年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

文字の大きさ
40 / 52

40 ふたつの恋の忘れ形見 後

しおりを挟む


 オーシェン王は青い目を細めた。

「侍従日記の最後の二冊を読み、私はまず手放しで驚喜した。継承者問題に悩む君主としてではなく、ただの孤独な老人として。息子に先立たれ、妻を見送り、すっかり色を失ってしまった常冬とこふゆの世界に、再び生き生きとした色彩を帯びた春が戻ってきたように感じたのだ……」

  隣に座るルーディカが、優しいまなざしでそっと王を見上げる。

「先ほどはのちに判明した事柄も補足して話したが、実際のコガーの記述はたいそう用心深く、特定されぬよう名称などは全て濁してあった。なので、書かれていた人物がどこの誰なのか見当もつかず、その時点では、若き主人を亡くしてしまった忠臣が、溢れ出た願望を書き連ねただけだという可能性も否定しきれなかった」

  早速、王は内々に調査を命じたのだという。

「高揚感が少し落ち着くと、私はようやく、まだ見ぬ孫たちがダネルドから受け継いだ天分に思いを致した」

  王太子の遺児であることが定かになれば、二人には王位継承権が生じる。

「ダネルドにとっては〝いまいましい〟ものでしかなかったそれを、彼らがどう受け止めるのか、私は不安になったのだ」

  王が気を揉んでいる間も、調査は進んでいった。

「――先に、ルーディカが見つかった」

  王子が肩を痛めた際の静養先がフォルザだったというのは分かっていたため、場所を絞って捜すことができたのだ。

「出生を証明する書類や、金髪の青年が滞在していたときのことを憶えている者たちの証言なども順調に集まったが、宰相と話し合った結果、やはり、決め手となる物証も必要であろうということになった。――さよう、王太子の指輪だ」

  王はルーディカと暮らす祖父母に密かに書簡を送った。
「長く手許に置かれていると思われる指輪の真贋しんがんを確かめたい、と」

  それは、ルーディカが王家の血を引いていることを明らかにし、然るべき立場として遇したいということを意味していた。

「ダネルドの『娘を引き取りたい』という申し出を拒んだ夫妻の説得には時間がかかると考えていたが、予想に反し、程なくしてこちらの求めに応じるという答えが返って来た。何も知らされていないルーディカの心を不用意に乱さぬよう、指輪が本物だと認められるまでは当人にも伏せておくということを条件に」

  フォルザの老夫婦は、ルーディカの聡明さを目の当たりにするたびに、「王家にお返しした方が良いのではないか」と何度も思い悩んできたのだという。また、孫娘には長い間、平民のままでは結ばれないような身分違いの恋人がいることにも、祖父母は気がついていた。

「指輪の鑑定は、完成時の印影を保管している製作者本人に依頼することとなった」

  フィンの指輪を手掛けた職人は今も現役で王都に工房を持っているが、その師匠だったルーディカの指輪の製作者は引退して、北の港町セアナで暮らしていたため、指輪はそこまで運ばれた。

「いっぽう、フィンを捜す調査は難航していた」

  コガーの日記から得られたフィンの母親に関する情報は、どれも手がかりとしては弱かった。

「ダネルドと出会った当時は社交界に出てまだ日が浅く、髪は栗色、慈善活動に熱心で、公爵家令嬢には気後れしてしまうくらいの家柄……となると、該当者はかなりの数に上った。ダネルドの死から数年後に子供を連れて立派な身分の男性の後添いになった……というのも、子を持つ後妻を娶った貴族は少なくないので目星がつけにくく、虱潰しらみつぶしに記録にあたるしかなかった」

  そんな折、王は公務で北の要衝ようしょうを訪れた。
「――そこで思いがけない偶然が起きたのだ」

  国境を護り固めるエルトウィン騎士団の駐屯地では、精鋭たちによる剣の御前試合が行われた。

「優勝した若き騎士の実に見事な戦いぶりに胸を打たれた私は、その場で彼の昇進を進言した」

  感謝の言葉を奏上するため歩み出た栗色の髪の騎士と対面したとき、王は息を呑んだ。

「佇まいなのか、造作なのか、仕草なのか、とにかくその騎士は、青年になる手前の年頃のダネルドを驚くほど鮮明に思い起こさせた」

  エルトウィンを後にした王は、急いで優勝した騎士の素性を探らせた。

「名はフィン・マナカール。年齢はコガーの日記に書かれていた遺児とぴたりと一致し、亡き母は子爵家の出身で、彼を連れてモードラッド伯爵の後妻となっていたというのも符合した。髪の色はコガーが記したものとは異なっていたが、成長とともに変化するのは珍しいことではないし、令嬢の特徴として書かれていたのと同じ栗色だった」

  帰還した王は、王宮で儀典職に就くモードラッド伯爵を呼んだ。
  ルーディカの祖父母が孫娘の血筋について知っていたのは侍従の日記からも明らかだったが、フィンの継父けいふが事情を把握しているのかどうかは分からなかった。

