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2 「貴方がそうおっしゃるなら…いただきます」
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部屋に案内されてきたローウェルは今日も素敵だった。
毎回彼が部屋に入ってきただけで部屋が明るくなる気がするんだけど、これって僕の気のせいかな?
とくとくと早鐘を打ち出した心臓に気づかないふりしてアルカイックスマイルでローウェルを迎えた。
優しい目をして僕に挨拶をしてくれた彼が僕の指先に口づける。そこから背中に電気が走って僕はピクリとはねそうになったのを扇を仰ぐふりをしてごまかした。
(僕ばっかり好きでつらいなぁ)
自分の思考にズキリと胸が痛む。
動転した僕は素っ頓狂な言葉を口にしていた。
「今日は暑いですわね」
(僕のバカ!何いってんだよ!!今日は寒いってば!!窓の外は曇り空だっての!!)
「そう、ですね?」
一瞬とまどったように視線を動かしたローウェルは僕の会話に合わせてくれた。テーブルを挟んで向かいに座り貴公子の振る舞いで僕を甘く見つめる。その視線だけで僕の体が熱くなる。
(その甘い視線が作りものだって分かってるんだから。静まれ!僕の心臓)
「暑気払いに果実酒を用意しましたの」
僕はテーブルの上のグラスに目をやった。赤が濃すぎてほぼ黒に見える『神薬』はとても美味しそうには見えないけれどローウェルが僕から出されたものを断ることがないのは分かっていた。
これを飲めば本当に僕と結婚してもいいと思っているのかわかるはずだ。
それは僕の知りたい答えでないかもしれないけれど。
っていうかほぼほぼ、絶対、無理なんだけど…
喉が塞がりそうに苦しい気持ちが僕の言葉を切った。
「…とても美味しいのよ。どうぞ」
返事を聞きたくなくて泣きたくなるほど怖気づいている自分を奮い立たせて言葉を絞り出す。なんとか微笑み、勧める。
(僕は上手く笑えているだろうか?)
自信がないけどいつものアルカイックスマイルをつくったつもりで首を傾げてみる。
するとローウェルは僕の顔を見つめたまま動かなくなった。作り笑いのまま見つめていると彼の顔からストンと表情が抜けた。グラスに視線を動かした彼の顔がどんどん白くなっていく。しばらくして、ぎこちない動きでグラスを持ったローウェルは僕に微笑んだ。
「貴方がそうおっしゃるなら…いただきます」
一息に飲み干した彼はグラスをテーブルに戻すと眉を寄せて目を閉じ口を右手で押さえた。
「おいしく、なかったの?」
「いえ…」
そう短く答えたあとローウェルは動かない。
心なしか彼の呼吸が荒くなっている気がして僕は彼に手を伸ばした。
(聞かなくては。今、聞かなくては)
「わ、私は子供を産めません。閨をともにすることも、多分無理です。私と結婚して貴方は幸せになれますか?」
早口で一息にまくし立てた。驚きに見開かれた彼の視線がゆっくり動く。僕の唇から胸そしてその下へと移動したのがわかった。
「!!」
ローウェルは更に呼吸を荒くすると後ろにのけぞるようにして僕の手を避けた。彼の見開いた目に映っていたのは恐怖だった。
「失礼!」
そう言うとバネじかけの人形が飛び跳ねるように一瞬で部屋から出ていってしまった。
勢いよく開けられた扉は外にいた者の手で静かに閉められた。
誰も音を立てない部屋は僕の呼吸音しか聞こえない。
「振られちゃったみたい…」
僕はポツリと呟いた。悲しいよりもやっぱりという気持ちが胸に広がる。
分かってたから…
「…人払いを…」
かすれたような声でもカリンには届いたらしい。
僕がわざとらしくパタパタと扇で顔をあおいでいる間、彼女が皆を連れて部屋を出ていってくれた。
カリンがが一礼して扉を閉めたあとも僕は貴婦人らしく扇を動かしていた。
天井にも女性らしい草花のモチーフが施された僕の部屋は隅々までかわいらしい。
ここはお姫様の部屋だからね。当然だよね。
おかしいな…
息がしづらくて…
なんだか苦し…
ぱたぱたとなにかが落ちる音がする。
どこから聞こえるのかな?
