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1巻

1-2

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「……っ!」

 知らないうちに森の近くまで来ていた俺は、三匹のホーンラビットに囲まれている。
 一気に噴き出した嫌な汗にナイフを落としそうになり、慌てて強く握りしめて、いつでも立ち上がれるようにと足に力を入れた。
 いくらレア素材を手に入れられたって、生きて帰れなきゃ意味ないのに……油断していた俺は本当にバカだ。
 内心で激しく後悔しつつ、ホーンラビットからは視線を逸らさない。というよりも、恐怖から逸らせなかった。どちらも動かない永遠にも感じるような時間が過ぎ――まず動いたのは、ホーンラビットだ。
 ホーンラビットは強く地面を蹴って、俺に向かって飛び込んでくる。
 額から生えた鋭いつのが日の光を浴びてきらりと光った瞬間、俺は転がるようにして横に避けた。しかし腕に角がかすって、血が流れる。
 その血を見ていると、この場所が死と隣り合わせであることを、嫌でも実感させられた。
 ここから外門まで走って十分はかからない距離だと思うが……逃げられないか。俺の足の速さでは、外門に辿り着く前に後ろから角で刺されて終わりだろう。
 ホーンラビットを倒すしか、ここで生き残るすべはない。
 それを認識した俺は、手にしていたナイフをホーンラビットに向けて構えた。

「絶対に勝つ」

 自分に気合を入れるためにもそう口にして、またこちらに飛びかかってきたホーンラビットに向けて、ナイフを前に突き出す。
 俺にとっては渾身こんしんの反撃だったが……ナイフはホーンラビットに掠りもしなかった。
 光景がなぜかゆっくりに感じられ、ホーンラビットの角が俺の腹に突き刺さる。その痛みを予測して無意識のうちに体に力を入れていると……突然、白い何かが俺の横を駆け抜けた。
 ドンッという鈍い音がして、ホーンラビットが強く地面に叩き付けられる。

「……は?」

 俺が間抜けな声を発しているうちに、その白い魔物らしき生物は、残り二匹のホーンラビットも一瞬にして倒してしまった。
 少し遠くで動きを止めた白い魔物に、俺は呆然と立ち尽くすことしかできない。

「助かった……のか?」

 それとも、次は俺が標的になるんだろうか。
 もしそうであるなら、ここで足掻あがいても仕方がない。相手はホーンラビットを一撃で倒せるような魔物、俺がどう行動したって結果は変わらないからだ。
 そう考えたら謎の余裕が生まれてきて、俺はその魔物をじっと観察した。
 その魔物は真っ白な毛並みで、なんだか神聖な雰囲気をまとっている。汚れがなくとても綺麗で、野生じゃないみたいだ。体は結構大きくて、見た目的には狼系の魔物だと思うが、それとは少し違う気がする。錬金工房で魔物の種類については詳しくなったつもりだったが、今まで一度も存在を知る機会がなかった魔物だ。
 どんな生態を持つのだろうか。そもそも、この場所にいる理由は――

「あの」

 そこまで考えたところで、誰かから呼びかけられた声が耳に届いた。
 ハッと顔を上げると、すぐ近くにいたのは……思わず見惚みとれてしまうような、とても可愛い女の子だ。ピンク色のふわふわとしたロングヘアが風で少し揺れている様子に、目を奪われる。

「君、大丈夫? 間に合ったかな」

 その問いかけに、慌てて頷いた。

「う、うん。ありがとう」

 心配そうな表情の女の子は俺の返答を聞き、安心した様子で頬を緩める。
 笑顔の破壊力ヤバいな……そんなことを考えていたら、女の子は白い魔物の元に向かった。
 その様子を見て、俺はやっと白い魔物がテイムされているのだと気付く。テイムされているということは、俺を襲うことはないということだ。
 すなわち――