「そこで私は、伯爵に『先日エルトウィンを訪れた際、そなたの五男の勇姿を見たぞ』と切り出した」

  いつも温和な表情を浮かべているモードラッド伯爵の顔に緊張が走った。

「不躾だと思いつつも私は畳み掛けた。『五男は後妻の連れ子だと聞いているが、本当の父親のことは知っているのか』と」

  モードラッド伯爵は、覚悟を決めたかのように「――そのときが来たのですね」と口を開いた。

「病に伏した夫人は『運命に導かれるときが来ない限りは、誰にも口外しないで欲しい』と言い添え、伯爵にすべてを打ち明けていたのだそうだ」

  モードラッド伯爵が亡き妻から聞いたという話はコガーの日記の内容と食い違いはなく、伯爵家に来たばかりのころのフィンは金髪だったという証言も得ることができた。

「――ついに、ダネルドの子供たちが二人とも見つかった。フィンの指輪のありかを伯爵に訊ねると、母親の形見として本人が身に着けているとのことだった」

  王は宰相と相談し、ルーディカの指輪の鑑定結果が届くころに二人を王宮に呼び寄せ、あらかじめ待機させておいた製作者にフィンの指輪を鑑定させて、両方が本物だと確認できたところで本人たちにすべてを話すことにした。

「一計を案じ、私はルーディカに宛てて手紙を送らせた。私の誕生日式典で勲章を授けるので、その数日前には王宮に出向くようにと」

  手紙の内容はあながち偽りではなかった。
 躊躇する孫娘を王宮に行かせるためにルーディカの祖父母が口にした平民のための〝なら勲章〟ではないが、王族としての身分が与えられる際にも、その立場に見合った勲章が授与されることになっている。

「幸いなことに、ルーディカの指輪を鑑定した製作者が住むセアナはエルトウィンから程近い。そこで、腕に覚えのあるフィンと同僚の騎士たちには、任務として指輪や鑑定結果を護りながら王都へ向かわせることにした。そうすれば、おのずとフィン自身と彼の指輪も安全に移動することができると考えたのだ」

  鍵つきの小型本の体裁をとった二冊の〝密書〟の片方にはルーディカの指輪が収められ、もう片方にはその鑑定書と完成当時の印影が綴じ込まれ、騎士たちは三手に分かれて密書とその鍵を運ぶことになった。

「――段取りがついた矢先に、思わぬ事態が起きた」

 調査のためにと写しを取らせてあったコガーの日記のうち一冊が、何者かによって盗まれてしまったのだ。

「それにはフォルザで起きたことの一部始終が書かれていた。……ダネルドが遺した子供のうち、娘の存在が誰かに知られてしまったということだ」

  それからしばらくして、王の手の者ではない不審な人物が、フォルザの町でこそこそとルーディカの周辺を嗅ぎ回っているという報告が上がってきた。

「次に届いた報せは、ルーディカが何者かに攫われかけたというものだった。彼女の身に危険が迫っているのを知った私は、フォルザを通る西廻りの巡礼路を進んでいたキールトを護衛につけて王都に向かわせることにした」

  二人の仲についてはすでに承知していたので、ちょうど良いと思ったのだ――と王が付け加えると、ルーディカは少し頬を染め、キールトは恐縮したように肩をすぼめた。

「その後、多少予期せぬ出来事もあったが、それぞれの尽力のおかげで、こうして何もかもが無事に私のもとに届いた」

  心から感謝している、と王は皆を見回しながら言った。

「――そして昨日、私は部屋にルーディカとフィンを残らせると、先に届いていた印影とルーディカの指輪を照合し、別室に控えさせていた製作者にフィンの指輪を鑑定させた」

  両方とも本物の王太子の指輪だと認められると、ついに王は二人にすべてを明かしたのだという。

「……今になっても、まだどこか信じられないような気持ちです……」
  ルーディカが口を開く。
「定めにより、年嵩としかさの私の方が優位な継承権を持つというのは分かりましたが、フィン様の方が継承者にふさわしいのは明らかですし」

「いや」
  フィンはきっぱりと言った。
「あなたの方が絶対に適任です」

「――というようなやりとりが、昨日もあり……」
  王は少し困ったように微笑んだ。
「フィンはルーディカの選択に委ねると言ってくれたので、ひとまずルーディカがキールトとじっくり相談することになった……といっても、猶予はあまりなかったのだが」

  ヴリアンが訊ねる。
「明後日の式典で、発表されるおつもりなのですね?」
「その通りだ。公の場で後継者だと宣言してしまえば、表舞台に出てくる前に密かに葬り去ろうなどという何者かの企みは頓挫するし、身辺も護りやすくなるのでな」
「では、ルーディカさんは王位を継がれる王太女として、フィンはそれに次ぐ継承権を持つ王子として、正式に紹介されると……」

  訂正するようにフィンが言葉を挟む。
「いえ、布告されるのはルーディカさんの立太子だけです」

「え、どういうこと?」

  不思議そうなヴリアンに、フィンは簡潔に答えた。
「俺は、騎士のままなんで」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...