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1巻
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しおりを挟むプロローグ
「エリク! 素材にはぜっったい触るなよ!」
ここ数ヶ月、俺が働く錬金工房の朝は、必ずと言っていいほど工房長のこの言葉から始まる。
錬金工房にいて素材に触るなということは、仕事をするなということと同義だ。孤児の俺にだってプライドはあるし、反論したいが……そんな言葉に頷くしかない。
なぜなら俺が素材に触れると、どんな素材もダメになってしまうから。
「もちろん、分かっています」
俺の言葉は、自分でも分かるほどに重く暗かった。
仕方がないことだと分かっていても、やはりこの事実に直面するたびに悲しくなるのだ。
同僚たちが忙しそうに素材を手にして錬金を始めているのを見て、唇を噛み締めた。
数ヶ月前までは、俺も普通に働いていたのに。錬金が好きだったのに。なんでこんなことになったのか……神は俺に恨みでもあるんだろうか。
邪魔でしかない、あんなスキルを俺に授けるなんて。
この世界では一人一つ、二十歳までにスキルが与えられる。
よくあるスキルは俊足や筋力強化など、ありがたいけど目立たないスキルだ。剣術や魔法系のスキルを手に入れればかなりの幸運で、騎士団や魔法師団を目指せる。
それ以外にもテイムや空中浮遊、索敵、鑑定など特殊なスキルも存在しているのだが……俺が手にしたのは、そんな特殊スキルのうちの一つだった。
しかもスキルの一覧本にも載っていない、かなりの希少スキル。
――素材変質。
それが俺のスキルだ。
スキル名が頭の中に響いた時には、心が浮き立った。なぜなら聞いたことのない希少スキルは、凄い効果を発揮することも多いからだ。
でもそれから数時間、錬金工房で様々な素材に触れてみて、浮き立った心は粉々に砕け散った。なぜなら……触れた素材は全て元よりも使えない、品質の悪い素材に変質したから。
例えば風邪薬などによく使われるヒール草。俺がヒール草に触れると、ただの雑草か腐ったヒール草、または枯れたヒール草になる。今のところ百回以上試して、より良いものになったことは一度もない。
「エリク!」
工房長に怒鳴るように声をかけられ、ハッと顔を上げた。
「は、はい。何でしょうか」
「ボーッとしてんじゃねぇ。お前は役立たずなんだから、念入りに掃除でもしてろ! うちの工房は、給料泥棒を雇ってられるほど余裕ねぇんだ!」
工房長がそう吐き捨てて俺の横を通り過ぎていったところで、思わず溜息が溢れる。工房長は昔から厳しい人だったが、こんなことを言う人じゃなかったんだ。
ただ俺のスキルが発現して、それが使えないどころか害悪なスキルだと分かって、何度かミスで素材をダメにしたら……俺への当たりが強くなった。
悲しいし怒りも湧くが、工房長の気持ちも分かるので、何も言い返せない。今の状況で、解雇されないだけ俺はラッキーなのだ。
本当に、なんでこんなスキルを授かったんだ。こんなスキルならない方がよっぽどマシだった。他の皆みたいに筋力強化とかだったら、どれほど良かったか。
もう何度目になるか分からない、どこにぶつければいいか分からない怒りが湧いてくる。
「はぁ……」
怒りを溜息に変えて、汚れた雑巾を手にした。
こういう既製品は素材変質の対象外なのだ。俺の素材変質スキルが発動するのは、加工前の植物系の素材、魔物の素材、鉱石や金属などの素材に触れた時だけ。
加工前のものは、手袋をしていても触れたらダメだった。手袋なしでは一瞬で変質するが、手袋をしていてもせいぜい一秒の猶予ができるぐらいだ。
「もう、辞めた方がいいかな」
思わずそう呟いたが、どうしても踏ん切りがつかない。
ここを辞めても、他で雇ってもらえるなんて保証はないのだ。元々孤児という大きなハンデがあるのに、それに加えてこんな変なスキル持ちだ。誰も雇いたがらないに決まっている。
加工後の商品しか置いていないところとなると、かなり職種が絞られるだろう。基本的に工房は無理で、例えばどこかの店で働く店員などだろうか。
でも店員になるには、孤児という出自が邪魔をするのだ。
