白い黒猫

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~そして愚者は歩き出す~

6-1<金環の照らす先>

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 ヴァーデモンド公爵らの重鎮はウィリアム王の容態を隠していたものの、彼らの王子と王妃の取り込み、自分の一派の頻繁な招集といったあからさまな行動が、王の容態が只事ではない事を周囲に知らしめていた。
  アデレードにおいての王位継承の手順は他の国に比べ複雑である。
 前王の王位継承任命書に加え、元老院議会によって議会の一定数の承認を経てようやく継承を認められ、王としての誓約書にサインすることで王となる。
 そういった手順を踏んだ上で王となり、玉座の前で民主と神に対して報告と誓いの後、神官長の手により戴冠の儀をおこない、やっと国民へ披露となる。
 逆にそのやや面倒な手順が今まで、王位継承争いを表面的に泥沼化させる事を避けてきていた。
 王位継承権をもつ人物が複数いて、何故か複数の前王の継承任命書の存在があっても議会の投票で最終決定するので、それで王位を得たものは堂々の法で定められた正統な王と名乗る事が出来る。
 根回しが十分された後での決定なので、その後の揉め事も少ない。つまりはそれだけの票が得られたという事はそれだけ政治力もあるという事にも繋がるからだ。
  今回はまだ王も若かったこともあり、王位継承任命書はまだ作成されている筈もなく、王妃が代理で息子への王位継承任命書を用意するようだ、ヴァーデモンド公爵による票の根回しが死を前にすでに行われているのだろう。
  前回の継承はレジナルドの父であるリチャード王子が遠征中に戦死した事で、継承者はその兄であるウィリアム王子しかいなかった事で揉める事もなく決まった。
 しかし今回懸念されるのは、継承権をもつのがフリデリックだけでなくレジナルドという人物がいる。
 もし偽造でも前々王が書いたという任命書を手に名乗り挙げたら、フリデリックの地位は危ういものとなる。
 そうなると元老院側と王国軍側の対立は本格的なものとなりどちらが勝っても国が荒れる事は避けられないだろう。
 しかも今の世界情勢でレジナルド率いる王国軍を欠く事になると、それはアデレード自体の危機に繋がる。
 逆にレジナルドが勝利すると、それは即フリデリックの死に繋がる。
 平和主義者であるとはいえ、後々禍根を産む相手をあえて残す必要はないだろう。