「助かったぁ~」

 大きな安堵感に、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。

「はぁ……本当に死んだかと思った」

 そう呟くと、女の子が白い魔物を連れて俺の元に戻ってきた。

「なんでこんなところにいたの? ナイフさばきからして、全く戦い慣れてなさそうだったけど。街の外は危ないから出ない方がいいよ」

 俺を冒険者だと思ってなさそうな忠告に、男として悔しい気持ちになる。しかし事実以外の何物でもないため、反論はしなかった。

「それは分かってる。でも色々と事情があって、冒険者になるしかなかったんだ。できる限り安全を確保できるようにって、素材採取をしてたら魔物に襲われて」

 そう説明しながら鞄をポンと叩いたら、素材がたくさん詰まった鞄から、いくつかの光草と白華草が溢れ落ちる。

「あっ、落ちた……」
「ちょっと待って。それ、ここで採取したの?」

 素材を拾おうとかがんだ瞬間、女の子に腕を掴まれた。
 確かにこんなに弱い俺が、森の奥にあるような素材を持ってたら不自然だろう。

「いや……」
「じゃあ、こんなにたくさんの素材をどうしたの? どれも凄く新鮮なように見えるけど」
「えっと……その。実は俺、ちょっと特殊なスキルを持ってるんだ」

 希少スキルだからあまり広めない方がいいのだろうかと迷いつつ、この先このスキルで稼いでいくならいずれ知られるだろうし、ここで変な疑いをかけられるのは避けたいと思い、口を開いた。

「素材変質ってスキルで、採取後の素材は触れると劣化する代わりに、採取前の素材は触れるとより良いものに変化するんだ」

 説明するより見せた方が早いと思い、その場にしゃがみ込んで雑草に手で触れた。
 すると名前も付いていない雑草が、キラキラと光りながらヒール草や光草に変化していく。

「こんな感じ。実は俺もついさっき、このスキルの力に気付いたんだ。役立たずどころか害があるスキルだと思ってたから、嬉しくて採取に夢中になりすぎて」

 そんな俺の説明を聞いた女の子は、目を大きく見開いていた。

「凄いね……採取前なら必ずいいものに変わるの?」
「多分そうだと思う。ただ検証しきれてないから、確実なことは言えないかな。少なくともこの鞄に入ってる分の素材は、全ていい方向に変質したけど」
「そっか」

 女の子は一言そう告げると、難しい表情で考え込んでしまう。
 それからしばらくして、森の方向を指差した。

「突然なんだけど、ちょっと一緒に森に来てくれない? 試して欲しいことがあるの」

 女の子から悪い感情は伝わってこなかったし、助けてもらったという恩もあるので、俺は素直に頷く。

「分かった」

 それから少し歩いて辿り着いたのは、森の中にある一本の木の下だった。

「この木の実を触ってみてくれる?」
「これってコルンの実だよな?」

 コルンの実は比較的安価で手に入る木の実で、栄養豊富な上に美味しいので人気の食材だ。そのままでも火を通しても美味い。

「うん。これが何に変わるのか試して欲しいの」
「……分かった」

 俺は少し緊張しながら、手が届く範囲にあるコルンの実に手を伸ばした。
 そっと触れると……茶色の木の実は、キラキラと光りながら鮮やかな青色の木の実に変わる。

「これなんだろ。知ってる?」

 見たことがない色の木の実に、女の子へ視線を向けると、俺の視線は女の子じゃなくて、いつの間にかその肩に乗っていたリス型の魔物に釘付けになった。
 なぜならその魔物は、目をこれでもかというほど輝かせながら、満面の笑みを浮かべて青色の木の実を見つめていたから。
 さっきまでは存在感なかったのに、いつからいたんだ……?
 というか、魔物って笑えるのか?
 そんなことを考えていたら、突然頭の中に可愛らしい声が響いてきた。

『まさかファムの実を作り出せるなんて! 素晴らしすぎるスキルだね!!』
「……え?」

 どこからその声が聞こえたのか分からず、間抜けな声を出してしまう。女の子は口を開いていない。ということは……

「驚かせてごめんね。もうラト、突然話しかけたら驚かせるでしょ?」
『だって、ファムの実を作り出せる人間だよ? お礼を言わなくちゃ!』
「ラトは本当に木の実が好きなんだから」
『そんなことよりフィーネ、早くファムの実を採って欲しいな!』