孤児院出身だと身元が曖昧だから、客に対応する店員としては歓迎されない。孤児という情報だけで、落とされてしまう。
そうなるともう、あとは冒険者ぐらいしか……
「って、うわっっ!」
考え事をしながら掃除していたら床から顔を上げた瞬間、棚にぶつかってしまった。何か大きなものが俺の上に落ちてきた気配がして、思わず両手で頭を庇ってしまう。
しかしほとんど衝撃はなくて、恐る恐るその何かの下から這い出ると……それは、保管されていた魔物の皮だった。
「や、やっちゃった」
綺麗な輝きを誇るルビースネークの皮が、俺の手に触れたことでみるみるうちにその輝きを失っていく。呆然としているうちに、俺の腕の中にあったはずのルビースネークの皮が、ただのレッドスネークの皮になってしまった。
近くにいた同僚たちが目を見開いて俺とスネークの皮を凝視していて、異様な静けさに包まれたところに――工房長がやってきた。
「そ、そ、それは……っ!」
工房長は事態を把握すると顔を真っ赤に染め上げ、俺の服の襟首を掴んだ。そして至近距離で怒鳴られる。
「なんてことをしてくれたんだ! これがいくらするのか分かってるのか!?」
「……本当に、すみません。少しずつでも弁償を……」
「もういい!」
工房長はこれ以上俺の言葉を聞きたくないと言うように遮ると、襟首を掴んでいる手を強めに払った。それによって俺は床に倒れ込み、見上げた工房長に睨みつけられながら、絶望を感じる言葉を告げられる。
「エリク、お前はもうクビだ。今すぐ出ていけ! 早く!」
工房長に工房の出入り口を指差された俺は、突然の出来事にまだ混乱しながらも、とにかくこれ以上怒らせてはいけないと立ち上がった。
そして惨めで泣きたい気持ちを押し殺し、冷静に頭を下げる。
「今まで、ありがとう、ございました……」
突然追い出されるのは辛いが、害のあるスキルが発現してからもしばらく雇い続けてくれて、無駄にしてしまった素材の弁償も求められていない。
これは、工房長なりの精一杯の優しさだろう。
俺は勝手にそう思うことにして、もう工房長の顔も同僚の顔も見ずに、自分の鞄だけ掴んで俯いたまま工房を後にした。
後ろでドアが閉まる音が響いてから一度だけ振り返ったが、誰一人追いかけてきてくれる人はいない。それを確認してから未練を断ち切るように頭を横に振って、行き先も決まらないまま足を前に進めた。
第一章 冒険者と衝撃の事実
工房を飛び出してしばらく当てもなく歩いていると、やっと混乱していた頭の中が落ち着いてきた。そこで近くにあった広場のベンチに腰かけ、これからのことを考えることにする。
「はぁ……これからどうするか」
俺は工房の屋根裏部屋を借りて暮らしていたので、仕事と一緒に住む場所も失ったことになるのだ。あそこにあった家具とかは備え付けだし、取りに戻っても仕方がない。必要な荷物は全て鞄に入れていたから、この鞄の中のものだけが今の俺の全てだ。
とはいえ、この鞄にだって碌なものは入っていない。
少ない給金をコツコツと貯めていたお金と、仕事に使ういくつかの道具ぐらいだ。
「そうだ。屋根裏部屋に服を置いてきたままだ……」
小さな収納スペースに畳んで仕舞っていた服を思い出し、取りに戻ろうか悩む。でも工房長はかなり怒っていたし、正直荷物を取りに戻る勇気はない。
やっぱり、もっと早くに自分から辞める決断をするべきだったんだ。
それなら次の仕事を探す猶予もできただろうし、工房長とだってこんなに険悪にならず、住む場所もない状態で突然放り出されることはなかった。
今更考えても意味はないが、どうしても後悔が浮かんできてしまう。
「はぁ……」
スキルを得てから何度目か分からない溜息を溢し、とりあえず服は諦めることに決めた。もうかなり古かったし、ちょうど買い替える理由になっただろう。
無理にでも明るい方向に考えた俺は、とにかく仕事を見つけないとこの先の生活が成り立たないと気合を入れて、勢い良く立ち上がった。
まず住む場所は安い宿にしよう。そして服とか生活に必要なものは、中古で揃えるしかない。
ただ何をするにも金が必要だ。今俺が持っている金で生活できるのは……せいぜい一ヶ月ほどだと思う。その間に安定した収入を得られるようにしないと。