  ダンケ・ヘッセンは日に日に憔悴していくフリデリックを警護という形で見守りながら、どうしようもない不安に苛まれていた。
  フリデリックの元に頻繁に訪れるクロムウェル侯爵の様子から評決集めの方は順調にすすんでいているようだ。
 もっとも懸念された王国軍所属のバラムラスらの貴族もフリデリック王子の継承を容認する意志を見せているとも聞いている。
 この様子だと王位継承は問題なく執り行われるだろう。
 しかしその事がフリデリックを追いつめていっていることも心配だったが、それ以上に懸念していることがあった。
 あの王が倒れた日のテリーの様子がダンケの頭から離れない。
  あの言葉はなく様々な思惑が入り乱れたであろう空間。 
 テリーは腕の中の動揺するフリデリックに視線を向けることなく部屋を見渡したあと、ゆっくりと瞬きをしてから何かをフリデリックに囁く。
 フリデリックと離された後、上司であるレジナルドかバラムラスの側に移動しそこで控えるかと思ったが、数歩動き壁際に寄っただけで、その場から動かず何かを考えるようにジッと反対側の壁を見つめ続けていた。
 レジナルドも同様で誰と何か会話するわけでもなく一人離れた位置に立ち、部屋にいる皆の姿をただジッと見つめていた。
  状況が医師より説明され散会となり、レジナルドに呼ばれ共に部屋を出るテリーはダンケに意味ありげな視線を向けてきた。
 それを自分の腰へと動かし、意識を促す。テリーの細い指が彼の剣を軽く弾いた。
 それは近衛兵の間で交わされるサインで『警護対象に敵が現れた。警戒して備えろ』という事を示すもの。
 何故テリーがそのサインを知っているのかは分からなかったが、その意図を確認する前にレジナルドについてテリーは去ってしまった。
  あれから警戒しながらフリデリックの警護にあたるが、具体的にそれらしい怪しい動きは感じられなかった。
 とはいえ、今の状況では誰がどういう意図で動くか見えづらく、結果それがフリデリックをサンドリア宮殿のより安全な奥に閉じ込める結果となっている。ダンケが一番気になるのは、あの日以来テリーの姿が消えたという事である。
 警護の時間をやりくりしてテリーが面倒をみているという孤児院での接触をはかろうとしたが失敗している。
 ウィリアム王が倒れた日以降、テリーが一切人前に姿を見せてないからだ。
 国境に不穏な動きがあり出征しているらしいという情報は聞いたが、孤児院で会えたグレゴリーもその事に疑問を感じているようだった。
 テリーが出征しているというわりに、テリーの身内ともいうべき部下がアルバードに残っていて、孤児院での慈善活動を続けているという。
 特に孤児院に来ている二人は常にどちらかがテリーの横に控えており、その二人がテリーだけを戦場に行かせる事はありえないという。
 「その二人はいつ、コチラに?」
  テリーの部下と言う人物に会いたいと思い、そう訊ねるとグレゴリーは何故かダンケを激しく睨みつけるような怒りの籠った表情をみせる。
 その眼の激しさ、奥に見える憎悪にも似た暗い感情にダンケは身体を緊張させる。
 いつかフリデリックに【正義】について語ったときも感じたが、グレゴリーが時折みせる激しい感情に驚く事がある。
 この人は暗く重い過去を抱えている。その事に恐怖を覚える時がある。
 「余計な事をするな!!
  ……フリデリック様の側につかえる貴方が、接触するのはお止めください。コーバーグ様を危険に晒しかねない!」
  公爵家とナイトのコーバーグでは明らかに地位はグレゴリーの方が上だというのに、敬称をつけた事が奇妙に響く。
 ダンケの怪訝な表情に気が付いたのだろう。グレゴリーは表情を何時もの雰囲気に戻す。
 「その二人がいるとき、いつもここには似つかわしくない不自然な感じの見かけない男が監視するかのようにきています。
 そんな中、フリデリック様に仕える貴方が、王国軍の人間であるコーバーグ様に接触を図ろうとしているというのが知れたら、フリデリック様、コーバーグ様どちらにも危険を及ぼす事になりかねない」
  言っている事は理解出来るが、グレゴリーはフリデリックではなくテリーの身に何かが起こる事を恐れているように感じた。
 フリデリック王子の為を本気で想うなら、無理にでも王国軍側との接触をもたせておいたほうが良い気もする。今のままでは、フリデリックは味方が誰もいない中、一人で闘い続けなければならない。
 以前グレゴリーが言った、ダンケは盾になることしか出来ないと言われた言葉を今痛感しているところだった。だからこそフリデリックにとっての剣となり導ける人物が欲しかった。
 そういう意味でフリデリックも慕っているテリー、そしてそこに繋がるレジナルドの存在は需要だった。
  しかしそこを元老院はよしとしない。
 バラムラスやレジナルドもフリデリック支持側にまわっている今、誰が何を警戒するのか? と思われるが、元老院側がフリデリック王子へ支配力を王国軍に奪われる事を案じて、必要以上の接触は確かに好まないだろう。