 女の子と魔物が会話をしているというあり得ない光景に俺が完全に固まっていると、女の子が青色の実を採取してリス型の魔物に手渡した。
 魔物って話せないよな……え、俺の常識が間違ってる? 世の中には人間の言葉を話せる魔物もいるのだろうか。それともテイマースキルの効果とか? テイムされた魔物は人の言葉を話せるようになる、みたいな……
 目の前の光景にひたすら混乱していると、リス型の魔物がファムの実という木の実を食べ始めたのを見届けた女の子が、俺に視線を戻してくれた。

「驚かせてごめんね。えっと……自己紹介もしてなかったよね。私はフィーネ。君の名前は?」
「あっ、俺はエリク」

 混乱しながらもなんとか名前だけを告げると、女の子は嬉しそうな笑みを浮かべて俺に一歩近づいた。
 至近距離で見ると、フィーネがとても可愛いということを思い出し、少し照れてしまう。

「エリクだね。さっき君がスキルの説明をしてくれたけど、実は私もちょっと特殊なスキルを持ってるの。スキル名は神獣召喚。ファムの実を食べてるこの子がラトで、本名はラタトスク。そしてこっちの白い子がリルンで、本名はフェンリルだよ」

 神獣召喚……ということは、この魔物だと思ってた二体は神獣ってことか? 神獣ってあれだよな、神から遣わされた神聖な存在だっていう……

「ごめん、ちょっと混乱してる」
「まあ、そうだよね。私もエリクのスキルにはかなり驚いたよ」

 フィーネはそう言って笑っているけど、俺のスキルなんかより神獣召喚の方が圧倒的に希少だろう。だって神の遣いを召喚できるんだ。そんなスキルありなのか?

「えっと……フィーネは凄い人だったりする、とか?」

 王族や貴族、さらには教会の偉い人。そんな目上の存在かと思って聞いたが、フィーネは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「私は普通の平民だよ。辺鄙へんぴな村出身の。このスキルはたまたま授けられたんだと思う。偉い人だからって凄いスキルを得られるわけじゃないでしょ?」
「……確かにそうだな」

 俺だって孤児院出身の何も持ってない平民だが、希少スキルを手に入れたんだ。俺たちは互いにかなりの幸運だったってことか。

「それでエリク、私から一つ提案があるんだけど聞いてくれる?」

 フィーネがラトのことを優しくでながら発したその言葉に、俺は何となくここが自分の人生の転換点のような気がして、少しだけ緊張しつつゆっくりと頷いた。

「もちろん」
「ありがとう。……あのね、もしエリクさえ良ければ、私たちの仲間になって欲しいの。具体的にはパーティーを組んでくれないかなって」

 小首を傾げながら告げられたその言葉に、俺は自分が必要とされている嬉しさが腹の底から湧き上がってくるのを感じる。


 そのじわじわとした感情に頬が緩んでいくのを感じていると、ラトという神獣が口を挟んだ。

『フィーネ、もし良ければなんて消極的じゃダメだよ! 絶対に逃しちゃダメだからね!』
「もう、ラト。エリクにだって事情はあるんだからね。エリク、ラトの言うことは気にしなくていいから素直に答えてくれる? 私としては、エリクのそのスキルが私のスキルと凄く相性が良くて、一緒に助け合えたらいいなと思ってるの。私と仲間になった場合のエリクのメリットは、魔物への対処を私たちが全部引き受けることかな」

 要するに、俺のスキルはラトがファムの実を欲しているように、神獣が好きなものを作り出せるという部分で評価されてるってことか。
 その代わり、俺は神獣に守ってもらえて、さらにフィーネという仲間を得られる。
 そんなの――断る理由がない。正直かなりありがたい申し出だ。

「フィーネたちが良ければ、ぜひ仲間にして欲しい」
「本当!? ありがとう」

 フィーネは俺の返答に目を輝かせると、俺の手をギュッと握って顔を近づけ、満面の笑みを向けてくれた。
 至近距離でのフィーネの可愛さは心臓に悪い……もしかしてフィーネ、これ計算でやってたりする? 純粋そうにも見えるし、意外としたたかそうにも見える。
 そんなフィーネに翻弄ほんろうされつつ、俺は何とか平常心を取り戻して口を開いた。