「もう、冒険者ギルドに行くしかないか……」
冒険者ギルドとは世界中に広がる組織だ。出自は関係なく誰でも冒険者として登録ができ、それぞれにランクというものが割り振られる。そのランクに応じて受けられる依頼があり、依頼を受けて達成すると報酬がもらえる仕組みなのだそうだ。
確か最初は全員が一番低いランクからスタートして、実力があれば少しずつ上がっていく。そして上位ランクの依頼ほど、報酬も高いのだ。完全な出来高制であるため、実力さえあれば大金持ちになることもできる。
ただその代わりに、依頼を達成できなければ収入はゼロで、さらに依頼中の事故などに関しては全て自己責任と聞いた。依頼の内容は魔物討伐や素材採取、護衛など危険なものが多いらしいことを考えると、かなり厳しい仕事だろう。
俺は孤児院を出て働き始める時に、冒険者になることも視野に入れたのだ。
しかし戦いのセンスがなくて、死と隣り合わせという環境に自分が耐えられるとは思えず、断念した記憶がある。
だから冒険者だけは選びたくなかったが……他に選択肢がない以上、仕方がない。
「よしっ」
こうなったら腹を括って、冒険者として生きていくしかない。俺は気合を入れて、まずはギルドまで走っていくことにした。
十二歳の時から六年間、ずっと椅子に座って錬金ばかりしていたのだ。体は完全に鈍っていて、少しの運動で尽きる体力だろう。これからは毎日鍛えないといけない。
意気揚々と走り出してから数分後――俺は大通りの端にへたり込んでいた。まだギルドには辿り着いていない。
「マジで、やばいな。……はぁ、走るのって、こんなに疲れるのか」
自分の体力のなさに自分で驚く。確かに思い返してみると、俺は工房から一歩も出ない日もあったほどに、錬金にのめり込んでいた。それは体力だって底辺を這っているはずだ。
「ふぅ……」
なんとか息を整えてから、普通に歩いていこうと決めて再度ギルドに向かって足を進めた。
突然走ったりしたらダメだ。まずは毎日歩くようにして、それに慣れたらジョギングから始めよう。あとは筋トレもして力を付けないと。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。六年前に何回か来た以来で、凄く懐かしい。
少しだけ緊張しつつドアを開けると……中は意外にも閑散としていた。冒険者が集まる時間じゃないみたいだ。
受付がいくつかあって、その中の一ヶ所だけ人がいたのでそこに向かう。
「冒険者ギルドへようこそ。ご依頼ですか?」
受付にいる女性はにこやかな笑みを浮かべて対応してくれた。ご依頼ですかってことは、俺が依頼を出す側だと思っているらしい。
まあ、それも仕方がない。このヒョロヒョロが冒険者登録をするとは思わないだろう。一瞬で魔物にやられて死ぬ未来しか見えないはずだ。
「いえ、冒険者登録をしたくて」
でも俺は、冒険者以外に道がないのだ。ほぼ確実に採用されないだろう就職活動に時間を割いている暇はない。
そんなことをしているうちに金が尽きて、その辺で野垂れ死ぬことになってしまう。
「……かしこまりました。冒険者は危険な仕事も多いですが、よろしいですか? 全て自己責任となりますので、大きな怪我をした場合などに補償されることはありません」
「はい。大丈夫です」
女性はかなり心配してくれているのか眉間に皺を寄せていたが、俺が躊躇うことなく頷いたのを見て諦めたのか、一枚の紙を取り出した。
「こちらに必要事項の記入をお願いします」
「分かりました」
それからいくつかのやり取りを済ませ、登録料を支払って冒険者登録は完了だ。俺はFランクの冒険者カードを受け取り、さっそく依頼票が貼られた掲示板に向かった。
冒険者はFからAランクまでに分かれていて、自分のランクの一つ上の依頼までしか受けられないらしい。ランクを上げるには依頼をたくさんこなし、冒険者ギルドの昇格試験に合格しないといけないそうだ。
「報酬が安いなぁ」
Fランクの、特にその中でも一般的な採取依頼は、毎日必死に働いて何とか暮らしていける程度の報酬のものしかない。
でも俺に戦闘技術はないし、魔物討伐なんて無理だから仕方がない。
「これにするか」