 しかし今のこの軟禁状態をなんとかしないといけない。
  あと理解できないのは、何故王国軍がテリー・コーバーグを隠したのか?
 部下がアルバートにいるというのが本当ならテリーは出征などしていないのだろう。
 しかしテリーの部下が通常生活をあえて送っているという事は、テリーが今現在危険な状態ではないという事にはなる。
 金環眼の人間は外交的にも強い力をもつ存在。それを王国軍自らが損なうような事はしないだろう。
 それとも出征は本当で、何かアルバートで起こった時の為に、信用出来る部下を残した?
  ダンケはまったく読めない事態に憂苦しながらフリデリックの側で警護の仕事の従事しているうちにも時間は過ぎ、王の訃報が届く。
  ベッドに横たわる王は、たった二週間ちょっとしか経っていない筈なのに驚く程細くなっていた。
 その王に覆い縋り声を殺して泣くフリデリック王子に、父親の遺体を前に怯えるように口元を手で隠し震えるエリザベス姫。
 そして王妃は夫の遺体にはいっさい興味ないようでヴァーデモンド公爵らとうっすらと笑みさえ浮かべて今後の事を話しあっていた。
 その様子を寝室の入り口の所で控え見つめていたダンケは嫌悪に近い感情を抱く。
 王妃はずっと悩み苦しんでいた息子の元にも一切現れる事はなかった。
 この女性にとっては夫も息子も自分の権力を維持する為の道具でしかないのだろう。
  王の部屋の扉が開き、レジナルドの訪問が告げられ黄金の髪を靡かせ二人の部下を伴って入ってくる。
 その一人がテリーであったことにダンケは顔に出さないが驚く。
 同時にテリー自身の変化に意識がいってしまう。まずテリーの背中まであった長い髪がバッサリない。いつも編み込み固く纏められていた髪が今はすっかり短くなり、毛先が見える事で一本一本の柔らかさをより感じ華やかさを加えていた。
 以前堅苦しい髪型だっただけに軽快で開放的な雰囲気になったように見える。
  レジンルドは部下を控えの部屋に残し叔父の元へと向かう。
 単なる護衛でしかないダンケを気にする事もないのか、すぐ近くを通り抜け寝室に入っていく。
 レジナルドを通す為に少し移動し見送ってからレゴリスと共に前室で待機するテリーへと改めて視線を向けるとテリーは目を合わせ小さく目礼だけをしてくる。
 挨拶の意味以上の感情が見えないその表情にダンケは戸惑う。しかもそれ以上の交流は不要とばかりに。
 テリーは視線を戻してしまいダンケの求める答えをなにもあたえてくれない。
  寝室の方では、レジナルドは精悍な顔に悼みを感じる弔慰の言葉を王妃や王子にかけ、伯父の遺体を哀の色を滲ませ見つめる。
 ダンケはその人間らしい感情を見せるレジナルドに少しホッとする。
 やはりここで何か仕掛けてフリデリックに、何かしようというような狡猾な事する人物ではないのだろう。
 今まで王位の届く所にありながら、それに興味の無い態度を貫いてきた男だが、その意思は本物に感じる。
 ならばテリーが注意しろといった敵はどこなのか?
  レジナルドは泣き続けているフリデリックを見つめその頭に手をやる。
 「フリッツ、しっかりしろ。叔父上に代わってお前が、母親と姉を守っていけ」
  レジナルドの言葉に、気持ちを必死に引き締めようとするフリデリックだったが、やはり感情が抑えきれないのかその瞳から大粒の涙を流し続ける。
 その様子を痛ましそうに見つめるレジナルドは小さく溜息をついた。
 「お前はお前らしく、自分が正しいと信じる道へ動け。そうすれば道は拓く」
  最もこの部屋で唯一フリデリックを想いかけられた言葉だったが、ヴァーデモンド公爵とクロムウェル侯爵露骨に嫌そうな顔をし、王妃は王となる人物に対して失礼だと不快そうな言葉を発し眉を顰めた。
 レジナルドはそんな三人の様子など気にする様子もなく、改めて叔父であるウィリアム王の遺体に向き直り何かを語りかけるかのように見つめていた。

  神官らがやって来て部屋から皆を出す。
 葬儀までの準備の為棺に納められ、出来る限り早く処置し氷で保存する作業もあるからだ。
 少し足元がおぼつかないフリデリックを支える為に腕の中に迎えながら、ダンケはテリーの様子を探る。
 テリーは敬愛の篭った瞳で目礼をして上司を迎え、レジナルドは僅かに表情を和らげ部下を見つめる。
 元々テリーはレゴリスに並ぶ側近のような存在なので、その状況は何の不思議ではないものだが、ダンケにはどこか異様なものに思えた。
 王が倒れた日のどこか緊張した二人の様子が嘘のように今の二人は自然に共にいる。
 そして会話などいらないように目を合わすだけで気持ちを通じ合わせるレジナルドとレゴリスの親友であるやりとり。
 あの日レジナルド、テリー、そしてレゴリスの間に生じていた微妙な距離感と緊張感が今はない。
 その事が良い事なのかどうなのかの判断はダンケには分からなかった。
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