「こちらこそ助かる。正直戦闘力は大きな問題だったんだ」
「それなら良かった。私も凄く助かるよ。ラトはファムの実が欲しいってうるさくて。コルンの実でも妥協してくれてたから何とかなってたけど、ファムの実の噂を聞くとどんなに険しい山の中でも行こうとするんだから」
『だってフィーネ、ファムの実は凄いんだよ。幸せの味だからね。エリク、もう一つファムの実を作ってくれる?』

 期待の眼差しを向けられたので、俺は目に見える範囲にあった五つのコルンの実、全てに軽く触れた。すると例外なく全てが鮮やかな青い木の実に変化する。

『エリク……最高だよ! ありがとう!』
「う、うわっ」

 ラトは感極まったのか、フィーネの肩から俺の胸あたりに飛び込んできた。俺はそんなラトを落とさないように、慌てて両手で受け止める。
 ……ふ、ふわふわだ。

「あの、ラト様? って呼べばいいのでしょうか?」

 神獣にタメ口はダメかもしれないと思ってかしこまった口調で声をかけると、ラトは可愛らしく首を横に振った。

『普通にラトでいいよ。仲間になるんだから気楽にね。リルンもいいでしょ?』
『別に構わん』

 今までずっと静かにたたずんでいた白い神獣――リルンにラトが声をかけると、リルンは表情を変えずに頷いた。これは歓迎されてるのか……?
 リルンの本心が分からずに困惑していると、フィーネが少し強めにリルンの頭を撫でた。

『な、何をする!』
「もう、リルンは素直じゃないんだから。エリクが仲間になってくれて嬉しいなら、ちゃんと言わなきゃダメだよ?」
『……別に嬉しいわけでは』
「へぇ~そうなんだ。じゃあ、エリクに美味しくて貴重な果物を作り出してもらわなくていいのかな。美味しいパンが焼けるのになぁ~」

 わざとらしく告げたフィーネに、リルンが大きく反応する。

『なっ!』

 リルンはパンが好きなのか。
 随分と人間らしい神獣なんだな……

『……エ、エリク、歓迎しよう』

 フィーネの言葉を受けて、リルンは俺を歓迎してくれた。

「ごめんね、エリク。リルンは素直じゃないけど、悪い子ではないから許してあげてくれる?」
「ああ、もちろん。なんとなくさっきのやり取りで、性格は分かったよ」

 多分リルンは、素直になれないタイプなのだろう。

「じゃあ……リルン、って呼んでいいか?」

 そう話しかけてみると、リルンはさっきまでよりも緩んだ表情で頷いてくれた。

『うむ、許そう』
「ははっ、ありがとな」

 なんだか可愛く見えてきて、思わずリルンの頭に手を伸ばしてしまう。すると、リルンの毛並みは見た目通りとても綺麗で、もふもふだった。

『なっ、まだ頭を撫でることは許してないぞっ!』

 そう言って離れてしまうリルンを見送り、残念に思っていると、フィーネが苦笑しつつ教えてくれる。

「もう、ほんっとうに素直じゃないんだから。でもエリク、そもそもエリクにこの子たちの声が聞こえてる時点で、受け入れられてるよ。神獣は声を聞かせる相手を選べるから」
「あっ、そうなんだ。……そういえば普通に受け入れてたけどさ、神獣って人の言葉を話せるんだな」
『この世界にある言語はどれも話せるよ!』

 ラトが二つ目のファムの実を頬張りながら言った言葉に、リルンも当然だと頷く。

『この大陸の言葉だけでなく、別の大陸の言葉や少数部族の言葉まで話せるぞ』
「それは凄いな……」
『ふふんっ、神獣だからな』

 リルンは褒められたことが嬉しいのか、あごを少し上げて得意げだ。

『ねぇねぇ、エリク。この木にってるコルンの実を、全部ファムの実にできる?』
「多分できるんじゃないか?」
『じゃあ、お願いしてもいい!? こんなにファムの実が手に入るなんて、幸せすぎるよ!!』

 俺が頷いたことに、ラトは大興奮だ。
 なんだかリルンもラトも自由な性格な気がして、これからの生活が楽しくなる予感がする。

「エリク、ラトがわがままを言ってごめんね」

 少し眉尻を下げるフィーネに、俺は首を横に振った。

「いや、気にしないで。触るだけだし、賑やかで楽しいよ。……それよりもこのファムの実って、どういう木の実なんだ? それに何でコルンの実がファムの実になるって分かったんだ?」