街のすぐ近くでも採取できるような簡単な依頼を選び、依頼票を剥がして受付に向かった。
依頼を受注してからまず向かったのは、冒険者ギルドの隣にあった道具屋だ。冒険者が必要とするものが一通り揃っている店らしい。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「ナイフを買いたいです」
「ナイフですね。そこの奥に五本あります。お好きなのをどうぞ」
店員が教えてくれた場所に向かうと、確かに五本のナイフが並んでいた。どれも無骨で使いやすそうなナイフだ。
魔物に対して使うんじゃなくて基本的には採取用だから、これは重すぎるし、こっちのナイフは刃が分厚すぎる。
錬金工房で素材の処理をする時に使っていたナイフを思い出しながら五本全てを確認し、一番手に馴染んだものを選んだ。
さらにいくつか冒険者としての生活に必要なものを購入し、依頼を受ける準備は完了だ。
「ありがとうございました~」
店員に見送られながら店を出ると、何となく入店時よりも背筋が伸びる気がした。やっぱり使いこなせなくても、武器を持ってると気が引き締まるな。
六年前に一度はセンスがないと諦めた道だけど、また剣も練習するかな。素材採取で何とか食い繋いでいる間に、剣を練習して魔物討伐もできるようになるのが理想だ。
魔物を倒してその素材を売れるようになれば、一気に生活は楽になるだろう。
でもとりあえず、今は素材採取だ。最初に受けた依頼を失敗するわけにはいかない。
俺は気合を入れ直して、街の外門に向けて足を進めた。
「おっ、新人冒険者か? 気を付けろよ~」
外門を通る時に門番の男性に声をかけられながら、俺は数年ぶりに街の外に出る。街の外には魔物がいて危ないので、基本的に街中に住む人は外に出ることなどないのだ。
街によっては魔物がほとんどいないため外門がない地域もあるらしいが、この街は外門を出るとすぐに草原と森が広がっていて、そこには魔物が生息している。
「おお……広いな」
どこまでも続くような草原と遠くに見える森。そして先が見えないほどに続いている街道。
俺はそんな景色に、少し感動した。
しかしすぐに気持ちを切り替え、周囲への警戒を強める。素材採取の依頼だって、魔物に襲われる危険はあるんだ。しっかりと警戒して、魔物がいたら早めに逃げるようにしないと。
「依頼はヒール草を十本だったな」
ヒール草はどこにでも生えている薬草で、風邪薬などによく使われるものだ。しかし錬金素材としても使われていたので、かなり汎用性が高い素材だと思う。
こういう草原に生えてるはずなんだけど……
外門に近い場所で、草原の中を覗き込むようにしながらうろうろと歩き回っていると、数分で一本目のヒール草を見つけることができた。
これを何とか、手で触れずに採取しなければいけない。鞄から道具屋で購入した小さなトングを取り出す。
錬金をするには繊細な処理が必要で、トングじゃあまりにも時間がかかりすぎて話にならなかったが、採取をするぐらいならこれでいけるはずだ。
左手にトングを持ち右手にナイフを持って、ヒール草を上手く押さえて……
「よしっ」
ナイフで切り取ることに成功した。トングで挟まれたヒール草は変質していない。あとはこのヒール草を、買ってきた袋に入れられれば完璧だ。
絶対にヒール草には触れないように注意をして、一本目の採取が成功した。
「ふぅ……」
俺はなんとかやっていけそうなことが分かり、安心感から大きく息を吐き出す。
思わずその場に座り込み、両手を地面に付いて……手に草が当たる感触がしたところで、ヤバいと気付いてすぐに立ち上がった。
しかし時すでに遅く、地面に生えていた草はキラキラと輝きながら変質していく。
その様子を見て思わず溜息が溢れたが、変質した植物を見た瞬間、目の前で起きていることを理解できずに固まってしまった。
「――これって、白華草か? それにこっちは、ヒール草だ。こっちには光草まで……」
何が起きているのか、全く理解ができない。
白華草は希少な錬金素材で、光草も草原では育たない、森の暗い場所に生える草だったはずだ。
そもそもこの場所の植物は、さっき俺のスキルで変質したはず。変質がいい方向に向かったってことか……?