部屋には僕一人なのに。
おかしいな?
どうして胸元がこんなに濡れてるんだろう?
着替えなくちゃ。
カリンを呼んだほうがいいかな?
いや、大丈夫。
一人でできるんだから。
僕は一人でも、大丈夫なんだから。
なんだか体が自分のものではないみたい。
ふらりとよろけつつ支度部屋へと移動し姿見の前に立つ。
いつもの、姫様の僕が映る。
「さて、と」
首の後ろのボタンを外すのは簡単にできた。
(大丈夫…)
背中のボタンを外すのは少し難しい。
鏡を見ながら引っかかりを取るのに苦労したけど、外せた。
あと一つ。
(だいじょうぶ…)
なんとか最後のボタンを外し終えてドレスを脱ぎ捨てる。
ドサリと音を立てて床の上に若草色の布の山が生まれた。
(ローウェルの目の色だなぁ。もうこのドレスを着ることはないんだな…
もったいないな。何度袖を通したんだっけ?仕立てたのはいつだった?)
ぼんやりと若草色のドレスを着た数を数えながら、結い上げられた髪に刺さったピンを抜くとバサリと落ちる背中までの黒髪。
姿見に映る己の姿が嫌でも目に入ってきた。
そこにいるのは白粉の剥げ落ちた惨めなおばけ。
胸と臀部を作るための補正下着が不格好だ。
女になるにはまろみが足りず、男になるには細すぎる。
(皆は僕のどこを見て美しいと褒めそやしていたんだ?)
鏡に映る自分の姿が滑稽で僕は姿見から目をそらし寝巻きを頭から被って着た。
(これからも…ひとりで…いや…?)
カリンから報告を受けた母様たちは新しい婚約者をすぐに見つけてくるに違いない。ひょっとしたら明日にでも顔合わせがはじまるのかしれないと思う。
早く寝て、明日に備えないと皆に迷惑をかけてしまう。
寝台に潜り込んだ僕はメソメソと泣きながら眠りに落ちた。
毎回彼が部屋に入ってきただけで部屋が明るくなる気がするんだけど、これって僕の気のせいかな?
とくとくと早鐘を打ち出した心臓に気づかないふりしてアルカイックスマイルでローウェルを迎えた。
優しい目をして僕に挨拶をしてくれた彼が僕の指先に口づける。そこから背中に電気が走って僕はピクリとはねそうになったのを扇を仰ぐふりをしてごまかした。
(僕ばっかり好きでつらいなぁ)
自分の思考にズキリと胸が痛む。
動転した僕は素っ頓狂な言葉を口にしていた。
「今日は暑いですわね」
(僕のバカ!何いってんだよ!!今日は寒いってば!!窓の外は曇り空だっての!!)
「そう、ですね?」
一瞬とまどったように視線を動かしたローウェルは僕の会話に合わせてくれた。テーブルを挟んで向かいに座り貴公子の振る舞いで僕を甘く見つめる。その視線だけで僕の体が熱くなる。
(その甘い視線が作りものだって分かってるんだから。静まれ!僕の心臓)
「暑気払いに果実酒を用意しましたの」
僕はテーブルの上のグラスに目をやった。赤が濃すぎてほぼ黒に見える『神薬』はとても美味しそうには見えないけれどローウェルが僕から出されたものを断ることがないのは分かっていた。
これを飲めば本当に僕と結婚してもいいと思っているのかわかるはずだ。
それは僕の知りたい答えでないかもしれないけれど。
っていうかほぼほぼ、絶対、無理なんだけど…
喉が塞がりそうに苦しい気持ちが僕の言葉を切った。
「…とても美味しいのよ。どうぞ」
返事を聞きたくなくて泣きたくなるほど怖気づいている自分を奮い立たせて言葉を絞り出す。なんとか微笑み、勧める。
(僕は上手く笑えているだろうか?)