 俺をここに連れてきたってことは、少なからずコルンの実がファムの実になることを、予想していたのだろう。そう考えての問いかけには、ラトが答えてくれた。

『最初にエリクが変質させた植物を見たら、基本的には同じ種類の上位種になってたからね。ファムの実はコルンの実と似た性質を持つから、もしかしたらと思ったんだ』

 ファムの実とコルンの実は似た性質を持つのか……色合いとか全然違うのに不思議だな。

『それからファムの実は、基本的に標高の高い場所に生る木の実だよ。錬金にも使えるし、薬の素材にもなるはず。この辺ではあんまり採れないかな~』

 おおっ、錬金にも使えるのか。それは嬉しい情報だ。
 俺の分を少しもらって、あとで錬金する時に使ってみたいな。

「じゃあ、たくさん採っていくか」
『うん!!』

 たくさんという言葉にラトは目を輝かせ、ふさふさの尻尾をピンッと立てた。

「ラト、良かったね。じゃあ採取を終えたら、仲間になるにあたってお互いにもっと詳しく自己紹介をしようか。ラトとリルンのことについても話したいし……草原にある岩場とかでお昼ご飯を食べながらとかどう?」
「それいいな。ただ俺はお昼を持ってきてないから、何か果物とかを採取できるとありがたいんだけど……」

 周囲の木々を見回しながらそう伝えると、フィーネは心配いらないと言うように笑顔で首を横に振る。そして鞄から美味しそうなパンを取り出した。

「たくさん持ってるからエリクにもあげるよ。リルンがたくさん買おうたくさん買おうってうるさくって」

 苦笑しつつ告げたフィーネに、リルンがすぐ口を開く。

『それは我のだぞ!』
「そんなこと言って、絶対に食べ切らないでしょ?」
『む……そんなことは、ないはずというか、二日かけて食べるのが我の楽しみ方というか……』

 つまり欲張って買いすぎて、翌日に持ち越しになるんだな。
 ツンッと顔を背けているのに可愛いリルンに、思わず笑いが溢れてしまう。

「ははっ、リルンも可愛いな」
『我は可愛くなどない!』

 反応速度があまりにも速くて、俺はもっと笑ってしまった。
 そんな俺とリルンを見て、フィーネが笑みを見せる。

「二人が仲良くなれそうで良かったよ」
『なっ……フィーネ、どこを見たら仲良く見えるんだ!?』
「えっと、全体的に? リルンも楽しそうだったよ」
『そんなことは全くないぞ!』

 リルンはそう叫ぶと、はぁはぁと息を荒くして、疲れたように告げた。

『もう良い。エリクに少しはパンを分けてやろう。感謝するんだぞっ』
「ああ、リルン、ありがとな」

 素直に感謝を伝えると、リルンは不満げな表情でフンッと顔を背けてしまう。
 そんなリルンにフィーネの方へと視線を移すと、フィーネはリルンに優しい眼差しを向けていた。その目の柔らかさに、思わず俺がドキッとしてしまう。

「じゃあ、さっそく移動しようか」

 突然フィーネが振り返って視線が交わり、ずっと見ていたことがバレたかもしれないと、つい視線を逸らしてしまった。
 するとフィーネが近づいてきて、俺の顔を覗き込むようにされる。

「エリク、照れてる?」

 その顔は確信犯で、俺はついに伝えた。

「フィーネ、絶対に俺の反応を楽しんでるだろっ!」
「ふふっ、そんなことないよ?」

 そう言って可愛らしい笑みを浮かべたフィーネだが、この答えはもう頷いているのとほぼ同じだろう。

「なんかこれから、フィーネに翻弄されそうな気がする」

 ちょっと前の俺に言ったら、贅沢ぜいたくな悩みだって一蹴いっしゅうされるだろうが、意外と切実だ。フィーネは可愛いんだから、その武器は仕舞っておいて欲しい。
 俺がそんなことを考えていると、フィーネが笑顔を自然なものに変化させた。

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