でも今まで何度も試して、そんなことは一度もなかった。
俺は何が起きているのかよく分からず混乱して、とりあえずまた近くの草を触ってみることにした。名前も付いてないような雑草に触れると――雑草が、光草に変化する。
「ま、待って待って、え、ど、どういうこと!?」
信じられない事態に動揺が収まらない。
俺は深呼吸をして、自分のスキルに関して今の段階で分かってることを思い返してみた。
素材変質のスキルは両手でのみ発動するもので、発動は常時。一度変質したものが再度変質することはなく、変質するのは素材段階のものに限定される。製品になったものはなぜか変質しない。
手袋などをしても変質は防げず、素手の時より少し遅れるだけで変質が始まってしまう。トングのようなもので挟む場合は、基本的には変質しない。
そして一番大事なところ――変質は、悪い方向に表れる。
今のところ分かっているのはこのぐらいだが、確かにこうして思い返してみると、生えている植物にスキルを試してみたことはなかったかもしれない。
もしかして、採取前の素材はいい方向に変質するとか、そういうルールがあるのだろうか。
「……最低なスキルじゃなかったのか」
ポツリと呟いた言葉が自分の耳に届き、俺は口角が上がっていくのを抑えられなかった。
かなりテンションが上がった俺は、次から次へと雑草を変質させて、素材を採取していく。一度変質したものは触れても大丈夫なので、採取のスピードは速かった。
「変質には規則性がありそうだな」
なんとなくだが、似た系統の上位種に変質するみたいだ。
例えば、この葉が尖った雑草は、ほぼ確実にヒール草に変化する。こっちの葉が丸っこいのは、今のところ確実に光草だ。
悪い方向に変質したものは、一つもない。
「……ヤバい、楽しすぎる」
この先の人生が真っ暗だったところに、突然強い光が差し込んだのだ。抑えようとしても頬が緩んでしまい、一人でニヤニヤしてしまう。
この能力を使えば野垂れ死ぬどころか、裕福な暮らしだって夢じゃない。
変質済みの素材ならいくらでも触れるから、錬金をすることだって可能だろう。単純にまた錬金ができることが嬉しいし、錬金工房にもう一度雇ってもらうことも……
そこまで考えて、俺は首を横に振った。
「いや、それは違うな」
このスキルは、採取をする冒険者でこそ生かされるはずだ。素材採取が中心の冒険者になって、錬金は趣味で続けるのが一番かもしれない。
これからは制限なく、好きなように、さらにレア素材を使って錬金ができる。
「最高すぎるな……」
早めに素材採取で金を貯めて、自分用の錬金道具を買い揃えよう。なんだかこれからの人生が、凄く楽しみになってきた。
「あっ、また白華草だ」
それからの俺は、とにかく夢中で素材採取を続けた。
これがいくらになるのか、このレア素材でどんな錬金ができるのか、そんなことを考えていると楽しくて、変質と採取を繰り返す手が止まらない。
楽しさのあまり今いる場所がどこなのかということも頭から抜け落ち、ひたすら地面だけを見て少しずつ場所を移動し――
ガサッという物音で顔を上げた時には、危機がすぐそこまで迫っていた。
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