自信がないけどいつものアルカイックスマイルをつくったつもりで首を傾げてみる。
するとローウェルは僕の顔を見つめたまま動かなくなった。作り笑いのまま見つめていると彼の顔からストンと表情が抜けた。グラスに視線を動かした彼の顔がどんどん白くなっていく。しばらくして、ぎこちない動きでグラスを持ったローウェルは僕に微笑んだ。
「貴方がそうおっしゃるなら…いただきます」
一息に飲み干した彼はグラスをテーブルに戻すと眉を寄せて目を閉じ口を右手で押さえた。
「おいしく、なかったの?」
「いえ…」
そう短く答えたあとローウェルは動かない。
心なしか彼の呼吸が荒くなっている気がして僕は彼に手を伸ばした。
(聞かなくては。今、聞かなくては)
「わ、私は子供を産めません。閨をともにすることも、多分無理です。私と結婚して貴方は幸せになれますか?」
早口で一息にまくし立てた。驚きに見開かれた彼の視線がゆっくり動く。僕の唇から胸そしてその下へと移動したのがわかった。
「!!」
ローウェルは更に呼吸を荒くすると後ろにのけぞるようにして僕の手を避けた。彼の見開いた目に映っていたのは恐怖だった。
「失礼!」
そう言うとバネじかけの人形が飛び跳ねるように一瞬で部屋から出ていってしまった。
勢いよく開けられた扉は外にいた者の手で静かに閉められた。
誰も音を立てない部屋は僕の呼吸音しか聞こえない。
「振られちゃったみたい…」
僕はポツリと呟いた。悲しいよりもやっぱりという気持ちが胸に広がる。
分かってたから…
「…人払いを…」
かすれたような声でもカリンには届いたらしい。
僕がわざとらしくパタパタと扇で顔をあおいでいる間、彼女が皆を連れて部屋を出ていってくれた。
カリンがが一礼して扉を閉めたあとも僕は貴婦人らしく扇を動かしていた。
天井にも女性らしい草花のモチーフが施された僕の部屋は隅々までかわいらしい。
ここはお姫様の部屋だからね。当然だよね。
おかしいな…
息がしづらくて…
なんだか苦し…
ぱたぱたとなにかが落ちる音がする。
どこから聞こえるのかな?
部屋には僕一人なのに。
おかしいな?
どうして胸元がこんなに濡れてるんだろう?
着替えなくちゃ。
カリンを呼んだほうがいいかな?
いや、大丈夫。
一人でできるんだから。
僕は一人でも、大丈夫なんだから。
なんだか体が自分のものではないみたい。
ふらりとよろけつつ支度部屋へと移動し姿見の前に立つ。
いつもの、姫様の僕が映る。
「さて、と」
首の後ろのボタンを外すのは簡単にできた。
(大丈夫…)
背中のボタンを外すのは少し難しい。
鏡を見ながら引っかかりを取るのに苦労したけど、外せた。
あと一つ。
(だいじょうぶ…)
なんとか最後のボタンを外し終えてドレスを脱ぎ捨てる。
ドサリと音を立てて床の上に若草色の布の山が生まれた。
(ローウェルの目の色だなぁ。もうこのドレスを着ることはないんだな…
もったいないな。何度袖を通したんだっけ?仕立てたのはいつだった?)
ぼんやりと若草色のドレスを着た数を数えながら、結い上げられた髪に刺さったピンを抜くとバサリと落ちる背中までの黒髪。
姿見に映る己の姿が嫌でも目に入ってきた。
そこにいるのは白粉の剥げ落ちた惨めなおばけ。
胸と臀部を作るための補正下着が不格好だ。
女になるにはまろみが足りず、男になるには細すぎる。
(皆は僕のどこを見て美しいと褒めそやしていたんだ?)
鏡に映る自分の姿が滑稽で僕は姿見から目をそらし寝巻きを頭から被って着た。
(これからも…ひとりで…いや…?)
カリンから報告を受けた母様たちは新しい婚約者をすぐに見つけてくるに違いない。ひょっとしたら明日にでも顔合わせがはじまるのかしれないと思う。
早く寝て、明日に備えないと皆に迷惑をかけてしまう。
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